第15話
別名がつけられる魔物がいる。
氷結竜クリスタルドラゴン、
赤竜ブラッドドラゴン。
これらのような存在は、一線を画す強さであるから、別名をつけて恐れられることがある。
例に出したこれらは、そういった事実に基づいて作られた御伽話の強い魔物なのだが、強さのボーダーラインとして別名の有無があるというのは、一般教養レベルで当たり前の常識である。
常に魔物と隣り合わせで生きる人間だから、常識たり得たのかもしれない。
マウトとユーキは、砂の海を駆けていた。
砂浜でじゃれるカップルの亜種のような和やかさは、一切ない。
ただただ必死に生にしがみつこうと、全力疾走しているのである。
大砂蛇ヴァインスネイク。
もしもこのガオナス砂漠で、枯れた蔓植物を見たら要注意だ。
自分が奴のテリトリーに入り、捕食される未来がすぐそこまでやってきているからだ。
◇
時は少し遡る。
ガオナス砂漠に繰り出し、岩トカゲを引いて歩みを進める二人。
ユーキは暑さで既に溶けていたが、マウトもかなり限界が来ていた。
今は脱いだローブを岩トカゲの背負う荷物に載せて、少しでも空気を取り込もうとしている。これ以上肌を出すと日焼けでさらに恐ろしいことになるので、暑さは多少我慢するしかない。
デザディアで大量に水をもらっていなければ、とっくに底をついていただろう。
「あ〜つ〜い〜……」
「声に出すと余計にそう感じるからやめるんだ。こっちまで同じようになってきてしまうじゃないか」
「だってぇ〜〜〜………」
気の抜けた声で、やけに間伸びした会話が続く。
「あんまり喋って体力を消費するんじゃない。ほら、これ食べて気を紛らわせるといい」
マウトが荷物から取り出したワイバーンの燻製肉の切れ端を受け取ったユーキは、無言でしゃぶりついた。
普段の食事では幸せそうな顔をするのに、今は他人にお見せできないような酷い表情だ。
しばらく歩くと、マウトは砂から何かが飛び出しているのを見つけた。
「………。これは………」
拾い上げ、じっと見つめるマウト。
「うん、少しまずいかもしれない」
ドォーーーーーーン
「うひゃ!?」
背後から、物凄い衝撃音が響いてきた。
驚いて飛び上がるユーキ。
マウトは冷や汗を垂らした。
大きく伸びる長い影。
「女王のペットがお怒りだ」
大砂蛇ヴァインスネイク。
ランク341以上にのみ戦闘が許可される魔物で、ここガオナス砂漠の砂丘一帯の主である。
同時に、デザディアの女王の従者が死ぬ気で手懐けた女王の
大きな特徴は、全身に纏わり付いた枯れた蔓植物のような鱗だろう。老廃物が角質化したもので、古くなったものからボロボロと崩れ落ちていくので、もしそういうものが地上で見つかったのなら、近くにいる可能性が高い。
石レンガのような模様の甲殻も相まって、苔むした城や塔のように見えることから、女王のペットと成り下がる前は砂地の魔塔と呼ばれていた。
それ以降でも、このようにテリトリーに無駄で立ち入る者には激しく怒り、喰らい尽くさんと襲いかかる。
砂煙を巻き上げながら、二人に向かって一直線に突き進んできた。
「ユーキ逃げるぞ全力疾走だ!」
走り出しながら指示を出すマウトに、とにかくやばいと理解したユーキは必死に付いていく。
そして、冒頭である。
「無理! もう走れない!」
「止まったら死ぬと思うんだ! 死ぬ気で走れ!」
「というか、私が一発きついのお見舞いしてやればいいじゃん!」
「駄目だ! 拳を振るいたいなら後でやらせてあげるから、今はとにかく走るんだ!」
「なんでよ〜!」
確かにユーキの言う通り、奴に拳を浴びせてやれば、確実に仕留められるのは間違いないだろう。
だが、何故駄目なのか。
理由は至極単純で、女王のお気に入りのペットだからだ。
仮に殺したとあれば、いかに優遇される賢者といえど、処刑されかねない。
マウトなら易々と逃げられる、と思うだろうが、そんなことはない。
女王の従者は、束になってかかれば若き天才に肉薄することも可能である。マウトが全力で抵抗したとて、最後には殺されてしまうだろう。
女王は非常に執念深い。
例えば、砂漠にはもう一つ国があったが、国交で女王の気に入らない事があったために、国を完全に滅ぼしてしまったことがある。
今はその記録も一切残っていないため、この事実を知る者はごく少数である。
マウトが知っているのは、彼が女王のお気に入りであり、度々歓談に訪れたためだ。
倒すことが許されない以上、ボーッとしていては簡単に喰い殺されてしまう。
奴にとって、人もトカゲも食料に過ぎない。逃げる以外に選択肢はないのだ。
だが、逃げるにしても愚直に走るというのは、およそ賢い人間の行動とは思えない。
それには、しっかりと理由がある。
まず簡単に思いつく方法として、岩トカゲに乗って逃げるという方法。
岩トカゲを乗用することは一般的なものだが、今回は既に荷物でいっぱい。荷物の上に乗る訳にもいかないし、かといって捨てるのは論外ということで、マウトは考えから切り捨てたのだ。
