第18話
「………」
マウトが目を覚ますと、知らない家だった。
「………! やっと起きた!」
「うおっ」
部屋の隅で三角座りをしていたユーキは、数日ぶりのマウトの覚醒に気づくと同時に、その胸に飛び込んできた。
しばらく何も食べなかったせいか、頬が少しこけているマウトの顔を心配そうに覗き込むユーキ。
「どうやら、上手く切り抜けたみたいだね。………ところで、ここはどこなんだい?」
「えっと………分かんない!」
一度は説明しようと思案を始めるユーキだが、マウトが目覚めた喜びからか、完全にいつもの調子に戻ってしまった。
マウトから見れば、まるで成長していない弟子の姿に感心するやら呆れるやらである。
そんなやりとりの後に、部屋に誰かが入ってきた。
その人は喜んだ様子で近づいて、何やら喋っている。
「ふむ……、大陸語じゃないってことは、ここは樹海の先のむぐっ………」
何か考えようとするマウトの口に、持ってきたコーン粥をねじ込んでくる住民。
咄嗟に警戒して飲み込まないようにしようとしていたマウトだが、次から次へと口に匙を突っ込まれるので、思わず飲み込んでしまった。
数日間断食状態だったマウトの胃袋は、突然の栄養に驚く。
だが。
「………美味しい」
住民は、なんとなくそれを褒め言葉だと感じて、喜びの表情を浮かべながらどんどん口にコーン粥をねじ込んでいく。
抵抗しようにも、まだ少し痛みの残る体では何も出来ず、されるがまま器いっぱいのコーン粥を平らげることとなった。
食べさせ終わった住民は、満足したように出ていってしまう。
「うぷ………それで、多分ここは未開拓のアクラフィティル地方だと思うんだ」
マウトはちょうど近くにあった方位磁針を拾い上げて、窓から身を乗り出して外の様子を見る。
「ほら、東に海が見える。………なかなか人が多いな。ここは最東端の集落ってところか」
「はぇ〜」
「訳も分からず来たわけじゃないよな。こんな偶然はそうそうないだろうし」
「うん。師匠がそれ使って東を目指してたから、おんなじことをしたの」
「………やるじゃないか」
珍しく冴えていたユーキのことを、少し見直したマウト。
「それじゃあ、遅くなったがその集落の統領を探して、挨拶しよう」
「あいわかった!」
最早聞き馴染んだ返事を聞いて、少し安心を覚えるマウトは、ユーキに手伝って貰いながら崩れていた衣服を直し、家を出た。
筋肉が弱っているために、杖に体重を預けながら歩くマウト。
ユーキはそれを面白がって見ている。笑うわけではない。ただニヤニヤしているだけだ。
「なんだ?」
「へへ」
なんとも言えない微妙な会話………会話とも言えないようなやりとりを交わしながら、近くの住民に声をかける。
「すみませんが………あぁ、そういえば大陸語は通じないんだった」
「いや、通じるよ」
「っ!」
なんとその住民は、大陸で広く使われる言語を理解し、あまつさえ使用してきた。
何人かの住民に話しかけても理解しなかったので、そういうものだと思っていたマウトは、軽く度肝を抜かれた。
「そちらのお嬢さんにはもうしたが、あなたにはまだだったな。私はその集落の族長。名乗るのが遅れてすまない。外の世界の言葉で呼べる名前はないから族長と呼んでくれ」
しかも、かなり流暢である。
「………あぁ、よろしく頼む、族長。僕はマウト。こっちは……もう言ったか?」
「まだ」
「……ユーキだ」
「なるほど。マウトとユーキ。覚えておこう」
「だが、かなりペラペラに喋られる。何か勉強を?」
「ああ、少しな。この集落では族長になる前に、男は森で一人生き抜くという風習があるんだ。その時に、ボウケンシャ……だったか? この集落では戦士と呼ぶ役職と同じことをしている外の世界の人たちに教えてもらったんだ。結局、その人は死んでしまったんだけどな」
「………辛い話だな」
「あぁ、辛気臭くするつもりはなかったんだ。気にしないで欲しい」
「そうか、なら気にしないよ」
「それで、俺が会うのは君たちで二人目……あぁいや、二組目だ。率直に言って珍しい。なにか特別な用事があってきたんだろう?」
「ああ。ここからギリギリ見え………いや、見えないな。とにかくあっちの方角にある島に行きたい」
「………ちょっとこっちに来い」
突然、顔色を変えた族長が、マウトの腕を引いて家に入った。
他の家と比べて装飾が豪華であることから、族長の家だと分かる。
「いきなり悪かった。だが、滅多な事を言ってしまって、集落全体を敵に回す訳にもいかない」
「なんとなく分かったが、訊こう。あの島には何がある? ………いや、何があるのかは僕も知っている。この集落において、あの島はどういう意味を持つ?」
「あそこは、神の化身の棲む島だ。入ることが許されるのは族長のみ……しかも、特別な儀式の時のみだ。
あの島に棲まう神の化身は、我々に恵みを与えてくださったというのが、代々語り継がれている。
島には洞窟があるが、神の化身の寝床だから、俺ですら入ることが許されない。16代前の族長しか、そのお姿を目にしていないらしい」
「だが、僕らにも行かなければならない理由がある」
「………言ってみてくれ。可能な限り、感情を抑えよう」
