拳で全てを解決する!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

一ヶ月毎に旨味成分上昇

ハンティング・オブ・ピース

第1話

「ちょっと、受注できないってどういうことですか!?」


「そのまんまの意味です。というか、あれだけのことをしでかしてよくもまあ抜け抜けと依頼取りに来ますね」


 言葉遣いこそ丁寧だが、声には怒気を孕んでいるし、額には青筋を浮かべている。この受付嬢の感情は、察するに余りある。

 何しろこの少女は……拳一つでダンジョンを粉々に破壊したからである。

 それも、八つ。

 ダンジョンは、大きく分けて三種類ある。

 一つ目は、新米冒険者のトレーニングのために冒険者ギルドが建造した模擬ダンジョン。魔物を模した機械や宝箱を設置して、本格的ながらもリスクを抑えて新規参入の育成をしている。

 二つ目は、遺跡型のダンジョン。古代の文明が色濃く残った歴史的建造物の中でも、魔物が生息していて一般人が近づけないものが当てはまる。価値の高い宝物ほうもつが多く残っており、失われた秘宝を求めて、これのみを専門にする冒険者もいるほどだ。

 三つ目は、洞窟型ダンジョン。特定の文明の跡や人工物などはなく、主に利用価値のある鉱脈などが一定量以上見込めて、なおかつ魔物が生息している。泥臭い仕事のため冒険者からの人気はあまり高くはないが、モノ次第では遺跡型ダンジョンをいくつも周るより早く一攫千金となることもあり、一山当てたい一部の冒険者は我先にと目をギラギラ光輝かせている。

 この少女———ユーキは、模擬ダンジョンを二つ、遺跡型ダンジョンを五つ、洞窟型ダンジョンを一つ壊した。

 どれも新人向けのダンジョンだったので、ここ最近新人だけで構成されたパーティは仕事を失った状態である。


「だって、依頼受けないとご飯食べられないし……」


「そもそも、あなたが抱えることになった借金は冒険者ギルドで肩代わりしているんです。これ以上ギルドの財政に負担かけないでください。……ダンジョンじゃなくても、フィールドワークの依頼もあります。なんでわざわざダンジョンを選ぶんですか?」


「だって、拳振るえないんだもん」


 ユーキの発言に、受付嬢は堪忍袋の緒を切らして机を思い切り叩いた。正面にいるユーキだけでなく、依頼を物色している冒険者達も驚いて、部屋全体に地獄のような沈黙が流れる。

 一つあたりのダンジョンが生み出すと見込める利益は、その難易度に関わらず大体数億クリスタである。

 そして、ユーキが抱えることになるはずだった借金は28億6000万クリスタだ。

 現在王国で流通しているリンゴは、一個あたり7クリスタ。不況で野菜や果物は相場の1.3倍ほど値上がりしているが、それでも4億個は売らないと返せない。

 冒険者ギルドに寄せられる依頼は、ダンジョンの他にも護衛や討伐、採取などもある。

 だがユーキはそれらに手をつけない。何故なら自分は不器用だから、と考えている。討伐依頼に関しては経験があるが、周辺の植物や建造物もまとめてぶっ壊してしまうので、報酬からの差し引きで全く釣り合いが取れないので、それ以来受付の時点で「やめろ」と言われるようになってしまった。

 加えて彼女はパーティに所属していない。そのためそもそも受注できる依頼は近辺のものに限られてくるし、実績もないのでとても少ない。ダンジョンは複数パーティが同時に受注できるので、辛うじてソロでも入れてもらえただけのことだ。

 しかし、その辛うじてソロでも受け入れてくれるダンジョンを悉く潰してしまった。おかげでユーキは、冒険者としてこなせる依頼が完全に無くなってしまったのだ。冒険者を辞めて転職しようにも、そうなればダンジョン破壊の借金はギルドが肩代わりする理由もなくなるため借金地獄となって人生の詰みとなる。


「……ほら、とにかく仕事してください。この植物採取依頼ならあなたでもできるでしょう。拳がどうのとかわがまま言ってないで、早く借金をどうにかする努力をしてください」


