後編

 陽菜穂と会ってから3日後、伸也に未奈はご飯を食べに行かないかと誘われた。 

 未奈は少し迷った後、行くことに決めた。結婚をどうするか未奈はまだ決断することができていなかった。

  

 昼にあった伸也はいつもどうりニコニコと笑っていた。伸也はいつもニコニコと笑っている。いやらしい笑いではなく、やさしさにじみでているような、そんな笑顔だった。高身長で顔も悪くない伸也は未奈の大学では有名人だった。頭がよく、スポーツもできる。そしてお人よしと言えるほど伸也は優しかった。ファンクラブができているほど女子からの人気が高く、そんな未奈も伸也に好意を持っている女子の一人だった。だからこそ、伸也から告白されたとき、未奈は信じることができなかった。二人の付き合いが始まったものの未奈は夜に外出することができない。その理由も伸也に嫌われるのが怖く、言うことができなかった。

 「ごめん、伸也くん。まった?」

 「いや、いまきたところだよー。」

 伸也のゆっくりとした話し方に未奈はいつも安心させられる。この声をきいているときだけ自分の隠している姿を忘れられる。

「もうすぐ結婚するし、その話とか未奈ちゃんとしたいとおもってたんだー。」

3日前の陽菜穂の言葉を未奈は思い出した。結婚を本当にこのまましてもいいのだろうか。未奈はそのことを今日までに決めようと思った。


 昨日の夜は酷かった。外に飛び出さないよう抑えるので精いっぱいだった。このままで結婚なんてしていいのだろうか。子供のころと同じように何かを失ってしまうかもしれない。それだけが未奈は怖かった。

 自分の大切なものが自分の手や口によって引き裂かれたのがわかったときに自分がどうなってしまうのかが怖かった。どんな気持ちで目の前で崩れさる宝物をみつめるのかが怖かった。

 大人になるにつれ、自分の中の「バケモノ」を抑えるのが難しくなっていっている。それを感じるのが怖かった。いつか自分の心も姿も獣になりなにもかもを忘れてしまうのではないかと思ってしまう。

 未奈にとっては人とかかわることは怖いものだらけだ。


 少しはやめに予約されていたレストランについた。未奈が前から来てみたいと思っていた店だった。なんで知ってんだ?伸也君に教えたことないんだけど。

 「僕、この店来てみたかったんだよね。あれ、未奈ちゃんは他の店のほうがよかった?」

 「そんなことないよ。早く入ろう。」

 料理は予約していたからか、すぐに出てきた。すべておいしく、見た目もきれいだった。唯一問題があるとすれば…

 「よくそんなに食べられるね。」

 目の前ではすでに4人分の料理の皿がきれいになっていた。正直なぜそんなに食べて痩せているのかがわからない。

 「食べても太らないから食べすぎちゃうのかなぁ?この店の料理がおいしいのもあるかも!」

 いや、残念なことにそんなに食べられるのはあなたが大食いだからです。というか、うらやましいな、その体質。一度はなってみたい。

 店の料理がおいしかったのと伸也につられて未奈もついたくさん食べてしまった。明日太っちゃってるかもなぁ。そんなことを思いスマホを見ると時刻が7時を指していた。

 未奈の頭は一瞬真っ白になった。この時間ならばもう月が出てしまっている。外に出たら狼になってしまう。

 「ご、ごめん。私もう帰る。」

 そういうと未奈は走り出した。あのままではどうなってしまうかわからない。今はとにかく伸也から離れることだけを考えて靴が脱げながらも走っていた。

 きずけば未奈は四本足で走っていた。足の裏に刺さるコンクリートの痛みが頭を覚ます。いつもと違って心だけはまだ物事を考えることができていた。しかしそれが何よりもつらい。今は無心になっていたいのに。

 未奈は路地裏まで走ると倒れた。心の疲れだろうか。体がよく動いていなかった。

 「未奈ちゃん!大丈夫⁉」

 ふと聞こえた後ろからの声に振り向くと、そこには伸也が立っていた。来てはだめだ。そんな声が届かないのが今はとにかく悲しかった。

 「どうしたの⁉急に走り出して…」

 きずけば未奈は伸也の肩に嚙みついていた。伸也の顔が苦痛でゆがむ。

 未奈の心はむせび泣いていた。こうならないために今までたくさんのことをしてきたというのに。それらがすべて無駄になってしまった、そんな感情で頭が埋め尽くされた。

 こんなときに目からは涙は流れない。泣くことすらできないまま心が壊れていく音がしたときだった。

 「大丈夫だよ。どうしたの?僕はどこにも行かないよ?」

 肩を噛んでいる口が少し緩むのを未奈は感じた。

 「未奈ちゃんは僕にこれをかくしていたんでしょ?これが何なのかを僕は知らないけど、未奈ちゃんがいつもとちがうってわかるよ。これからは僕を頼ってよ。なにがあっても嫌いになんてならないから。」

 未奈の口は気ずくと伸也の肩から離れていた。伸也は未奈を抱き寄せて頭をなでていた。狼女の目からは流れないと思っていた大粒の涙が伸也の胸を濡らした。


 

 「未奈ちゃん!6月の結婚ってジューンブライドって言うらしいよ。」

 結婚式の日に伸也はこんなことを言ってきた。

 「6月の花嫁は幸せになれるってやつだっけ?」

 「未奈ちゃんは今幸せ?」

 そんなこと聞くまでもないだろう。不安そうな顔の伸也に向かって未奈は言った。

 

 赤い月が二人の行く末を照らし続けていた。




 

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