第8話

「よし、今日はこんなもんで終わるとするか」


「まだやりたい!」


「無理言うな。これ以上は丸太が足りん」


「え〜」


「というか、あいつまだ来ねぇな。お前の師匠。そんなに時間かかるなら言ってほしいもんだが」


「ね〜」


 ユーキの頭の悪い相槌に何も反応しないのは、ガルダがこのやりとりにすっかり慣れてしまっているからだ。

 そして、ユーキよりもなかなかユーキを迎えに来ないマウトの方に気が向いているから、というのもある。

 そこに、死に物狂いといった様子で疾走してくる冒険者が現れた。

 マウトに雇われた冒険者の一人だ。

 ガルダの手前で急停止すると、息も絶え絶えで話し始める。


「ハァ………あっちで………ハァ………他の奴………ハァ………奴らが………ワームに………」


「ワームだって!? それは本当か!? 嘘じゃねぇよな?」


「嘘……つく余裕ない……ッス………」


 ガルダがやけに驚き、焦りを見せることにユーキは首を傾げる。


「GYAAAAAAAAAAAA!!!!!!」


 目の前に、その証拠が現れた。

 彼の言葉は嘘ではなかった。その事実にか、あるいはただワームがその場に現れたことにか、ガルダは驚愕している。

 事の重大さをユーキはイマイチ理解していないが、ガルダにとっては驚愕だけで済ませていいものではなかった。

 それもそのはず、ワームはこの辺りに出現する魔物ではない。

 そして、キマイラのように放浪する個体もまずない。

 では何故このような場所に現れたのか?

 あるとすれば、ワームを超える力を持つ捕食者がワームを本来のテリトリーから追い出した可能性だ。

 ガルダは、ここで考えるのをやめた。

 今はそんなことはどうでもいい、それよりもこいつをどうやって退けるかを考える方が先決だ。

 そして、考えつくのに時間は要らなかった。


「おい! お前、周辺の木に火点けてこい!」


「えっ、でも……」


「後のことは気にすんな! さっさとやれ!」


「……はいっ!」


 ガルダの指示を聞いて、切れた息を整えることもなく行動を始める冒険者。この数えるほどの日数で、どれほどのことが行われていたかがよく分かる光景である。


「おっさん、気狂った?」


「お前に言われたくないな。それより、お前にも一仕事してもらうぞ」


「え〜、働きたくない」


「働け。お前の『ピース』、拳をあのワームにぶつけるだけだ。それくらいはやれ」


「え! 今日まだ拳振れるの!?」


「……あぁそうだ。ただ、タイミングはしっかり考えなきゃならねぇ。俺が合図を出すまで下手な真似すんなよ」


「わかった!」


 拳のことになると、途端に言うことを聞くようになるユーキ。

 なるほど、これがこいつの扱い方か、とガルダは理解した。

 そして、その手法がマウトの実行していることと大差ないことに気付く。

 しかし、彼に頭を抱える時間はない。

 冒険者が周辺の木々に火を点け終わるまで、時間を稼がなければならない。

 前提として、ワームはガルダより格上だ。

 仮にガルダの冒険者ランクを120とした場合、ワームは180くらいだ。一般的に、冒険者ランクは100を超えればベテランで、超強いと言われる部類に入る。ランクが100以上の冒険者は、全体で見ても25%程度だ。

 しかも、問題なのはこのワームが一枚皮のミミズ野郎などではなく、竜のように鱗を持つ強力な個体であるのも要因である。通常のワームならば、ランク換算でもせいぜい90に掠る程度だ。

 例えば、キマイラは130程である。このことからこのワームがいかに強者で、そして今が危機的状況であるのかが分かるだろう。

 つまり、まともにやり合ってしまえば、ガルダもただの餌であるということだ。

 だが、注意を引きつけるだけで、あくまで戦わないということであれば、生存率は変わってくる。

 ガルダは炎のサークルが完成するまで、この開けた場所にワームを留めさせるつもりである。

 ワームは炎を嫌うが、炎ではなくほんのり温かいものは、むしろ積極的に狙う。

 ガルダは敢えて激しく動き回り、時折横から殴ったり蹴ったりして、引きつけ続けた。

 ガルダの体力の限界が見えかけた頃、火の手は完全に回りきった。

 四方を炎に囲まれたワームは、なす術なく萎縮する。

 炎への本能的な恐怖が、強大なワームを抑えつけている。

 ガルダは咄嗟の判断で、最高の拘束手段に辿り着いたのだ。

 動きの止まったワームの尻尾を、ガルダは丸太を掴むようにして持ち上げた。

 ワームは炎に当たりたくないので、下手に暴れることもできないまま、ガルダにプロペラのように振り回される。

 勢いづけたガルダは、その勢いを最大限残しつつ、上空にぶん投げた。


「今だ、ユーキ! やれ!」


「おすっ!」


 ユーキは、ガルダの怒号に呼応して構える。

 自由落下する鱗の生えたミミズ野郎に、彼女は拳を思い切り振るった。

 それは、曲がりくねったワームの体を二度、三度と貫く。

 それは、拳と呼ぶにはあまりに異常な、一筋の閃光であった。

 絶命したワームは落ち、ガルダの小屋をその巨大でぺしゃんこにした。


「あぁ、俺の家が粉々に……」


 しかし、そんなことより気にするべきことがあった。

 今、ガルダとユーキは絶体絶命である。

 なぜなら、四方に囲まれた炎は、この空き地の酸素を奪いながら、森全体に火の手を回そうとしているのだから。

 それに気付いたガルダは、やばいと思った。彼は後先を考えなかった。

 そして、諦めて頭を抱えた。

 ちなみに、ユーキはワームを討ち取った……もとい拳を振るえたことに喜んで、自分の命の危機なんかどうでもいいといった顔をしている。というか、単純にやばいことに気付いていない。

