第14話

 シクルトゥム地方を抜け、イスティウム地方に入った。

 自然豊かなシクルトゥムに対し、イスティウムはかなりの範囲が開拓され、王城を中心に巨大都市が築かれている。〝都は東である〟という言葉が生まれた地だが、実は言葉が生まれたときには意味などなく、ただ王都が国の東に造られたというだけである。意味は王国の人間ではなく、デザディアの民が付けたとされているが、いつしか逆輸入された。

 日が昇るのは東から、都が栄えるのも東から、という意味は、東にあるデザディアの方が栄華を誇っているという宣言でもある。言葉こそなかったが、デザディアの民には元々そういう思想があった。それは、王都の構造からも読み解くことができる。

 デザディアとウィドルネルグは長らく良好な関係を保っている。それは、ウィドルネルグが遜る形で為された関係だ。デザディアの女王の意思一つで簡単に砕け散る国交に、果たして意味はあるのか。

 どうでもいいことのように思えるが、そんなことはない。

 実は、そのおかげでウィドルネルグ〜デザディア間の国境は緩く、入出国が容易いという特徴がある。その利点を活かすため、マウトはこのルートをとったのだ。

 仮にこの関係が瓦解すれば、大陸横断がさらに面倒になる。

 だが、残念ながら部外者の入り込む余地はないので、今保たれていることを感謝すべきだろう。


「もう暗くなってきたから、王都についたら休もう」


「分かりましたっす」


「あい」


 素直に従う二人にマウトが感心したところで、関所に着いた。



 王都マトゥクア。

 ウィドルネルグ王国の中心地、城下町であるマトゥクアは、王国民の4割が住む巨大都市である。

 同じ王都でもブルムドシュタインは国民の2割が住んでいる。この2国の総人口は比較してみてもそこまで大きな差はない。僅差でブルムドシュタインの方が多い程度だ。

 このことから、マトゥクアの大きさと賑わいがよく分かるだろう。

 夜が顔を覗かせているというのに、未だ活気に満ち溢れている。ベリティアなら、この時間帯にここまで賑わうことはない。

 入国管理については王都出入り口の門で行われる。

 ここまで厳重に入国管理を行うのは、王都や国の中心となる都市くらいだ。

 バリスドやベリティア、シムバッハのような地方都市では行われないか、形式的で簡易的なものだけである。

 兵士の一人が近寄り、御者であるタツに声をかけた。


「入国の目的はなんですか?」


「学院からの実地調査で、ファルアティナ半島まで」


 タツは迷うことなく答え、マウトから予め受け取っていた学院の押印付きの調査派遣指示書を見せた。


「ふむ……偽造ではなさそうですね。どうぞ」


 学院に対して、シムバッハ以外の国や地域は基本的に好意的である。

 学院関係者であれば基本的に問題なく通れるということを知っていたマウトは、出発前にちゃっかり作成していたのだ。

 もちろんこれは偽造ではないので、ちゃんと本物として扱われる。

 マウトが本物の賢者であるからこそ可能な該当だ。

 すんなり通れた一行は屋台で串焼きを買って食べながら、一泊する宿を探していた。


「おい、そこのあんた!」


 マウトは聞き覚えがあるその声。

 振り返って見てみると、やはりそうだ。シムバッハで観光地や料理店を教えてくれた通行人だ。


「やっぱり! あんたあの時の金持ち観光客か!」


「奇遇ですね、こんなところで会うなんて」


「あぁ、俺はここに住んでるんだよ。あのときゃたまたま実家に来てただけでな。………というか、あんたその格好学院の人間だったのか」


「ああ、そうだ。あの時は嘘をついて済まなかった」


「いやいや。あんたにも何かしら事情があったんだろ? 深くは訊かないさ。それより、この時間に馬車で彷徨いてるってことは、宿を探してるんだろ?」


「ああ、そうだ」


「それなら、馬車も停められて飯も美味い、いい宿を知っているんだ。付いてきな」


 以前もそうだが、彼はまるで心を読んでいるかのように求めている施設を的確に教えてくれる。

 マウトは都合が良いと思う反面、並々ならぬ観察眼を持っているようだと、警戒あるいは尊敬の意識を芽生えさせた。

 彼の紹介してくれた宿で食事を堪能し、ゆっくりとくつろぐ事ができた一行。

 再び彼の名前を聞きそびれたのを思い出したのは、翌日王都を出てからのことである。



  ◇



「そろそろいいかな」


 王都を離れ、デザディア王国領に差し掛かろうとする辺りで、マウトは長剣片手にワイバーンの肉に手をつけ始めた。

 先日採取したワイバーンの肉。

 魔物避けにもなる臭いだが、食料とするには流石にきついので、臭み消しとしてよく使われる手法が天日干しだ。

 果実酒に漬け込む手法もあるが、このサイズの肉を丸ごと漬け込める量の酒も容器もないので、天日干しをしていた。

 本来ならあと3日ほどやるのだが、デザディアが近くにあり、なかなか高温で、かつ乾燥しているためそろそろ良いと判断したのだ。

 マウトの指示でタツは馬車を止め、ワイバーンの肉を運び出す手伝いに回る。

 ユーキもマウトの指示に従い、脚付きの金網を地面に設置した。


「タツくん、炭を出してくれ」


「へい!」


 タツに次の指示を出しながら、金網の上に置いたワイバーン肉を炎魔法で軽く表面を炙り、腰に差していた長剣を包丁のように使って肉をスライスしていく。

 スライスした肉を金網いっぱいに広げたマウトは、丁度良いタイミングでタツが持ってきた炭を金網の下の隙間に入れていき、炎魔法で着火させて箱を被せ、密閉させた。

