第5話
ユーキの拳が空を切ると、宙を舞う一本の丸太の半分が消し飛ぶ。
それを見て短く笑ったガルダは、丸太を片手で、さも簡単かのようにキャッチした。
ユーキは「すごい」とでも言うように目を輝かせる。
「だいぶ良くなってきたな。まだ一点とまではいかないが、エネルギーを狙いの位置に凝集する技術はだんだんあがってきてる」
「やりぃ!」
ユーキはガルダの褒め言葉に対して、小さくガッツポーズをする。
それと同時に、マウトが突然現れた。
瞬間転移魔法で戻ってきたのだ。
「やぁガルダ。ユーキの調子はどうだい?」
「マウトか。すげぇなこの子。初日だってのにもう感覚を掴んでやがる」
「流石だ。君に任せてよかった」
「……なぁ、前々から思ってたんだけどよ。俺自身は『ピース』持ちでもなんでもないのに、なんで俺にそういう奴の育成を頼んで……っていうか押し付けてくるんだ?」
「ガルダの〝人を見る目〟は本物だ。その見極める力は、特に未知のものに対して物凄く心強い。『ピース』でこそないが、これはそれに匹敵するほど素晴らしい能力だと僕は思っているよ」
「つまりあれか。適材適所を言い訳に、面倒事を俺に押し付けようって魂胆か」
「フフッ」
「ハァ……今回に関しては色々と事情もあるし、それに、手間もそんなに掛からなさそうだから特別に許してやる」
「持つべきものは心の友だね」
「何馬鹿なこと言ってんだ」
二人が学友のような生産性のあまりない会話をしていると、放っておかれてしびれを切らしたユーキが、遂に口を挟んできた。
「師匠、腹減った」
「……師匠ってのは、一体どっちだ?」
ガルダの質問に答えるように、ユーキは無言でマウトを指差す。
「僕のことを師匠って呼んだら拳振るわせてあげるって言った」
マウトの、ネジが飛んだような言葉を耳にして頭痛がしてくるガルダ。
彼は常日頃からこの若賢者に振り回されているようだ。
「あ〜……とりあえず、飯作るか。マウトも食ってくか?」
「いや、僕はケバブを食べてきたからいい」
「なんだ、もう済ませてきてたのか」
「ケバブって何?」
「美味い料理」
「お前、自分の専門外だととことん無頓着だよな……」
「そっか、美味いのか」
そういえば、
食事を済ませて茶を蒸していると、ユーキが興奮した様子で腕を回していた。
「よし、この調子で午後も……」
「いや、俺にも仕事があるから午後はやらん。茶を飲んだら帰れ」
「えぇ〜……」
他人の事情というものを考える気持ちのないユーキは、心底不満そうな表情をする。
「まぁまぁ。また明日来ればいいさ」
「おう、また明日……は? 明日もやんのか!?」
「やったぁ!」
「いやいやいや。俺はもうやりたくないね。後はお師匠様であるあんたが責任持って面倒見ろ」
「だから、責任持って信頼できる人間に押し……預けてるんだよ」
「今押し付けてるって言いかけたな? 俺ァ聞き逃してねぇぞ?」
「お茶まだー?」
「はいはい。茶、今持ってくよ。とにかく……はぁ、分かったよ。こうなったら最後まで面倒みてやる」
「ありがとう。君はごねると言うこと聞いてくれるから楽で嬉しいよ」
茶を注ぎ終えたガルダは、マウトの失言をそっちのけに何やら紙に書き始める。
そして、その紙をマウトに手渡した。
「これはなんだい?」
「請求書だ。ユーキが壊した土地や樹林の修復費、材木等の損失損害諸々合わせて190万クリスタ。きっちり支払ってもらうからな」
「………ユー———」
「おっと駄目だ。お前、さっき〝責任持つ〟って言ったよな? お師匠様だもんな、弟子の出した損害を補填するのは重要な役目だもんな。逃げるなよ?」
「……ははは、参った。これは一本取られたね」
「金額的に、お前が払えない額ではないだろ? 若くして賢者になって、高え給料もらってる自慢はよく聞いてるしな」
「ああ、問題なく支払える。ただ今は手持ちがないから、次立ち寄った時に渡そう」
「つまり明日か」
「明日も僕が付き添うとは限らないよ?」
「いいや、俺はお前の癖をよく知ってるから分かる。大事にしたいものを手の届かないところに置くような真似はしないってな」
「残念ながら、大陸全土は僕のテリトリーさ。だから手の届かないところなんてない」
