第4話

 ルーティス地方。

 比較的のどかだが、ユーキの拠点となるミルカティア地方とは違う点として、弱いが魔物が出現する。

 二人が道中出会ったのは、知性を持たない小動物のような魔物ばかり。

 ユーキの拳だとオーバーキルな上辺り一帯を消し飛ばしてしまうので、マウトは必死に宥めながら、魔物の処理をしていた。

 冒険者には俗称として、

 武器を使って戦うウォリアー、

 己の肉体と武術を使って戦うファイター、

 魔法を使って戦うキャスター、

 仲間を守る盾となるタンク、

 探索や戦闘の補助をこなすサポーター、

 回復に徹するヒーラー

 という分類をされることがあるが、ユーキとマウトの関係はファイターとキャスターではなく、猛獣とその飼い主だ。


「さて、そろそろ着くよ」


 マウトの言葉と同時くらいで、木々生い茂る森を抜け、開けた場所に出た。

 真ん中には木造の小屋といくつかの丸太があり、その横で男が薪割りをしていた。

 男は丸太と見紛う筋肉量の腕と脚を持つ、マウトの話していたガルダという男の特徴と一致していた。


「やぁガルダ」


「マウトか。久しぶりだな。相変わらず突然来やがる。今回は一体どんな面倒事を持ってきたんだ?」


「まさか。可愛い女の子をお世話する素敵な仕事さ」


 彼らの間で交わされる軽口から、二人の仲は相当よいことがわかる。


「お前が嘘を吐く時は、必ず前髪を横に撫でるんだ。女の子ってのは間違いないから、あの子に何かしら問題があるんだろ?」


 ガルダの言葉は、初対面の人に対して使うものではない。

 ユーキが馬鹿で、それが耳に届いていないことが唯一の救いか。


「問題というか、希望さ」


「はぁ……。今ので分かったぞ。お前、俺に『ピース』の特訓させるつもりで来ただろ」


「話が早くて助かる。じゃあ僕はこれで」


「ちょいちょいちょい! 待てよ待てよ。お前さ、せめてもう少し説明をしてからにしてくれよ」


「そうだな、あの子の拳はキマイラを一撃で葬った。以上」


「おいまてっ………おい! 魔法で逃げるな!」


 ガルダの溜め息を聞いて、膝を抱えてぼけっと丸太を見ていたユーキは、振り返ってガルダの近くに歩み寄った。


「おじさんが拳受けてくれるの?」


「待て待て待て待て。キマイラを簡単に殺した拳なんか振るわれたら、俺死ぬから。絶対駄目」


「え〜、じゃあ何に向かってやればいいんですか?」


「そうだな〜……とりあえず」


 ガルダは、小屋も何もない木々の方向を指差した。


「あそこに向かって素振りしてみてくれ。拳に素振りってのも変な話だが……」


「分かった!」


 意気揚々と振るった拳は、ユーキの正面にある木々を数十メートル先まで消し飛ばした。同時に起きた空気の振動のせいか、鳥が一斉に飛んでいく。


「うおっ………。思ってた以上に凶悪だな……」


「どう!?」


「うん、いや、すごいよ。だいぶすごい。確かに『ピース』だなこりゃ」


 ガルダは頭を抱えた。

 ユーキをどうやって躾けようか。


「………あ〜駄目だ。なんも思いつかねぇ。ユーキ、だったか? しばらくそこで突きの練習でもしててくれ」


「やった!」


 ユーキは欲望のままに、同じ方向に向かって拳を放ち続けた。

 経路に物がないために、あまり何も起きていないように見えるが、ユーキが拳を振るう度、物凄い衝撃波が周辺の木々をわっさわっさと揺らし続けている。

 ガルダは再び頭を抱えた。



 ユーキの拳を数時間見続けたガルダは、あることに気がついた。


「ユーキ、一旦やめだ。ちょっと話をしよう」


「え〜? せっかくいいところなのに」


「あの出力を数時間ぶっ通しでやり続けてるのに微塵も疲れてないってのか? おかしいだろ、俺なんて見てるだけで疲れるのに……」


 これが若さってやつなのか、とガルダは落胆した。

 しかしすぐに顔を上げる。


「そんなことより、お前の拳を見ていて気付いたことがある。お前の拳の馬鹿みたいなエネルギーがどっから湧いてくるのかはしらんが、とにかくそのエネルギーはお前が拳を放つと同時に放射状に散っていってる。……それでもあの威力なんだから正直笑えねぇが、仮にこのエネルギーを一点に固めることができたら、今よりもっと強い一撃になるかもしれん」