 燻製である。


「ユーキ、そっちの金網も置いて」


「あい」


 同じものを三つほど作り、2時間程待つと、いい色が付いたワイバーンの燻製肉が出来上がった。

 プロではない上、即席の道具で作ったので多少臭みが残っているが、それでも栄養満点、味良しの食料ができ、タツとユーキは大はしゃぎだ。

 あまりに興奮しすぎたユーキのせいで森が少し禿げたのは、ここの三人だけの内緒である。当の本人はなんでもないことのように話してしまいそうだが。



 デザディア王国、オスティナ地方。

 デザディア王国領で最も自然豊かな地であり、人口の約8割が住まう。

 デザディア。王国と同じ名前の王国である。

 総人口の5割が住む街だが、総人口がそもそもブルムドシュタインやウィドルネルグと比べてかなり少ないため、絶対数はそこまでではない。

 とはいえやはり人が多いのは事実。行き交う人々のおかげで馬車が堂々と道を進むのは困難を極める。

 だが、あまり気にすることはない。

 なぜなら、馬車の利用はここまでだからだ。


「ありあした! また機会があったらご一緒しましょうっす!」


 ワイバーンの燻製肉をいくらか渡されて、タツは馬車と共に帰っていく。


「さて、ここからは歩きだ」


「えぇ〜………歩きたくない………」


 ただでさえ暑いのに、もっと暑くなるようなことを聞かされたユーキは、溶けるようにへたり込む。


「まぁまずは涼みついでに用事を済ませよう。出るのは明日だからね」


「あ〜い……」


 気だるそうなユーキを連れてやってきたのは、デザディア王城。

 例のことわざの意味が生まれただけあり、東側に城が築かれている。そのせいで、年々進みつつある砂漠化に呑まれ、王城とその近くの町は砂がサラサラと舞うようになってきている。

 城内でそのような感じがしないのは、王家複数代に渡って造りあげられた城全体に行き渡る水路のおかげだろう。

 砂漠の隣とは思えない潤いで、まさに人工オアシスといった様相である。


 玉座の間に通された二人は、あの美しい女王に謁見した。


「ふむ、まずは賢者。よく来たな。隣の小娘が件のアレか?」


「ええ、そうです。ユーキ、挨拶をしなさい」


「ええっと、ええっと………ユーキ大好き、拳です!」


 女王の言外にある威圧感により、ユーキが珍しくたじろいでいる。

 言葉がぐちゃぐちゃになり、自分でも何を言っているのか理解していない様子だ。


「元気がよいの。ほら、妾にもっと近う寄れ」


「ひゃ……ひゃい……」


 象か、あるいは獅子のような普段の振る舞いのはうってかわって、まるで小動物のような、あるいは蛇に睨まれた蛙というほどに縮こまるユーキを、女王はお構いなしに撫でてやる。

 必死に「助けて」と目で訴えるユーキに、マウトは知らんぷりを決め込んだ。


「そんなに怯えんでも、妾に人を取って食う趣味はないわ。安心せい」


 そう言われても、癇癪で殺されてしまいそうだと、ユーキは怯えを隠さない。

 今にも泣き出しそうな赤子の表情をするので、流石のマウトも助け舟として咳払いをひとつした。

 そのおかげで我に返った女王の隙を狙ってユーキは素早く抜け出す。

 ずっと借りてきた猫のように大人しかったために油断してくれていたおかげで、押さえる腕の力が弱かったのだ。


「………。まぁ、このくらいで勘弁してやろう。それで、本題だな」


 明らかに不機嫌そうで、従者達の顔色が最悪になるが、女王にも特別な客人を相手にしているという自覚があったので、冷静に話のレールを戻した。


「準備なら一昨日にできた。一週間の食料と大量の水、そして岩トカゲだ」


 岩トカゲ。

 岩のような甲殻を持ち、その内側には分厚い脂肪が付いている。皮膚の下には水を溜め込む器官が沢山あり、砂漠を歩くのにとても適した生物である。

 トカゲなどという名前だが、パワーは充分に強い。

 女王が合図を送るまでもなく玉座の間に入れられた岩トカゲは、通常よりも逞しい体格で、一回りも二回りも大きい。

 既に物資を持たされた状態にも関わらず、まだまだ待つのに余裕のある岩トカゲ。


「妾の趣味でな、強い魔物を作っているのだ。もちろん倫理的に問題のない範囲でな。きちんと管理もさせている。

 この岩トカゲは、その中でも外に出しても支障のない一握りの存在だ。せっかくだから貸してやろう。あぁ、万が一死んだら肉として食ってしまって構わないぞ。美味いからな」


「ありがとうございます、大事に使わさせて頂きますね」


「はは、畏まる必要はないぞ」


 脚を組んで片手に頭を預けながら微動だにしないが、女王の機嫌が少し良くなったと感じる。

 失禁しかけた、というかもう既に少し漏らしていた従者の一人が、心の底から安堵したような表情をしていた。苦悩のような、笑顔のような、なんともいえない表情である。


「朗報を待っておるぞ。もし生け捕りに出来たのなら、愛玩魔物ペットにしたいものだな」


 王城を出たと同時に大きな溜め息を吐くユーキ。

 彼女がここまで緊張を見せたのはマウトは珍しいことのように思ったが、案外彼女は普通の女の子なのだ。ただ拳に対する執着が酷すぎるだけであって。

 そんなユーキの背中を撫でてやりながら、岩トカゲと共にガオナス砂漠へと繰り出した。


 ………そんな砂漠に、一つの巨影が差し掛かる。

 この砂の海で、波乱を巻き起こす予告のように。

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