 受付嬢は頭を抱えてため息をつき、一度冷静になってユーキに向き直った。「努力」がやたら強調されているのは、彼女がこの莫大な借金を返せるはずがないと思っているからだろう。

 王国での平均生涯年収は男性で8000万クリスタ、女性で6000万クリスタといわれている。……ユーキの実力からして、いいとこ4000万クリスタだろう。これはあくまで一生涯費やしてのものだ。

 中には一つの依頼で数億クリスタ稼ぐような冒険者もいるが、そんなものはほんの一握り。

 普通に考えてまず無理だ。あの規格外な拳でどこかの国家潰して資産を巻き上げた方が手っ取り早く返済できるんじゃないか、と受付嬢は思った。

 渋々依頼を受けたユーキがトボトボとギルドの施設を後にする後ろ姿を見た受付嬢は「別にあの子嫌いじゃないんだけど」と呟く。

 ユーキが完全にいなくなると、隣の受付嬢が機を見計らったかのように受付嬢の脇を擽る。


「ちょ、ちょっとやめてよ!」


「んなこと言って、嬉しいんでしょ? この百合好きめ」


「はぁ、そんなんじゃないわよ。あの子と関わってもう一月経つけど、すごく不器用なのが分かるの。一昔前の自分を見てるみたいで」


「……あんた昔借金してたの?」


「借金じゃなくて不器用なところ! なんでそうなるのよ!」


「ふぅ〜ん?」


「なによ、その含みのある反応」


「でも、いいの? あの子何も食べずに出て行ったわよ」


「………あっ」


 この受付嬢は、たまにユーキに食べ物を分けてやっている。そうでもしないと餓死してしまうから、と。だがそのぶっきらぼうな態度故に、ユーキにはあまり懐かれていない。



  ◆



「……………ぐぅ」


 ユーキは、案の定空腹で行き倒れていた。

 通行人が誰も手を差し伸べないのは、彼女の悪評が町全体に広まってしまっているからである。

 いわゆる不快感を伴う空腹感とは違い、今の彼女は餓死寸前。半分気絶状態なので、本当に動けなくなっている。先程は受付嬢に舐められたくないから虚勢を張っていただけに過ぎない。

 すると、近づいてくる一人の少年がいた。

 ………彼は少年の姿だが、立派に成人している。酒も飲める歳だ。


「ふむ」


 少年は倒れたユーキをしばらく見ると彼女を仰向けになるよう転がし、懐から入れ物を取り出した。豚の膀胱を加工したボトル……有り体に言えば飲み物だ。

 少年は寝転がったユーキの背中を起こし、間に膝を入れて支えて口にボトルの飲み口を捩じ込んだ。


「んがっ!」


 突然の溺れる感覚に意識を覚醒させたユーキは、口に侵入してくる液体を排除しようとブクブクするが、なおも入り込んでくる液体はついに喉を通ってしまう。

 そこで、ユーキはこの液体が甘いということに気付く。


「そんなに驚かなくても、ただの砂糖水だよ」


 まだ意識が朦朧としているのもあり、ユーキは言葉を理解していない。そもそも、砂糖水というのが聞き慣れない言葉なので「サトウ・スイ」なのか「サト・ウスイ」なのか「サトウス・イ」なのかも分かっていない。

