第2話

「はぁ〜〜〜〜〜〜…………」


 受付嬢の声を含んだため息は、先程と比べて人の少ない集会所内に響き渡る。

 この時間帯に集会所に残っているのは、依頼争奪戦に負けて依頼を取り損ねた冒険者か、寝坊した冒険者、あるいはユーキのように何かやらかした冒険者くらいである。

 先程駆けつけた冒険者も、あの時間帯に街中に残っているのは珍しい。スロースターターか、もしくはパーティメンバーのだれかが遅刻したか。

 冒険者が依頼を受注するのは、2つのステップを経る必要がある。

 まずは依頼をこなすパーティメンバーの登録申請。この時点では仮受注とされる。普段から同じパーティでしかやらなくても、毎回申請し直す必要がある。何故なら、人員の欠如そのものが依頼を大きく左右するためとされているから。冒険者達は仮受注をスキップ出来るように変わってくれないものかと願っている者が多い。

 仮受注が済んだら、依頼を持って本受注を済ませる。本受注には、仮受注時のパーティメンバー全員が揃った上で依頼を持っていく必要がある。どちらかが欠けていては出来ない。

 また、本受注時には冒険者としての身分を証明するためのギルドガードの提出が必要。仮受注時は必要ないが、本受注時に提出出来ない場合は仮受注の時点からやり直しになる可能性がある。

 あのパーティはおそらく仮受注までは済ませたものの、誰かがいないせいで本受注に踏み込めず、依頼をキープしていたものと思われる。

 ちなみに仮受注をする前に依頼をキープする行為は違反であり、最悪冒険者活動の永久停止処分をされる。あのパーティはそれには触れていないので問題はない。


 受付嬢が落胆した様子を見せた理由は、ユーキがギルドの管轄外で問題を起こしたことだからだ。

 ギルドの管轄は、基本的に行政の手が届く範囲の外になる。つまり街中は町役場の管轄であり、そこで問題を起こしたユーキをギルド所属の受付嬢が庇うとなれば、それは越権行為として本人或いは責任者……この場合はこの集会所のギルドマスターが引責辞任をすることになる。

 ギルドの所有地や町の外で起きた問題ならば介入できるのだが、なぜ彼女はこうも面倒事を起こすのだ。受付嬢の気持ちは大体そんな感じだ。


「………それで、報告したあなたは次に何をする必要があるんですか?」


「壊した家を資材として業者に売って一儲け」


「ちがう! だいぶちがう! 全然ちがう! 被害者が町役場に被害届出す前にとっ捕まえて直接弁償しにいくの! 頼むから問題をこれ以上増やさないで! 町役場から請求来たらギルドは肩代わりしてあげられないんだから!」



