第9話
「今日はユーキの装備を作ろう」
「………?」
寝起きのユーキには、この程度の情報量ですら処理できない。
マウトの言葉を理解せず、適当に「はい」と返事をする。
だが、ユーキの意思に関係なくマウトは行動するつもりだ。
「ほら、少し前にキマイラを討伐しただろう? あの時、素材は売らずにギルドで保管してもらっていたんだ」
マウトは歩みを進める中、ユーキに語りかける。
ユーキも体を動かして、多少意識が覚醒してきたので先程より理解できてはいるが、それでも「へぇそうなんだ」程度の認識しかない。これは単純に興味の問題だ。
「まずギルドで素材を受け取ろう。そしたら少し遠出をする」
「歩きたくないんですけど」
「拳以外も鍛えないと、最高の拳は作れないよ」
「やります」
手慣れたもので、ユーキは餌付けされた犬のようにマウトの言うことを聞くようになっている。
ユーキに対する拳とは、最早棒付きニンジンのような扱いをされているが、本人も喜んでいるので問題ないだろう。
「おはようございます。今日も修行とやらに向かわれるんですか?」
珍しく朝方に目を合わせてきたマウトに、受付嬢は挨拶をしてきた。
「いや、今日は彼女の装備を作ろうと思ってね。ベリティアまで行くつもりなんだ」
「ルーティス方面ですか。そしたら普段とあまり変わりませんね」
「確かにそうだね。それで今は、以前預けていたキマイラの素材を取りに来たところだ。ついでに荷車も用意してくれるとありがたい」
「畏まりました。それでは、裏手の作業場までついてきてください。量が多いのでそこで直接お渡しします」
「分かった。ユーキ、行くよ」
「あいわかった!」
受付嬢に案内されて、複数人の作業員がこれから仕事をするための準備として、道具を手入れしたり作業服に着替えたりしていた。
受付嬢は彼らと挨拶を交わしながら、道具の散らかった足場をひょいひょいとスキップするように飛び越え、奥の倉庫の扉を開けた。
外から見ると真っ暗な倉庫も、中に入って見てみると、様々な素材が所狭しと並べられている。
それらはあくまで魔物の種類ごとではなく、預けた人毎に分けられている。一見ごちゃついて見えるが、タグを確認してみれば確かに整理されている。
「これです」
受付嬢が指差した方を見ると、かつてキマイラだったものが、毛皮と骨になっていた。
キマイラだけでなく、基本的には素材の品質を保つために剥ぎ取って洗浄して保管している。肉に関しては放置しておけば腐ってしまうので、素材を預ける前にギルドから受け取るか破棄するか尋ねられる。冒険者が破棄した肉は食用として使用可能でかつ新鮮であれば、ギルド系列の酒場などで食材として扱われる。ギルド系列の飲食店がやたらと安いのはこのためである。元々原価0円のものから利益を生んでいるようなものだからだ。
キマイラの肉は臭みこそあるが、身が引き締まっていて食べ応えのある食材だ。きっともう誰かに食べられて無くなってしまっているだろう。
ちなみに素材の売却をした場合、手数料等は予め差し引かれた額を受け取っている。保管の場合にそれらが無料なのは、先程のように一部を食材に利用したり、他で売却された素材によって生み出される利益などで賄っているためである。
受付嬢はマウトの横をすり抜けて、倉庫の入り口から頭を出す。
「タツさん、荷車一つ持ってきてもらえますか!」
「へい、ただいま!」
マウトの注文した荷車を、作業員の一人に頼んで持ってきてもらったようだ。
タツと呼ばれた作業員が持ってきた荷車は、特に指定していないにも関わらずキマイラの素材を全て載せるのに丁度いい大きさだった。
「彼、なんかいいね。言葉にするのが難しいけど、〝なんかいい〟」
「そうでしょう? 特別に評価が高いわけでもないんですが、〝なんかいい〟従業員なんです」