 ユーキの口から溢れたこの無色透明の液体が砂糖水。色がないのは、精製された砂糖が使われていて、なおかつ水も綺麗な証拠だ。

 精製された砂糖や山の地下水のように澄んだ水というのは、一般にはあまり……というかほとんど流通していない。

 この情報だけで、彼が相当な金持ちであることが分かってしまう。………まぁユーキは馬鹿なのでそんなこと気にもしていないが。

 ただひたすら純粋な「甘い」味覚に囚われ、夢中で砂糖水を啜っている。


「満足したら、食事にしよう。君の分も奢ってあげる」


 少年は、ボトルをチュウチュウ吸ったり自分の口の周りを舐め回すユーキを見て言う。

 それを耳にしたユーキは、すっくと立ち上がった。

 少年はニコリと笑って歩き出したので、ユーキも後を追う。


「ああそうだ、そのボトル、お気に入りだから返してくれるかい?」


「あ、はいどうも。……その、なんで助けてくれたんですか? みんなは私にそんなことしないのに」


「なんで、か。ただの気まぐれかな。お嬢さんが道端で今にも力尽きそうだったから助けただけ」


「へえ、不思議な人もいるんですね」


 不思議なのはむしろ君の方………少年は呟くが、腹の音を奏で続けるユーキには届いていない。別に伝える気はないし、と考える少年は、目についた料理店に足を踏み入れた。

 小洒落た内装で、冒険者がよく通る道にしては量より質を取っていると分かる料理の匂いが、室内に充満している。

 少年が扉を開けて数秒で、奥から筋骨隆々の男が出て来た。


「いらっしゃい、好きな席に着きな……って、お前あの悪名高い文無し女じゃねえか! ウチは乞食の相手をしたりはしないから帰れ!」


「彼女の食事した分は僕が支払うから、店に入れてやってもいいかい?」


「え? でもお客さん、あいつは……」


「僕が払うのでは不満かな?」


「いやいや、そんなことはない。代金を払うなら誰でも客よ。ささ、入ってくれ」


 少年の見た目に反するオーラは、逞しい男も少し気圧される。

 適当なテーブル席に腰を落ち着ける二人は先程の男……店主を呼び出しておすすめ料理をいくつか注文した。先程と違い、ユーキに対しても客としての扱いをしていた。

 店主が店の奥に引っ込んだのを確認すると、少年は口を開いた。


「さて、食事を共にするのだから名前くらい聞いておこう。僕はマウト。今は放浪の旅をしているところだ」


「………あ、次は私の番か。私はユーキ。冒険者をやってる……はずなんだけど、色々やらかして仕事をやっていられない感じ……かな」


「ユーキ……ああユーキってあのユーキか。模擬ダンジョンを破壊したっていう。あれ設計したの僕なんだよ」


「ええ超気まずいじゃん」


「いやいや、僕はそれについて怒ってはいないよ。どちらかというと、そうそう簡単に破壊できないはずの模擬ダンジョンをぶっ壊したっていう冒険者に興味が出たから、放浪がてらこの町に来たんだ。むしろ僕にとっては嬉しいことだよ」


「……はぁそうですか」


 ユーキも変人だが、マウトも大概の変人である。ユーキは自分を変人だとは思っていないので「この人変な人だなぁ」くらいにしか思っていない。

 ユーキは、無意識に丁寧語を使っている。確かにマウトはユーキよりも歳上だが、見た目からはむしろ逆。事情を知らない人から見れば姉弟のように見える。ユーキは、なんとなく相手が歳上だと理解していた。


「それで、一体どうやってぶっ壊したんだい?」


「そりゃまあ、こうやって拳を———」


 ユーキが拳を振るった。

 それは、とてつもない損害の音だった。

 どういう訳か無傷なマウトとその座っている椅子を除いた前方の全てが粉々に打ち砕かれたのだ。

 轟音を聞きつけた店主が顔を出したことで目に飛び込んできた光景に、何もできずに顎を外す。その痛みすらも忘れるほどの驚きが脳を揺さぶっていた。


「なるほど、すごいね君。やはり……」


 最早恐ろしいまであるマウトの冷静さ。その呟きは、阿鼻叫喚によって遮られた。


「何事ですか!?」


 近くを通りがかったのか、冒険者達が扉を勢いよく開いて飛び込んできた。

 彼ら彼女らはユーキの姿を見て、頭を抱える者や卒倒する者が出るなど、その存在だけでどれだけの冒険者が酷い目に遭ったかが分かる。


「と、とりあえず避難してください! ユーキさんはギルドにちゃんと報告してくださいね!」


 彼らはそれ以上ユーキに構わず、他の客や店主をその場から移動させていった。

 そして、実にワクワクしている、という表情をしているマウト。彼はユーキの目を見て言った。


「やはり君は———『ピース』の使い手だ」

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