  ◇



「それで、捕まえたけどどうする?」


「おいなんだこの小僧!? 俺が全力で抵抗してるのになんでびくともしないんだよ!?」


 ユーキが集会所前で待機していたマウトと合流し、事情を話してコンマ数秒。例の筋肉店主を片手で掴んで連れてきた……というか持ってきた。


「えーと、被害届?を取り下げて欲しいんですけど」


「なんだお前ら脅迫か? というかまだ出してねぇよこれからだよ!」


 店主は驚きと困惑を隠し切れない(隠そうともしていないが)表情を浮かべる。

 町役場に被害届を出すと、町所属の自警団が出動して加害者や現場の調査、そして様々な処分を下せるようになる。

 自分の店をどういう訳かぶっ壊された上、脅迫紛いのことをされそうになっているのだから普通にトラウマだろう。

 概ね事情を察したマウトが、会話にならない会話に割って入った。


「まぁまぁ、届け出る前に僕の話を聞いて欲しい。君の店をタダで元通りにするから、取りやめにするというのはどうかな?」


「いや、そんなことできんだろ」


「できるさ。仮に出来なかったなら、普通に被害届を出せばいい。かかる時間は着いてものの数分だ。これなら文句はないだろう?」


「……まぁ、そこまで言うなら見るだけ見てやる。俺も別に当たり屋してる訳じゃねえし、今すぐ店を再開できるってんならこれ以上ありがたい話もねぇからな」


 二人の間で契約が成立したが、ユーキは事態が好転していることを分かっていない。

 分かっていないまま、歩いて数分の現場に着いた。

 建物は半壊……壊れた部分は完全に粉砕されているので半壊というのが正確かも分からない。被害は彼の店だけに留まらず、周辺も所々破壊されている。

 ……破壊跡がパンチではなくビームだ。


「なぁ、一体あんた店で何の武器を使ったんだ?」


「拳」


「………は?」


「拳」


「……俺、耳悪くなったのかな。拳って聞こえるんだが」


「そう。この拳でやった」


「………は?」


 店主は、言葉の意味を理解できない。

 当然だろう。これは拳での破壊じゃない。素人が見てもそう分かる。

 だが現実は、拳で起きたことだ。

 あまりにもぶっ飛びすぎたこの現象に、彼女ではなく自分の方がおかしくなっているのではないかと思い始めてしまう。


「お……俺、本当におかしくなってるのかもしれねぇ。今も俺の店が元通りに直ってるように見える」


「本当だよ」


「だよな。そっちの小僧もそう思うよな」


「いや、そうじゃない。君の店が元通りに直ったことが本当だと言っているんだ」


「………うそ!?」


 まるでなんでもないように言うマウト。

 辺り一帯に壊れた跡など全く見当たらなくなっていることに、店主はまたも顎を外して驚く。


「僕の魔法で全て直した。具体的な内容については秘密だけど、これで問題ないだろう?」


「あ、あぁ。これ幻覚じゃないんだよな?」


「間違いなく本当に直っているよ」


「……なら、被害届は出さなくていいな。お礼にさっき出せなかった料理を食っていってくれ」


 状況を理解し始めて上機嫌になった店主は、早速店に入っていく。


「ほら、二人とも早く来い!」


「え、私何にもしてないのにいいの?」


「本人がいいって言ってるんだし、いいんじゃないか?」


「ならいっか! お腹空いてたしラッキー!」


 二人は店主のご馳走で、心ゆくまで食事を楽しんだ。このとき店主が損しかしていないことに気付く機会は、今後一生訪れない。



 食事を終え、二人は店主の好意でそのままくつろいでいた。


「さて、僕が君に恩を売ったのにはちゃんと理由があるんだ。これから説明……」


「恩売ってたんですか?」


 ユーキのあまりに馬鹿すぎる発言に、マウトは一瞬フリーズする。


「何を話そうとしたんだっけ……」


 想像の斜め上をいく発言だったためか、彼もつられておかしくなってしまう。

 咳払いを一つして、マウトは再び話し始めた。


「………とにかく………そうだな、君を僕の弟子にしようと思う」


「え、なんでですか?」


「その拳、ただの拳じゃない。もっと特別な力なんだ。一部の人間には『ピース』と呼ばれる」


「『ピース』?」


世界の真理の一角パズルのピースか、或いは世界の平和の源ラブ&ピースか———どちらとも考えられているが、『ピース』というのはそういう人智を超えたレベルの不思議な力なんだ。例えば、君のそれは拳の範疇を超えている。君はこれを制御しなければいけないし、君自身もその拳を使いこなしたいはずだ。だからこそ、君を弟子にしようと考えているんだ」


 ユーキは理解していなかった。

 ただ「拳をもっと振れる!」ということだけしか理解していなかった。

 だがそれでいい。

 マウトは、理解する必要はないと思っている。


「まずは君の実力を測る必要がある。外に出て適当な魔物を相手に試してみようか」


「……この辺りに魔物は湧きませんよ。理由は知らないけど」


 この大陸において強い魔物が沢山湧く地域、弱い魔物が少し湧く地域、魔物がほぼ湧かない地域など、魔物の分布にはバラつきがある。

 理由は諸説ある。例えば空気中に漂う魔力が多いこと。だがこれは結果論という主張が強く、その裏付けとして「強い魔物が出る地域ほど多くの、また強い魔法を使用するから」、「空気中の魔力が薄いにも関わらず強い魔物が出る地域や、その逆もある」などが挙げられる。

 このバリスド町は、珍しく魔物が全くといっていいほどにいない。たまに現れても、通りがかった無名の冒険者に容易く狩られるか、自然消滅してしまう。

 そのため、魔物と出会うにはもっと遠くに行くか、ダンジョンに潜るしかない。

 突然だが、冒険者ギルドには冒険者ランクと呼ばれるランクシステムが存在する。1〜1000に分けられており、高ければ高いほど強い魔物と戦ったり、潜れるダンジョンも多くなる。

 また、冒険者ランクに応じて拠点を中心とする活動可能範囲が定められている。何故なら冒険者の身に何か起きた場合、ギルドが補助する仕組みになっているが、実績のない冒険者が遠く……つまりギルドの手が届きにくい場所に行くことは、それだけでリスクがあるからだ。

 ちなみに、ユーキのランクは2。このランクでは魔物が出現する地域に行くことは出来ない。

 さらに、今のユーキはダンジョンの類いも全て出禁になっている。

 今手っ取り早く腕試しをする方法などない。

 頭の悪いユーキでも、そのことをなんとなく理解して落胆する。

 そして、同時に一つのことを思い出した。


「そういえば私、依頼受けてたんだった」


「まず、それを片付けようか」



  ◇



 町の外だというのに、異様なほどに平和だ。カップルが郊外へピクニックに出かける様子が見られるのは、せいぜいここくらいなものだろう。

 ユーキは、そんなことに気を向ける余裕などなかった。

 マウトはユーキに対して講義の真似事をしていた。これはこういう植物でこういう効果があるだとか、この果実は毒があるので食べられないだとか、毒抜きすれば食べられるけど不味いだとか、そんな話を聴き続けていれば、ユーキのように要領の悪い生徒でなくともうんざりしてくるだろう。

 事の発端は、ユーキが受注していた依頼にあった。

「ニミル草1キロの納品」。

 ここまで平和なら、依頼として出されるのは業務用レベルの量になる。群生地を探す方法を知っているというマウトから話を聞いてしまっが最後、うんちくが始まってしまった。

 そして今に至る。

「飽きた」を顔の全面に押し出しているユーキ。マウトは教える相手がそんな調子であるのにも関わらず、うんちく語りを続けている。最早、目についた植物を手当たり次第に語っていた。

 ユーキもユーキで、律儀についてきているのは変なところで真面目な彼女の性格故だ。


「———であるからして………おや、雨が降ってきたね」


「わ、ほんとだ」


「とりあえず話しながら集めた分でニミル草は足りてるね」


「そもそもニミル草ってどんな草なんだ………あっ」


「それはね、薬草として広く使われる植物で、三大薬草の一つともされるんだ。効能は治癒促進の他に疲労回復新陳代謝促進など様々ある。清涼感から食べ物にも使われることのある薬草なんだよ。薬草系植物の中では珍しく生食できることでも有名で———」


 ユーキの不用意な発言で再びエンジンがかかってしまったマウトは、ここぞとばかりに話し始める。

 しかし、その高速詠唱は遮られた。

 ユーキによって、ではない。


「GAAAAAAAAA!!!!!!」


 圧倒的体躯を持つ、魔獣によって。

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