「瞬間転移だったか。でも、あれはお前一人じゃねえと使えないだろ? 手が届いたはいいけど、その後無事になるとは限らねえ」
「おっと。もしかして、僕は今論破されたのかな」
「かもなぁ。さて、もう帰れ。俺も仕事しねぇと飯食えねぇからな」
「分かった分かった。ユーキ、帰るよ」
「もっとやりたい! 拳!」
「また後でね」
「はぁい!」
師弟関係としては歪な組み合わせである、賢者とファイター。
案外いいコンビじゃねぇか。
扉を開けて離れていく二人を見て、ガルダは思った。
◇
町に戻った二人は、今夜泊まる宿を探していた。
ユーキまで宿に泊まるのは些か不自然だと思うだろうか。
彼女には帰る家は無い。
その訳は本人も忘れてしまったので、それ以上のことはない。だが、ユーキが宿で寝泊まりする理由としては充分だろう。
「しかし、どこの宿も取れないとはね。受付の人、君の顔を見るなり泊まらせない理由を探し始めていたよ」
「なんでなんですかね」
「君が分からないんじゃあ、僕にも分からないね。というか、普段君はどうやって寝ているんだい?」
「野宿」
「野宿」
「野宿」
「……幾ら悪名高くて嫌われ者だとしても、うら若き少女が守るものもない場所で無防備なまま寝るっていうのは、流石にいかがなものかな」
「みんな拳にびびって逃げて行くんですよ。私は顔も見たことない人なのに」
「もしかして君お尋ね者みたいな扱いされているのかい?」
「分かんない」
ユーキのあまりに低い危機意識に、マウトも思わずため息を吐いてしまう。
そしてマウトは、あることに気付いてしまった。
「……待って。君昨日別れた後、野宿してたってことかい?」
「う〜ん」
ユーキは首を傾げ、記憶を掘り起こそうとする。昨日の出来事だというのに、彼女は拳に関連しないことについては相当無頓着なようだ。
「あ、思い出した。冒険者なら誰でも利用できる寮が集会所に併設されてるって受付のお姉さんに教えて貰ったから、昨日はそこで寝たんだった」
あの受付嬢が手回ししてくれたのか、よかった。マウトは幾分か安心する。
「なら、一度集会所に行こうか。僕も丁度用事があったし」
「ラジャー」と敬礼して、マウトの後を追うユーキ。
集会所に入ると、ホッとした顔の受付嬢がこちらを向いていた。マウトらが気付く前に二人を見て、今日も無事に生きていたことが分かった受付嬢が顔を綻ばせたところで、丁度マウトが振り向いたのだ。
マウトは受付の横にあるマネーバンクの窓口でいくつかの会話と手続きを済ませ、ずっしりとした重さのありそうな袋を五つ抱えて受付嬢の前に来た。
その袋を見て、少したじろぐ受付嬢。
「……ご、ご用件は?」
そんな受付嬢の様子はお構いなしに、マウトは淡々と用件を告げた。
「依頼を出したい。力持ちの男五人を一週間雇いたいんだ」
「……なるほど、分かりました」
仕事であると分かった瞬間切り替えるのは、流石プロといったところである。
「この袋に40万クリスタがある。一つ40万だ。これで雇いたい」
「よんじゅ……! わ、分かりました。ではここに依頼の詳細を記入してください———」
書類との睨めっこの末、マウトの依頼が取り付けられた。
この依頼は、明日にでも貼り出されるだろう。
その上、あの報酬額だ。金に困った冒険者達による争奪戦になることは容易に想像できる。
そして、受付嬢に「もう一つ聞きたいことが」と尋ね出した。
「はい、なんでしょう?」
「ここには寮があるって聞いたんだが」
「はい。冒険者の方なら誰でも無料で利用できますよ。失礼ですが……マウトさんほどの冒険者になれば、ホテルなどでもよいのでは?」
「いや、それがね。彼女と一緒に宿を取ろうとしたら、全部駄目だったんだよね。実質出禁になったよ」
マウトがユーキを指差しながら言ったのを見て、受付嬢は「だよな」という表情をした。
「………なるほど。では、寮の利用期間はどうなさいますか?」
「とりあえず一週間で頼む」
「分かりました。こちらがルームキーになりますね。……ユーキさんは、どうなさいますか?」
「あぁ、流石に相部屋はまずいね。彼女も同じ期間で一部屋頼む」
「畏まりまし………あ〜……埋まってますね。先程の予約で全部。明日からなら空き部屋が出るんですけど……」
