第12話

 ブルムドシュタイン王国。

 三つの地方に分けられた広い領地を持つ、この大陸ではかなり平和な部類に入る国。

 その一つ、スタティマニア地方。

 バリスド町は、その中でも最も平和な町である。

 ユーキとマウトは冒険者ギルドの傍で、馬車利用の手続きをしていた。


「馬車の個別利用手続きなんて久しぶりです。ですが、ウィドルネルグを通ってデザディアまで向かわれるなんて、何をされるんですか?」


 受付嬢は……というか、冒険者ギルドでクリスタルドラゴンについての話を知る者や御伽話ではないと信じる者はいない。

 マウトは、どういうふうに言おうか少し迷った。

 個別利用の場合、その行き先と目的を予め伝えておく必要がある。何故なら、定期的に巡回するキャラバンとルートが被っている場合、わざわざ高い賃金を払って個別利用をするメリットがない。

 またそうでなくても、理由を説明しなければならないのは単純に防犯のためである。馬車ということは、移動のための御者も必要となる。そういうものに犯罪の片棒を担がせたり、危険に晒すわけにはいかないのである。

 また、ギルドから利用申請できる馬車は、全面的に利用者が自ら馬を捌くことを認めていない。これは、かつて認められていた時代に馬の盗難や杜撰な利用による馬の死亡、車両や幌などの破壊が横行してしまったためである。今はそこまで治安が悪くはないが、一度禁止したものが再び解放されることは、なかなかにハードルが高い。


「野外調査だ。急遽決まったのだが、今日には出発したいんだ」


 マウトは、嘘ではないが本命ではない事を理由として言った。


「今日!? 今日ですか!? 個別利用の手配は時間がかかりますから、大抵は翌日以降のために前もって申請するものですが……」


「ああ、分かっている。だが今日でなければいけないんだ。そのために、こちらで食料やその他必要な物は揃えてきたんだ」


「だからそんな大荷物だったんですね。ですが、デザディア王国までとなると、少なくとも十数日……往復する必要があるので半月近く拘束されるわけですから、御者はそう簡単に見つかりますかね……?」