 そんな人為的な行いから訪れた危機的状況を救済する、若き賢者が現れた。

 ………炎の中から丸焦げで。



  ◇



 マウトの到着により、火消し作業と冒険者の治療は滞りなく行われた。


「さて、まず何があったのか教えてほしいな」


 いつもは問題を起こす側の彼は、いざ逆の立場になってみて非常にワクワクしている。


「……ワームが現れたんで、倒すために火攻めを」


「馬鹿なのかい?」


「返す言葉もねぇ」


 ガルダも、この時ばかりは彼にツッコミを入れてやれない。そこまで肝は据わっていない。

 だが、隣のユーキはそうでもない。

 師匠の爛れた髪や煤だらけの顔を見て、おかしくなって吹き出す。しかも、一度笑い出すと際限なく笑いを増幅させていくのだ。

 彼女には箍というものがない。だから自重とか察するとかいうことを知らないし、このように自分の欲望あるいは本能のままに感情を曝け出す。

 マウトは、敢えてそれを注意しない。

 ガルダにとっては、なかなか堪える地獄だった。まだマウトに今の倍イジられる方が耐えられるというものだ。

 

「———とりあえず、お互い無事だったということで。今日はもう帰ろう、ユーキ」


 夜が更け始めた頃、ようやく満足したマウトが切り上げることによって、このガルダにとって最悪な時間が終わりを迎えた。


「あと、少し可哀想だから次来る時に100万クリスタ持ってくるよ」


 マウトの優しさをチラリと見せられ、こうやって人は落ちるのだとガルダは思った。


「………それでも200万なんだよなぁ」


 二人が去ってから、軽く見積もった損害は、とてもマウトの支援で埋め合わせられるものではないのだと認識させられてしまい、ガルダは一人頭を抱えた。

 二人が持って行った特殊な個体のワームが想像以上に高値で売れたことに気が付いてマウトに文句を言うのは、もっと大きな案件が片付いてからの話である。



  ◆



「———では、こちらが売却額の340万クリスタです。……しかしまぁ、こうも立て続けに強力な魔物が現れるなんて、何かの予兆でなければいいのですが」


「………。それは全てユーキの借金返済に回してくれていい」


 氷結竜について、マウトは無意識に濁した。

 元々ギルドの方でも情報が出回っていないのだから、いたずらに不安を煽るような事を軽々しく言うわけにもいかないというのもある。マウトは高ランク冒険者なのだから、発する言葉が仮に嘘でも真実とされてしまいかねない。

 それに、これはガルダにしか分からないどころか本人すら分かっていないことだが、『ピース』を持つユーキに氷結竜を討伐させることに執着している。

 それ故に、彼は情報を堰き止めている。

 多少なりともマウトと同じ情報を持つ学院も、ギルドに積極的に情報を流すことはない。

 別に、学院とシムバッハのような険悪な仲という訳ではない。ただ単純に、理念が違うから能動的に足並みを揃えることはお互いにしない、というだけの話だ。

 もし氷結竜の覚醒に至った時、ギルドは全くの無策で対応を取ることになるが………学院もこれといって有益な情報を持たないので、ここでマウトが言っても言わなくてもそこまで変わらないだろう。

 ………少なくとも、今は。

 ちなみにユーキは彼から大体の情報を共有されているが、話すことはない。あるいは馬鹿なので、もう忘れているかもしれないが。


「あ、忘れていました。特殊個体ワーム討伐の特別報酬です。……これも?」


「ああ、全額返済に回してくれ」


「では、この120万クリスタもそうさせていただきますね……」


 受付嬢は、若干引いていた。

 ここまでの大金を全て借金返済に回すのは、彼がユーキを一生養ってやれるからということなのか、と。

 実際そうである。マウトはユーキの生活費を自主的に全て賄っている。

 だからこそ、受付嬢は「うわぁ」と思ったのだ。


「そうだ、流石にもう部屋は空いたよね?」


「ええ、問題ありません。今日から別部屋にしますか?」


「ああ、今すぐ頼む。僕もそろそろゆっくり寝たいんだ」


 マウトは、結構切羽詰まった様子で言った。

 ユーキとの相部屋は、相当精神をやられるらしい。

 少しそういう想像をしていた受付嬢は、無理そうだなと諦めることにした。

 翌日のマウトの表情が晴れやかだったのは言うまでもない。

 その代償に、今日から寝坊するユーキを起こしにいくという仕事が増えたが、マウトにとって安眠とはその程度の仕事では諦められないものだった。

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