なぜか誇らしげに胸を張る受付嬢。
彼のことを〝なんかいい〟と感じるのは、特に伝えたわけでもない部分も的確に願い通りのことを成し遂げてくれるところだ。今回でいえば、キマイラの素材を全て載せる荷車が欲しかったが、特に伝えていないにも関わらず的確に丁度全て載るサイズを持ってきたことがそれに当てはまる。
加えて、たった数秒見ただけでもやる気と気持ちのよい態度がよく分かるのも好感が持てるポイントだろう。
それ即ち、〝なんかいい〟。
彼を含めた作業員複数人が素材の積み込みを手伝ってくれたことで、なかなかの量だったのにも関わらず数分で完了した。
「さて、ベリティアに向かわれるんでしたよね。馬は一頭でよろしいでしょうか?」
受付嬢の問いかけに、マウトは首を横に振った。
「いや、要らない」
「えっ、ですが……」
マウトの返答に困惑する受付嬢。マウトはユーキを指差してさらに言った。
「彼女が引っ張っていくから」
「え、えぇ……」
受付嬢は軽く引いた。
分かりやすくトレーニングの一環という感じのそれだが、とはいえ華奢な少女に重い荷車を引かせるというのはいかがなものだろうか。加えて、マウトは荷車に触れずにただ歩くつもりなのだから、酷い絵面になるだろうことは想像に難くない。
ただ、これから長い旅路になるというのに、ユーキはあまりに体力が無さすぎる。これは考えものだ。
ユーキが拒否したり駄々をこねる可能性もあるのではないか?
いや、ない。ユーキは〝拳を振るう〟というニンジンをぶら下げられれば、文字通り馬車馬のように働けるからだ。
実際、ベリティアには普段ガルダの所まで行くのとほとんど変わらない時間で到着した。
もちろん、到着と同時にユーキが力尽きたのは言うまでもない。
ベリティア。
ルーティス地方最大の都市とされ、〝王国の生産地〟とも呼ばれる。メインとなる産業は服飾や鉄鋼業など生産の類いだが、規模の大きさから商業都市と同等の賑わいを見せている。
直営店が多くあり、王国の60%を占めるシェア率を誇る高品質なアイテムを出来立てで手に入れるにはもってこいの町だ。
ファッションの聖地ともされ、ポーションや装備を求める冒険者の他にも、様々な人々が足を運ぶため人流が物凄い。学院の記録によると一日に最高で1000万人超の人の出入りが確認されたこともあった。
これがどの程度凄いのか、参考までにブルムドシュタイン王国の国民の数を比較として出してみよう。その数およそ1億人だ。単純計算で、一日に王国民の1割が一つの町に集まったと考えることができる。王国には三つの地方に合計28の市町村が存在しているので、人が多いというのは明らかだろう。
今日はユーキが道端で寝っ転がれる程には、人流は穏やかだった。
マウトが目的としていたのは、ある鍛冶屋兼服飾屋だった。
「いらっしゃい! なんだ、マウトの坊ちゃんじゃねぇか。もう杖が壊れたのか?」
声の圧力が強い、いかにも親父というような風貌の男が、店主だ。
マウトとは親の代から面識がある、家族ぐるみの付き合いの店でもある。
「丈夫に作ってもらったから、まだしばらくは大丈夫そうだよ。今日は、こっちの……この子の装備を作ってほしくて来たんだ」
いつの間にか復活して、フラフラと店内の武器や防具を見回っているユーキの肩をぐいと寄せ、マウトは言った。
ちなみに、服飾店は作業場を挟んで向かい側にある。
「ちゃんと材料も持ってきているよ」
「ほう……って、これキマイラの素材じゃねぇか」
「そうだよ。これで防具を作って欲しいんだ」
「なんだ、てっきりガールフレンドの衣装を頼みに来たのかと思ってたぞ」
「彼女、ユーキは冒険者だ」
「……それにしちゃあ肌も綺麗だし、随分弱そうだな」
「あ、オッサン今私のこと弱そうって言ったよね?」
「ユーキ、ステイ」