「………」
マウトは少し考え、ユーキに歩み寄った。
「……今夜だけ相部屋になるが、いいかい? もちろん、変なことはしないと約束しよう」
ユーキはキョトンとした。
「変なこと? 師匠と同じ部屋で寝るのに変なことでもあるの?」
「……分からないならいいんだ。……いや、よくはないか……。とにかく、相部屋でも構わないね?」
「おーけー!」
楽観的なユーキは、頭の上に腕で丸を作る。
マウトは賢者だが、この世界の賢者に悟りの概念はない。即ち彼にも人並みの煩悩はあるし、加えて彼はまだ若き青年だ。ユーキは、頭はともかく顔立ちはかなりいい。何も事情を知らない人間から見ればただの美少女である。
これは、彼女の拳に対抗できるが故の苦悩だ。
◇
その夜。重い鎧やローブは脱ぎ、二人は寝るのに楽な格好になっていた。
広めではあるものの二人で寝るには流石に狭いベッド。
そこに腰を落ち着けたマウトは、ユーキに話を始めた。
「君に頼みたいことがあるんだ、ユーキ」
「なんです、師匠?」
「僕は、今とある存在を警戒している。簡単に言えば討伐すべき存在だ。
ユーキ、君は———ドラゴンを倒したいとは思わないかい?」
「ドラゴン?」
「ああ。トカゲでもワイバーンでもなく、ドラゴンだ。数多の魔物の頂点に君臨するような魔物………その名も『氷結竜クリスタルドラゴン』。奴を、その拳で、倒してみたいとは思わないかい?」
「思う! めっちゃ思う!」
「なら、是非頼みたい。君の拳を、その竜に振るって欲しいんだ。今日の、そしてこれからの特訓は、そのための最高の一発を作るためだと思って欲しい」
「うん、うん!」
と、ここまでユーキを興奮させるような言葉を連ねていたマウトだが、いきなりトーンを落とした。
「実はね、過去にも戦ったことがあったんだけど、誰も歯が立たなかったんだ。特に、竜は魔法に強いから、僕が立ち向かってもあまり結果は期待できそうにない。結晶の装甲もあるから、物理的な攻撃もどこまで効果があるのか分からない。
しかも、今回はバッチリ覚醒してしまうときた。もしも倒せなかったら、最悪地上に残る人々はいなくなってしまうかも……。
だが、君の拳は特殊な———『ピース』の力だから、あるいは効くかもしれない。そういう希望があるんだ。重いかもしれないけど、人類を守る最後の砦として頑張ってほしい」
「……? うん」
事の重大さをあまり理解していないユーキ。その脳内は「強い奴を殴れる!」だけだった。
だが、駄目で元々という作戦だ。これが失敗したなら、人類は終わりを待つしかないのだから。
マウトは、そういう考えでいた。
「あと、クリスタルドラゴンについて面白い話をしてあげる。
かつてクリスタルドラゴンが大陸を暴れていた時代、人類は隠れながら過ごすしかなかった。奴のブレスに触れれば、結晶塗れになってしまうから。
だが、ある時その竜は休眠期に入った。人類の町が成長し始めた時、地上に残った竜の息……即ち結晶は、素材としての価値が高かった。これは、よく貨幣を製作するのに使われたんだ。これが今の通過として使われているクリスタの語源。今となっては知る人は少ないけどね。初期の頃に発行された金貨には、クリスタルドラゴンの成分が含まれているから、一部のコレクターからは重宝されている。
で、面白いのはここから。もしも竜を、クリスタルドラゴンを倒したとしよう。奴は金の成る木ならぬ、金の成る竜だ。もちろん、世界を危機に脅かすほどの魔物の素材という付加価値もあるが、それはそれは大金になるだろうね。君の負債する借金を全て返済したうえでお釣りがくる程だろうね。
あくまで予測だけど、これはほとんど外れがないと思うよ」
「お金かぁ。あんまり持っててもしょうがないからなぁ」
「……そっか。それならまぁ仕方ない」
「でもでも、栗……なんとかドラゴン、だっけ? そいつに拳ぶつけてやるのは楽しみ! やっていいんだよね?」
「ああ、やっていいとも。むしろやってくれ」
「じゃあ、私頑張る!」
悪名に釣り合わない屈託のない笑みを向けられ、マウトはなんとなくこそばゆくなった。
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