「その神の化身と同一の存在かは分からないが———そこに眠る竜を殺す」
マウトの言葉に反応して、族長は声を荒げて理解不能な言葉を吐き散らした。
そして、すぐにはっとして少し黙る。
「………取り乱してすまない。だが、到底許容できない。我々にとって崇拝する対象かもしれぬ存在の殺害など………」
「だが、こちらとしても急を要する。端的に言えば、大陸全土が滅びる可能性があるからだ」
「………そう言われると、駄目だと突っぱねるのは気が引けてしまうじゃないか。かといって、はいそうですかと許す訳にもいかん………」
「分かっている。だが、止められようとも僕らは行くつもりだ。……仮に、そちらが実力行使に出たとしても」
「………だろうな。止めても無駄なことは分かる。俺は、まだ若い族長だ。もしも偶像崇拝をとるか、民の安全をとるかという選択を迫られたとき、どうするのかは決めている」
「………」
「許可はしない。だが、止めも咎めもしない。俺たち集落の人間は、お前達がただここを離れるだけのものとして送り出すことにする。俺以外にはこの事実すら伝えずにな」
「………本当にいいのか?」
「二度も言わせるな、許可はしない」
「ありがとう、すまない」
「何故礼を言う。そしてなぜ謝る。俺は許可もしていないし、これからのことも知らない。それだけだ」
唯一外の世界に触れ、唯一崇拝という最も大きなものへの疑問を抱いた現族長。
マウトは、彼の男気に感動した。
本当は倒さないで平和を守る方法を見つけたいがそれは難しいだろう。
だからせめて、やるべきことを全力でやろう。マウトは心に決めた。
迷いなどは初めからない。だから晴れることもない。ただ、その芯が盤石になった。
「お詫びといってはなんだが、仮に神の化身からの恵みが止まってしまったら、僕が外の世界から恵みを持ってこよう。こう見えて、僕は外の世界では顔が広いから」
「いや、いい。この集落は、既に充分なほど恵まれている。こんなふうに、族長が客人をもてなしてやれるほどにはな」
族長はそう言いながら、二人の目の前に山盛りの果物を出した。
「うまそう!」
「好きなだけ食っていいぞ。重っ苦しい話をすることになっちまったが、こんなのは元々俺の柄じゃない。本当なら、人と一緒に食って飲むのが大好きなんだ。ほら、一杯やろう。な?」
「いや、酒はいい」
「酒? なんだそれは。………あぁ〜思い出した。水を腐らせて作る、飲むと楽しくなるやつだな」
「……まぁ概ね合ってるな」
「そんなんじゃないが、この集落で作った西瓜を絞った汁だ。子供から大人まで大好物の美味い飲み物なんだぞ。そっちの……えーと、ユーキ。は、ガブガブ飲んでいたぞ」
「………。それなら、頂こう」
マウトは、ユーキに微妙な視線を向けながら言った。
ユーキは別に気にしていないようだ。
その日は、集落の戦士達が獲ってきた巨大や魔物の肉を住民全員と部外者二人で仲良く食べ、祝宴のようなムードで一日の幕を降ろした。
翌朝。
ユーキとマウト……特にユーキは、住民達に笑顔で送り出された。
昨日皆で囲んで食べた魔物の肉を道中の食料としてもらい、二人は集落を後にした。
肉は、集落から離れた後で燻製にした。
「さて、ユーキ。これからも進むのは東だが、今度は正確には北東に進む」
ユーキはキョトンとしている。
「………まぁ、最悪分からなくていい。重要なのは、ここから進むにつれてどんどん寒くなっていくということだ」
「え〜……寒いのやだ」
「僕も嫌だ。だから、ここで先に魔法をかけておこうと思う」
マウトが手を翳すと、ユーキの体が淡く光った。
「わ、あったかい」
マウトがかけたのは防寒魔法だ。そんなピンポイントな魔法に需要があるのかといえば、結構ある。
例えば、北西にあるノルクトゥベニア地方は非常に寒いが、町が結構な数ある。それらはどれも町中に、常に防寒魔法がかかっているのだ。外を快適な温度で出歩けるので、割と発展していたりする。ただ、魔力の供給源は未だに謎に包まれているそうな。知っているのは町を管理するごく一部らしいが、一体どうやっているのか。
ちなみに、魔力消費のコスパが結構いいので、寒冷地を移動する冒険者にはよく使われる手段だったりする。
それ以前に、ユーキの着ているキマイラ素材を使った装備は、温冷に適応できる高機能なものだ。
だからユーキはそこまで心配する必要はないのだが、マウトは集落を出てから少し過保護になっているようだ。
岩トカゲの次に、自分にも防寒魔法をかけたマウト。
ユーキを連れて、再び歩みを進める。
防寒魔法を以てしても肌寒さが貫通してくる頃、一行の正面には急勾配が聳え立った。
ここを素直に登っていくのは少し危ないだろうと思い、マウトは周囲を見渡す。
ちょうど、なだらかになっている場所を見つけた。
「あっちから回り込んで行こう」
「あい」
少し元気のなくなったユーキを見て、マウトは寒さを実感する。
西の方向から回り込んで台地を進む二人は、もう既に雪原に足を踏み入れていた。
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