第10話
「どうしました? さぁ手に取ってご覧くださいよ。見るだけはタダ、ですから」
「………いやね、別に隠してるつもりもないし、なんだったら学院から毎回発表されてるから誰でも知りようのある情報ではあるんだけどさ。何でそういうところとは関係がない、ただの商人の君がそれを知ってる? わざわざ調べたのかい? 何のために?」
「テリヴリーです。嫌だなぁ、ただの個人で行商やってる人間が学術に興味持つことは、そんなにいけないことですか?」
「そこなんだよ。個人経営の行商、そんな危うい商売してるのに、学術に興味を持つ余裕なんてないだろう? それこそ、学院は既に大手の商会と契約しているんだから、君のような人間に入り込む余地はない。不自然、いや、不審なんだよ」
「———クリスタルドラゴン」
「っ………」
「お、やはり正解でしたね。調べた甲斐がありました」
「目的はなんだ? 言え」
マウトは、テリヴリーに対し凄んだ。
「ですから、買っていただきたいのですよ、ワタクシの商品を———」
「言うのは、本当の目的だ」
「………がっ………ですから、本当に物を売るのが目的なんです………! まず商品くらいは見てください………!」
マウトの魔法で宙に浮いて、もがき苦しむテリヴリー。
マウトは仕方がないので拘束を緩めてやり、とりあえず商品を見てみてやることにした。
街道の端で広げられた商品はどれも普遍的で、特におかしな点は見当たらない。極々普通の武具やポーション類だ。
だが、尚更理解できない。これだけの情報収集能力を持ち、ただ普通の商売をするだけというのは、やはり違和感しかない。
「やはり、君は何か別の目的を隠しているんじゃないのか?」
「いえ、そんなことはありませんって。………一度これをやめて頂けますか? まだ〝本命〟をお見せしていませんので………。買うか買わないかの判断はそれからでも遅くないでしょう?」
「びた一文払わなくていいなら、買ってあげてもいいよ」
「それは買うのではなく略奪では……いえなんでもありません……。さて………これです」
拘束を解いてもらい、鍵を掛けて閉じられたトランクを弄るテリヴリーは、開けて中身をマウトに見せた。
「これは………」
マウトは見るだけで分かった。一見するとただ悪趣味な装飾が施されただけの武具にしか見えないが、これらには魔力が込められている。
「分かりますよね、分かってしまいますよね!」
「その反応で確信した。これは魔法武具だね」
「ええ! 45〜50のランク帯のダンジョンに潜った冒険者から買い取ったものです。強さとしては一級とは言えませんが、魔法武具としては使いやすい部類のものですので、ストーリア様のような大賢者様には必要ないかもしれませんが、そちらのお連れのファイターの方にはあった方がよろしいでしょう? 今キマイラの防具を繕っているのですから、武器も見合うものの方がよろしいですものね」
魔法武具とは、その名の通り何らかの魔法が付与され、魔力が込められている武具のことだ。
その効果は武具や魔法によってさまざまあるが、概ね一致している条件として、魔力が込められているという点が挙げられる。ダンジョンで出土した場合、通常武具と魔法武具で売却価格が大きく異なるので案外重要な要素だ。
ちなみに、現在出回っている魔法武具の大半はダンジョン出土品だ。
これは別にロストテクノロジーとか、作成が難しいとかというわけではない。
だが、主に冒険者におけるサポーターの全体的な地位向上と魔法技術向上があり、武具ではなく人に直接付与する魔法で強化というのが主流となりつつあるせいで、これらは採用されない傾向にある。………とは一概には言えない。
ダンジョンからの出土量も普通に多く、それらを組み合わせた戦法もよく使われる。
要は、単純にコスパが悪いのだ。
新たに作る技術はある。だが時間がかかる。その上ダンジョンからはその時間をかけたのと同じかそれ以上の魔法武具が大量に出てくる。だから一から作ろうとしても、面倒な割にリターンが少ない、需要が少ないというダブルパンチを喰らう羽目になるのだ。
分かりやすく言うとするならば、家庭で何時間もかけて作ったチャーシューがスーパーで大量に買えてしまう、それどころかコストも自作より安いというような感じだ。
ちなみに、稀に魔法を意図的に付与したものではなく、長年高濃度の魔力のある場所に置かれたり、あるいは大量の魔力を浴びるなどして高濃度の魔力を帯びる魔法武具というのもある。だがこういう類いのものは簡単に言えばガラクタで、精錬して他の魔法武具の補修に使われることがほとんどである。
「君、何でも知っているんだね。ここで始末しておいた方がいいんじゃないかな」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! ほらこれとか、ね? ファイターの攻撃面を魔力でサポートするガントレットとニーパッドです! ね? 見てからでも遅くないでしょ? ね?」
「………ニーパッドは別にいらないが、まぁ見てみるとしよう。本当に生かしておけないかどうかは本性が分かったときに決めればいいし」
「はいそうで………え?」
テリヴリーの不安そうな表情を見ることもなく、マウトはガントレットを手に取って見る。
それは刺々しい装飾で、手首の可動域が広く明らかに防御面を考えていないという、魔法武具によく見られる造りだ。これはテリヴリーも話したように、所謂魔力による威力の強化を目的としており、防具ではなく武器として扱われるものだ。