「………?」


 ユーキは、理解力に乏しかった。


「あ〜……説明するのも面倒だ。体で覚えな。今からッ! この丸太を上に投げる。完全に消し飛ばさないように気を付けながら、丸太に穴を開けてみろ」


「拳で?」


「拳で」


「……分かった、やってみる!」


 ユーキが腕を回して構えると同時に、ガルダが丸太を宙に放り投げた。

 彼も大概馬鹿力である。

 宙を舞う丸太に向けて振るわれた拳は———丸太を木っ端微塵に消し飛ばした。


「……流石に一度で成功するものでもないか」


「えぇ〜、これめっちゃむずかしい!」


「だが、難しくてもマスターする必要がある。お前が今後様々な場面で拳を振るうなら、その力の制御は出来ておかないとまずいからな」


「ぶぅ〜」


 不服であると主張するかのように頬を膨らませるユーキを見て、ガルダはやれやれと首を振った。



  ◆



 ユーキをガルダに押し付けたマウトは、彼の古巣とも呼べる大陸中央学術院に来ていた。

 通常の移動手段ではあの場所から数週間はかかるほど離れているが、流石は天才の賢者。瞬間転移の魔法を使って一瞬で辿り着いた。瞬間転移の魔法は自分にしか適用できないため、今回のように彼一人でいる時にしか使えない手段だ。

 マウトは、普段あまりここには立ち寄らない。

 何故なら、賢者というのは基本的に歳を食った老骨ばかりだからである。彼のように若いのは稀で、その上彼が最年少ということもあり、ここにいる理由が無くなった途端にマウトはここを離れた。

 だというのに、今回彼がここを訪れたのは他でもない、賢者達に〝頼まれ事〟を受けていたからだ。

 それこそ滅多に受けたりはしない。彼が受けたのは、の活動に関することだからだ。

 その魔物とは———


「———氷結竜クリスタルドラゴンが、延べ500年の眠りから遂に目覚める時が来た。最早触らぬ神に祟りなしなどとは言ってられない状況になってきた」


「ならば、主戦力たり得る冒険者に指名で依頼を出すのはどうだ?」


「駄目だ。あいつらはもっぱらダンジョン潜りばかりで依頼なんぞ見向きもせん。そもそもそんな金がどこにある?」


「やはり手詰まりか……」


 氷結竜クリスタルドラゴン。

 寒冷地に棲まう四足歩行の竜で、水晶のような美しい甲殻を持っている。

 鉱物食で、食べた鉱物は体表を包む甲殻となる。食べた物によって甲殻の色が微妙に変わるが、主に青みがかった色となることが多い。

 炎は吐かないが、吐く息には視認出来るほどに高濃度の鉱物粒子が含まれている。吐息に触れた物は竜自身の魔力と共に鉱物粒子が付着して、鉱物の塊を成す。早い話、鉱物人間になってしまうのだ。

 初めてこれを見たものは鉱物の結晶ではなく氷だと思ったためか、氷結竜という別名がつけられた。クリスタルドラゴンという名前が付けられたのは学院設立以降なので、まだ比較的新しい。