「確かに、問題だな。なら、僕から直接追加報酬を出して人を呼ぶのはどうかな? 具体的には50万クリスタくらいで」


「50万………ギルドマスターとかけあってみます」


 受付嬢はカウンターの奥へ引っ込み、マウトがお金を引き出してしばらく待っていると、受付嬢が戻って来て指で丸を作って言った。


「OKです!」


「じゃあ、早速頼む。一時間以内に出発できる人を呼んでくれ」


 マウトの要求は結構な無理難題だが、流石の財力でゴリ押したおかげか割とあっさり見つかった。

 その御者は、なんとタツだった。


「あれ、なんかいい人じゃないか」


「へい、自分がお供させていただきまっせ!」


「彼は、ギルドの雑務の他にも御者をやっています。本業は冒険者なんですよ」


「他の人はこういう影に隠れる仕事は好まないんで、あんまり同タイプの人はおらんのですがね」


 受付嬢の説明に補足を入れ、少し寂しそうに頭を掻く。

 タツは、本業の冒険者としてのランクは48。一応、デザディア王国までの移動が許可されるランクより上だ。

 多才というか器用貧乏というか、どちらにせよ彼のような人材は貴重といえば貴重だ。ちょうど痒いところに手が届く、〝なんかいい〟人材。

 それをなんとなく感じとったマウトは、なかなかの観察眼を持っているといえるだろう。


「タツさん。もう一度確認しますが、本当に引き受けますか? 長い間御者を続けることになりますが」


「問題ないっす! 追加報酬もデカいし、それに長距離だと魔物も出るでしょ? 特にダグラムの遺跡辺りでは」


「確かにそうだね。彼以上の適任はいないかも」


 本来、個別利用する場合は御者に加えて護衛冒険者や傭兵、長距離の場合はさらに食料やその他物資を用意する必要がある。

 今回は御者が護衛を兼任し、その上で食料等をマウトが用意したことで特例的に実現した最少人数による馬車移動だ。

 実現には、マウトの相当な実績も影響しているだろう。


「では、後は皆さんでご自由に」


 仕事を終えた受付嬢はカウンターに戻り、タツの先導により馬車まで案内された。


「これっす。長距離の連続移動にめちゃくちゃ強い馬達ですぜ」


「いいね。それじゃあ荷物を積み込んで、早速出発しよう。二人も手伝ってくれ」


「うす!」


「あい」


 元気いっぱいのタツとは正反対に、やる気なさげなユーキ。

 昨日から満足に拳が振るえていないことを相当引きずっているようだ。


「早く積み込んで出発しないと、いつまで経っても拳は打てないよ」


「分かってるけど………」


 ユーキは、なんだかとても面倒くさそうにしている。


「ユーキさん、何がそんなに嫌なんすか?」


 タツは純粋に、疑問を投げかける。


「だって、砂漠行くんでしょ? 砂漠やだよ、暑そうだし」


 答えは実に可愛い、言い換えれば幼稚なものだった。


「夜の砂漠は、むしろ寒いくらいだよ」


「え、そうなの? じゃあ早く行こ!」


 マウトのずるい言い方によって、ユーキは簡単に騙される。読解力があれば、「それならやっぱり昼は暑いんじゃないか!」と反論するものであるが、ユーキはそんなことは言えない。何故なら理解ができないから。

 ただ、行ったことも見たこともない砂漠をなんとなくのイメージで暑そうだと思ったのはなかなかに鋭い直感だな、とマウトは思っていた。

 ちなみに、ユーキは以前のワーム討伐によって、目的地までの移動が可能になった。

 ランクは33である。

 このランクで、大陸全土を滅ぼし得る存在の寝床に行けてしまうあたり、本当に世に情報が出回っていないことがわかってしまう。

 マウトは都合がいいと思う反面、悲しさも感じた。

 これでは、人類が滅んでしまうのは時間の問題だろう。いや実際そうで、それを止めるための冒険をこれから始めるのだが。

 荷物を積み終え、ユーキとマウトが乗り込むと、タツは早速手綱を掴んで移動を始めた。


「さぁ、出発するっすよ!」


「おー!」


「………」


 マウトは、逸る気持ちを抑えるために無言になる。

 彼は、見た目や言動以上に情熱的な少年だ。

 若くして賢者になったのも、超高ランク冒険者になったのも、それこそ様々な才能はあったが、積み重ねてきた無数の努力による賜物である。



 ———才能は、何かを代償に得るもの。

 そんな考え方がある。

 マウトは、少し裕福だが至って普通の家庭で幼少期を過ごしていた。

 幼いマウトは、母親によく聞かされていた御伽話が好きだった。

 特に好きだったのは氷結竜のお話と、赤竜のお話。

 母親にせがんで、毎晩交互にそのお話を聞かせてもらいながら眠りにつく。

 そんな平和な生活を破壊したのは、御伽話の存在だった。

 マウトの住む町は一晩で焼き払われた。

 それは、御伽話で何度も聞いた、赤竜ブラッドドラゴン。

 今でもトラウマ的に思い出す景色は、母親が焼けていく家でマウトだけは守らんと抱いていた瞬間だ。息が持たずに気絶したマウトが次に目を覚ましたとき、体の上を覆っていたのは人型の灰。少しでも触れたら即座に崩れ去り、最早母親以前に生き物かどうかすらも判別つかない姿だった。