「ユーキ、これ着けてみて」
暇そうに並べられたポーションをつついたりしているユーキを呼び、ガントレットを着けさせた。
ユーキは着け方を知らないとのことだったので、テリヴリーとマウトがそれぞれ片腕ずつ着けてやった。
「さ、こちらの彼に拳を振るってあげるんだ」
「いいの!? やった!」
「ちょ!? ちょっと待って!?」
マウトのとんでもない発言と腕をぐるぐる回すユーキに、涙をこぼして怯えるテリヴリー。
「大丈夫、防御魔法は分厚く張ってあげるから」
「そういう問題!? いやそういう問題か………いやいややっぱり違うでしょ!? えっえっ」
明らかに拳を溜めているユーキ、そして魔法を何重にも
「彼以外のところには当たらないように調整してね」
「うい!」
あぁ、こいつら本気でやるつもりだ。
テリヴリーがそう確信し、走馬灯が見え始め………
「あれ?」
「おや……」
「ひっひっひっ………あれ、ワタクシ生きてるます? 生きてるざます?」
過呼吸が加速し、変な笑いになっていくテリヴリーを拳が襲う………ことはなかった。
その異常事態に、キョトンとするユーキ。
語尾がおかしくなるテリヴリー。
マウトは、顎を手で押さえて何か考え始める。
「ユーキ、ガントレット外してみて」
「うい」
「その状態でもう一度、拳を」
「あいわかった」
ガントレットを脱ぎ捨て、最早サンドバッグのようにテリヴリーに拳を振るってみると、無数に何かが砕け散る音がした。
防御魔法がダメージに耐え切れず崩壊してしまったのである。
薄皮一枚分残った防御魔法も、後を追うようにして崩れ去った。
「………」
テリヴリーは、白目を剥いて気絶しかけていた。
普通に殴られるにしては怯え方が異常すぎる。
マウトは、彼の知るところがあまりに広すぎると再認識した。
「…………はっ、生きてる。ワタクシ生きてます」
「よかったね、おはよう。それじゃ」
「ちょっと、代金がまだ………」
「こんなガラクタいらないよ。クーリングオフ………というかそもそも買ってないね」
「だ……だとしても! こんな酷い目に遭った! 精神的苦痛による慰謝料を! 慰謝料を要求します!」
「なるほど、力づくで黙らされるのがお好きなようだ」
「待って! 示談! 議論しましょう!」
「議論なんてそんな野蛮な。ここは穏便に暴力で……」
「わ、分かった! 分かりました! もういいですから、ね! もう付き纏わないから許して!」
これ以上は命に関わると感じ取ったテリヴリーは、荷物を纏めて一目散に逃げて行った。
マウトは、それを見ながら杖先で地面を二回叩く。
「………」
「腹減った」
マウトは視線を外し、ユーキに応じる
「お昼にしようか」
災難な商人を他所に、二人は呆れる程に平和な会話を交わした。………会話が成立しているかは些か疑問であるが。
◇
「これが完成品だ! どうだ?」
「わぁ、すげぇ」
「なかなかいい出来だね」
遅めの昼食を済ませて戻ると、思ったより作業の進みが良かったのかもう装備を完成させた店主がいた。
今はユーキが着せ替え人形にされているところである。
キマイラの力強さとユーキの溌剌さ、そしてマウトが注文した動きやすさが共存している。
「わぁ!?」
いきなりマウトに杖でぶっ叩かれて、ユーキはびっくりした。
「うん、耐久に関してもバッチリだね」
「確かに痛くない!」
「流石キマイラの素材だな! ガッハッハ!」
ネジが外れた者同士の会話なので、突然杖でぶっ叩くという異常行動に誰も突っ込まない。
もしここにガルダが居たのなら、頭痛でぶっ倒れているかもしれない。
そんなガルダも、装備を見て大絶賛だった。
「すげぇな、ユーキの装備を作る素材があったなんて」
「そうだね。はいこれ、修繕費用の足しにするといい」
「ハハッ、珍しいな、お前が俺のために自分から金を渡すなんて」
「そんな、人を冷徹な鬼かのように言わないでくれよ」
「そうだな、今回に関してはただただありがてぇ。寒空の下野宿は流石に堪えるから、これでさっさと小屋を直すことにするよ」
「是非そうしてほしい。そうだ、もう一つの……まぁこれは情報なんだが」
「なんだ?」
「ユーキにガントレットを着けさせたら、『ピース』の拳が撃てなくなったんだ」
「……あぁ、なるほどな」
「しかも、ただの普通の手袋でもおんなじだった」
「あれだな、過去にいた『ピース』持ちのあの子も、そんな感じだったよな」
「手を覆い隠したら、効力を失う………。まだ実証できていないけど、今後これは重要な鍵となるかもしれないから、ガルダにも共有しておこうと思ってさ」
「こっちでも時間があったら調べてみよう。……まぁ、『ピース』関連は俺ら以上に詳しい奴はほぼいないだろうがな」
ガルダは困ったように笑う。
「さて、そろそろ旅立ちに備えないと。ユーキ、帰るよ」
「え〜……もうちょっと休憩したいよぉ〜……」
空の荷車ですらヘトヘトなのは、拳というニンジンが帰還には通用しないのがあるのだろう。
そんなユーキを置いて、マウトはさっさと歩き出してしまう。
だが、これは突き放したり呆れて見捨てた訳ではない。ユーキは、この後追いかけてくるからだ。
「待ってよ〜!」
案の定、彼の想定通りになった。
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