 休眠期と覚醒期があり、500年単位で切り替わるとされている。

 人間に対して異常なまでに攻撃的であるが、その理由は定かではない。

 そもそも人類が接触したのが記録として残っているのは、過去に一度のみ。

 名前がシンプルな魔物ほど、古くから存在している傾向にあり、また古くから居る魔物は体格も強さも上位に位置することがほとんどである。


「議論白熱中のところ失礼しますよ、白骨死体の皆さん」


 マウトは、その対策に議論を交わす賢者達の間に割って入った。


「確かに我々のように常日頃椅子に腰掛けるだけの人間図書館どもは、生ける屍といって過言じゃないだろう」


「だが、お主がここに来たということは、自分は生ける屍ではないと証明する何かを持ってきたということだな?」


 皮肉たっぷりの返事を返されたマウトは、眉一つ動かすことなく「ええ、もちろん」と返す。


「希望となり得る者が見つかりました」


「『ピース』か……」


「何年ぶりだ? 10年ぶりか?」


「いや、もっと前だったはずだ」


「16年前だ、最後に現れたのは」


「それで、具体的には?」


「キマイラを拳一つで、しかも一撃で倒す少女です。僕はこの目で見てきました」


「にわかには信じられんな」


「だがなぁ、目の前に人間離れした天才がいると、あながち嘘ではないと思えてくる」


「賢者として、あまりに理論的ではない考えだが……賛同したくなる」


「だが、前回対処に当たった者も『ピース』持ちだったのにも関わらず、半覚醒のクリスタルドラゴンに負けていたが……」


「あと一月もすれば覚醒期に入るというこの期に及んで、まだ四の五の言っていられるのか!? 私はこの意見に賛成する。他の者も反対するなら、賢者ストーリアの案より希望を持てる提案をすることだな!」


「ふむ………確かにキマイラを簡単に葬れる実力のある者であれば、希望があるやもしれんな」


「そもそも前回作戦に参加した者の『ピース』は、戦闘向きではなかったからな」


「とはいえ前例のない氷結竜討伐作戦だ。慎重さを欠くことは許されんぞ」


「付け加えるとすれば、キマイラを一撃です」


「………それはつまるところ……」


「伸び代があるということか」


「ええ、おそらく。世界のバランスを崩すことになるかもしれません。今その子はとある方の所で修練させております」


「ガルダか」


「ガルダだ」


「ガルダだな」


「間違いなくガルダだろう」


「……そうです。まぁ隠す気も無かったので構いませんが」


「我々への報告よりも先にやったことは思うところがあるが……彼なら信用できる。実績があるからな」


「彼女の性格故の問題もありますので。もしも先にこちらに行くようなことでもあれば、あるいはここが更地になっていたかも……」


 マウトの悪戯っ子のような発言に、幾人かの賢者達の顔が青ざめる。

 一人の賢者が咳払いをして、ざわめき始める会議場を静まり返らせた。


「それで、ストーリア殿のことだ。この先も考えているのだろう? 先程も述べられた通り、あと一月もすれば竜は覚醒する。修練と言っていたが、そんなに悠長にしていられるのか?」


「問題ありません。修練はあと数日で終わらせて、覚醒予想日の前日に氷結竜の棲処に到着する予定です」


「……ここまできてなんだが、やはりふざけているんじゃないのか? 数日で仕上がる修練などあるのか。前回ですら半年は掛かったのに」


「彼女は能力を既に使いこなしつつあります。ですから、あとほんの少し手を加えるだけでよいのです。彼なら、あるいはもう仕上がっているかもしれませんね———」


 会議は結局それ以上進むことはなく、マウトの意見をほぼ全て採用する形で幕を閉じた。

 断っておくが、賢者達は決して馬鹿でも愚かでもない。

 マウトが今回、偶然にも都合のよいカードを持っていた上、氷結竜という未曾有の災害的存在に対抗するという議題だったが故の結果だ。

 その証拠に、この学院は大陸規模で見ても最も大きい学びの場である。

 また、マウトも彼らに軽口をよく叩くが、心の底では尊敬する部分もあるのだ。

 あるいはマウトが居なくとも、賢者達彼らだけで氷結竜の対処ができていただろう。

 マウトはそんなことを考えながら、学院近くで美味しいと話題のケバブ屋に立ち寄って行った。

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