 マウトは生きていられたのは、奇跡と呼ぶに相応しかった。あるいはこの時既に、魔法の才能に目覚めていたのかもしれない。

 だが、その覚醒に払った代償は、両親、近所の人、友達、帰る家、生まれ故郷。当時子供だったマウトにとっては、全て奪われたといっても過言ではなかった。

 それ以来、マウトは赤竜への復讐のために冒険者となり、学院で学んで賢者となった。

 あくまでスタートラインに立ったマウトは、赤竜ではなく何故氷結竜に矛先を向けようときているのか。

 それは、かつて小耳に挟んだ〝赤竜と氷結竜が同一個体である〟という噂が起因だ。

 当時、復讐のためにある種盲目的になっていたため、根も葉もない噂を信じ、真実だと思い込んでいる。

 一応、それを裏付ける理由として、氷結竜は赤竜と同様御伽話の存在が現実にいるという点、過去に母親から聞かせてもらっていたお話で特に好きだったものがそれらである点が挙げられるが、これはあくまでマウトにしか納得できない理由だ。

 だが、少なくともその可能性が微塵にでもあるのなら、なかったとしても赤竜のように御伽話が具現化したような存在ならば、放ってはおけない。

 聞こえとしては正義感溢れる若者の言葉のようだが、その実やろうとしていることはかなり黒い。

 御伽話が現実を壊した、そんな摩訶不思議が体験をしたのはマウトだけなのだから、他に共感してくれる人間がいなくても、それが普通だ。


「———ん、マウトさん!」


「っ、なんだい?」


「よかった、やっと気づいた。ほら、あれ見てくださいっす!」


 物思いに耽り、気付かぬうちに進みを止めていた馬車の上でタツに揺さぶられていたマウトが空を見上げると、ワイバーンが一頭優雅に飛行していた。


「はぐれワイバーンか」


 ふとユーキの方に視線を向けると、餌を前にした犬のような目つきでワイバーンを睨みつけていた。

 マウトの教育(?)のおかげで、ユーキは自然と待てるようになっている。だいぶ限界なようだが。

 マウトは考えるのをやめ、ユーキの肩をポンと叩く。


「やっていいぞ」


「あいあいさー!」


 マウトの言葉を聞くや否や、馬車から飛び出したユーキはウキウキで構えをとった。

 攻撃の意思を感じ取ったワイバーンが、ユーキに向かって突撃してきたところを———ユーキの拳から放たれた一閃が貫いた。

 最早それは衝撃波でもなんでもない、一筋の閃光。

 師匠より師匠をしていたガルダは、才能を開花させる天才だ。

 その指示も、元はガルダのもとで修行をしていたのだから、彼の凄さがよくわかる。

 馬車にまで衝撃音が響き渡った。

 絶命したワイバーンが、墜落して地面に叩きつけられた音だろう。

 様子を見ようと馬車から出てきた二人が目にしたのは、確かに串刺しされたような穴が空いた、ワイバーンの死体だった。

 ユーキは、マウトの方に振り返り、サムズアップして言った。


「やったぜ!」


 まるででんぐり返しを成功させた子供のような元気いっぱいの声に、タツは思わず拍手する。


「成長しているね。流石は弟子だ」


「でも師匠なんもしてない」


 ユーキは、いつの間にかマウトに対して敬語を使わなくなっていた。

 あまりにも師匠らしいことをしていないせいだろう。


「楽ができるのはいいことだよ。その分ユーキが強くなっているってことだからね。ただ、ワイバーンを持ち帰るのは難しいから、特に貴重な素材と美味しい部分の肉だけ剥ぎ取って、あとは捨ててしまおう」


「じゃあ、俺の出番っすね!」


「任せたよ、タツくん」


 ちなみに、タツの方がマウトより年上である。

 タツの華麗な手捌きで剥ぎ取りを終え、再び馬車を走らせた。


「そういえば、どこまで走ったんだ?」


 マウトは思い出したように、タツに質問を投げかけた。


「だいぶ前に、もうタクステブルグは越えたっすね。というか多分、そろそろ国境が見えてくる頃っすよ」


 タツが言い終わるのと同時くらいに、見えてきた。

 ウィドルネルグ王国………ではなく、巨大な渓谷、テフクトの亀裂が。

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