そして、マウトになら出来る方法として、瞬間転移魔法による逃走。
マウト単独ならこれで万事解決、とはならない。瞬間転移魔法の転移先は、一度自ら訪れた場所でなければならない。目的地は、未だ未踏破の砂漠の向こうである。
加えて、使用者以外の動物は同時に転移させることができないという、この場で使用するにおいては致命的な欠陥がある。メカニズムについてはマウトを含めた学者達が研究を続けているが、今のところ詳しいことは分からない。試してみても、使用者以外の動物は置いてけぼりにされてしまう。
逃走用の道具を使うのはどうなのか。
駄目だろう。奴は、追跡能力がずば抜けて高い。そのような道具を使って撒こうとするのは、ただただタイムロスに繋がるだけだ。
なら、馬鹿正直に走って逃げるとしても、身体強化の魔法などを使って少しでもサポートするべきではないのか。
いや、既に使っている。
使った上で、この速さだ。
まず、岩トカゲについて。この魔物は持久力こそあるが、素早さに関しては遅い。
ユーキは、身体能力が概ね絶望的だ。
身体強化魔法は、身体能力強化魔法である。基礎の身体能力がしっかりしていなければ、どんなに強い魔法をかけても対して強くはならない。
例えば、ユーキとリンゴを握り潰せる力自慢の男に同じ身体強化魔法をかけたとしよう。男が鉄の塊を歪めるほどの力を手にしたとき、ユーキはリンゴを握り潰せるかどうかの瀬戸際くらいの力になる。
これほどまでに、基礎のスペックで強化度合いが変わってくるのだ。
強化度合いが本人に依存する以上、それが絶望的なユーキと、ちょうど苦手な分野だった岩トカゲにこれ以上魔法の効果を持続させる意味はない。
ちなみにマウト自身にはかけていない。
なぜなら、走る速度に大きな差が開いてしまうから。
どうせ遅い方に合わせるのだから、無駄に魔力を消費する必要もないだろう。
マウトは、空中で魔法を炸裂させ、ヴァインスネイクの意識を逸らしつつ逃げる作戦にシフトした。
「とにかく全力で走れ!」
「きつい〜無理〜!」
ユーキも弱音を吐き続けているが、なんだかんだ必死に付いてきている。
頭も体も壊滅的だが、根性はあるのだ。
マウトはそれに少し感心するが、大蛇を傷つけないように魔法を放つことに集中しているために、褒めてやる余裕はない。
大砂蛇は、特に気性の荒い魔物として有名である。
一体女王の従者達は、こんな魔物をどのようにして手懐けたのだろうか。手懐けるのは、ただ討伐するよりも遥かに困難だ。
もしも彼らが冒険者にでもなったら、ランクはみるみるうちに上がっていくことだろう。400を超えるであろうことは間違いない。
それだけの実力があるにも関わらず女王の元に居続けるのは、女王のカリスマによるものだろう。
デザディア王国は、王族のカリスマ性によって維持され続けている。ただの一度も反乱がないのは、それが理由なのだ。
そのカリスマが、あるいは砂蛇をも頭を垂れされた要因なのだろうか。
だとするならば。
マウトは一人足を止めた。
「そのまま走り続けろ!」
「あいわかった!」
指示の通り走り続けるユーキと岩トカゲに目をくれることなく、マウトは光の魔法を発動した。
日差し照りつける砂漠の昼間でさえ、分かりやすく光り輝く杖先。その光はやがて一本の光線を成し、天を貫かんと真上に伸びていく。
光線は、ある高さまで上がると面を形造り、そこにデザディア王国の女王の尊顔を表した。
ヴァインスネイクの動きが止まる。
これは好機と見たマウトは、その光の面を大蛇の真後ろに飛ばした。
大砂蛇はその光を追い、マウト達から意識を逸らしてどこかへ行ってしまった。
すぐに一人と一匹に追いついたマウト。
「さあ、さっさと砂の海から抜け出そう」
「あいわかった!」
元気を取り戻しつつあるユーキの声に、マウトも少し元気づけられた。
砂の海を抜け、大砂蛇のテリトリーから抜け出す事ができた一行。
ここまででとても疲れた訳だが、この旅において、これはまだ前半の出来事である。
夕暮れに差し掛かった頃。
「だいぶ動いたから、今日はこの辺で休もうか」
「やったぁ!」
休めると聞いて逆に元気になるユーキ。
だがマウトの方も、割と気持ちは同じだ。
野宿に備えて焚き火の準備をしたり、魔力補給にポーションを飲んだり、岩トカゲに餌を与えてやったりと、少しだけ平和な時間が流れている。
砂漠の夜は寒い。
ローブをユーキに羽織らせて、焚き火を囲む二人。岩トカゲはもう寝てしまった。
「ねぇ、師匠」
「なんだい?」
「旅って、楽しいね!」
ユーキは、これまで近場のダンジョンくらいしか行ったことが無かった。
このような長期遠征は初めてのことで、かなりワクワクしていたようだ。
「ああ、そうだね」
そして、ここからはマウトも初めて足を踏み入れる土地となる。
二人はこれからの旅路に想いを馳せ、少し炙ったワイバーンの燻製肉を齧った。
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