腕を回してよくない動きを見せるユーキに、マウトは静止をかける。
「ガッハッハ! 元気な嬢ちゃんじゃねぇか。これは頑張って作ってやる必要があるな」
マウト及び店主に言われた台詞に対して異議を申し立てるように、頬を膨らませるユーキ。
「それで、どういうモンを作りゃいい?」
「彼女はファイターだから、前衛でも問題なく活動できる防御力と動きやすさが両立できるといいな」
そんな彼女を放って、男二人は仕事の話をしている。
「なるほど、分かった。その二つの要素は往々にして片方を諦める必要が出てくるんだが……うむ、キマイラの素材があるならやれるだけやってみよう」
店主は、荷車に積まれた素材を眺める。
「もしも両立が難しそうなら、動きやすさを優先してもらいたい」
「あいよ! それじゃあ、早速作業に取り掛かる。日没になったらまた来い!」
「ユーキ、行こう」
「ケッ」
ユーキは店主にガンを飛ばしながら、マウトの後を追って退店した。
店主は「可愛い嬢ちゃん」としか思っていない。
二人が店を出るのと同時に一人の小柄な男が絡んできた。
「そこのお二人さ〜ん! もしかして旅のお方ですか? 旅のお方ですよね!? もしくはこれから旅に出るお方であるか! 人生旅ですから、みんな旅人かもしれませんがね!」
捲し立てる男は、一見すると少年のようだが身につけている悪趣味な装飾から見た目よりも高年齢であるとなんとなく思えてしまう。
いずれにしても相手をする価値はないと考えた二人は、無視して去ろうとして、止められた。
「ストップストップ! ですから、お二人は冒険者の方でしょう? 是非是非是非、ワタクシテリヴリーの商品をご覧になってくださいよ、ね!」
テリヴリーと名乗った男は、行商人あるいは旅商人と呼ばれるタイプの人間だ。
ベリティアは先述の通り商業都市ではないが、こうやって行商が露店的に商売が行われていることもある。
一部禁止されている都市以外では、基本的にどこでもよく見られる光景なので、ベリティアに限らず珍しい話ではない。
ただ、このように単独で商いをする人間は珍しいといえる。
というのも、大抵の行商人は商会に所属しており、複数人の商人や用心棒と共に行動することが多いからだ。
これにも一応理由はあり、例えば単独で全てをこなす商人の提供するものは仕入れ先等の人脈やそもそもの商品管理について、品質の保証ができないというところ。
大手の商会に所属している商人から買ったものは大抵そもそもの品質がよく、仮に不良品だったとしても、商会の所在地がはっきりしているということもあって替えが効くことがある。対して個人経営の場合それらは期待できないどころか、粗悪品を高額で売り逃げする輩もいるので、信用ができないのだ。
さらにいえば、禁止されている違法な取引を行う黒い商人である可能性もあるため、安易に関わっていいものではない。
だが、メリットもある。大手の商会ではなかなか出回らない希少なアイテムと出会える可能性もあるのだ。
「びた一文払わなくていいなら、買ってあげてもいいよ」
「それは商売あがったりになってしまうので無理ですってぇ。ですが見るだけならタダ!見て行ってくださいな!」
マウトの「払わない」という宣言は、実は重要な牽制だったりする。
悪徳な商人の中には、商品を〝見ること〟そのものを商品として、鑑賞料を取ろうとする者もいる。今回のように向こうから「タダで見ていい」という言葉を引き出さないと、相手は調子に乗っていくので基本は引きの姿勢で相手どることが肝要である。
「なら、少しだけ見てあげるよ」
「ありがとうございます、賢者ストーリア様」
「………」
商人テリヴリーは、ニッコリ笑った。
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