第12話 峠を超えて

楽しい時間と言うのはあっという間に過ぎ去るもので出立の時間が迫っていた

僅か二刻程短い休息ではあったものの隊員達の士気を回復させるには十分な時間であった


第四師団長アンソニーの軽歩兵隊を吸収した事で人数は増えたものの足の速さに定評があると言うだけあって、進軍速度が目に見えて低下することは無かった

日の傾きからしてもすこぶる順調であり、程なくアンソニーから示された旧山道への分岐に差し迫る所まで進んでいた

周囲の地形は若干木々が見えてきたものの相変わらず岩肌をコールタールが覆う足場の悪い状況で油断をしたら足を取られてしまうだろう


「ここか、確かにこれじや獣道とさほど変わらないか」


「おいおい、この荒地を馬で下るのか」


「仕方ないだろう、これが時間的には最も早いんだ。ナターシャ周囲の警戒を頼む」


「了解、私の目は蟻一匹も見逃さないんだから」


人が使わなくなって久しい道であるため、アンソニーの注意通り獣の巣窟となっている可能性があるその為最大限の注意を払いつつ旧道を下っていく

高低差も激しく足を踏み外せば直ぐに崖下へと誘い込まれそうな道なき道を進んでいく、下るにつれ植生は濃くなり丈の低い草や苔が目立ってくる


「ウィル…ちょっとマズイかも」


「どうかしたのか」


「大きな獣の気配がするわ」


「これ以上下ると低木が生えて藪が視界を塞ぐか」


「そうね、迎え撃つならここで止まるべきね」


「全軍停止、大型の魔獣が迫っている、安全を確保するためにここで迎え撃つ」


大隊に命令を下し、迎え撃つ為に陣形を整えた所で激しい咆哮が鳴り響き、突出した岩を打ち砕きナターシャが感じ取った大型の魔獣が姿を現す、緑色の眼球まなこを縦に割るような筋の黒い目、体を覆う光沢を放つ紅い鱗、背中から両脇に掛けて広がる翼そのいずれもが、魔獣の中でも最高位の龍種ドラゴンである事を示していた


「なんだレッドドラゴンか…それならまだ…」


赤い鱗をしたドラゴンは一般的にはレッドドラゴンが多い、しかしレッドドラゴンであるならば人間の手で幾度と無く討伐された実績があり決して勝てない相手では無い恐らく第八大隊のメンバーでもマーカスやライオットなら部隊単位で挑めば倒せる相手だろう、実際ライオットもそう思い大した相手じゃないと判断仕掛けたのだが…



「違う!コイツは…灼銅龍カッパードラゴンだ」


灼銅龍カッパードラゴン?なんだそんな奴聞いた事もねーぞ」


「レッドドラゴンが1000を超えるよわいを迎え100以上の龍種どうほうの血肉を喰らい進化するとされる、龍種ドラゴンの中でも最高位の1つだ」


「要するに共食いするほど獰猛でヤバいレッドドラゴンって認識で良いのか」


「それだけじゃ無い、灼銅カッパーの名に相応しく金属光沢を放つ鱗は、鋼を溶かす程の高温を持ち、レッドドラゴンの弱点ともされる水すらも近寄せぬと言われている」


「なんだよ無敵ってか、めんどくせぇ」


まず一番槍とばかりにライオットの騎馬隊が灼銅龍に対して突撃を繰り出すしかし、そのドラゴンの身に纏う溶鋼の様に赤白く輝く鱗から放たれる高熱により馬が怯んでしまい近づく事すらままならない


「クソがっ」


自分の思うように戦闘を運べない事に苛立ちを覚え、ライオットは悪態をつきはじめる


「正面からぶつかって勝てないなら頭を使え」


「それは、大将に任せるぜ、俺は見ての通り頭の出来が悪いからよ」


「分かった、それなら俺の作戦に従え、ナターシャと共に西の山側に向けてドラゴンを誘導しろ、崖にぶつかったら右に進め」


「りょーかい、ヘイヘイ図体ばかりデカくして、すっトロイんじゃないのー」


ナターシャはどうせ通じないとは分かりつつもドラゴンに対して煽るような声を上げつつ読んで字の如く、矢継ぎ早に矢を放っていく、ナターシャの放った矢は唯一鱗で覆われることのない剥き出しの弱点である眼球目掛けて真っ直ぐ飛んでいく、しかしカッパードラゴンへと近づいた矢は矢羽が燃え上がるとコントロールが狂い眉間の硬い鱗に阻まれる

だが、灼銅龍カッパードラゴンの怒りを買うにはその矢の連射は十分だったようで、カッパードラゴンは空気を震撼させるほどの咆哮を轟かせると、ナターシャとライオットを追いかけて西の方向に向かい猛スピードで突進して行った


「マーカス、ミシェル付いてこい、カッパードラゴン化け物を仕留める罠を張る」


マーカスとミシェルを連れて、北西の方向に進んでいき、暫く進んだ地点で足を止めると振り返る


「マーカス、ここに強烈な一撃を振り下ろしてくれ」


「あぁ?何の意味があるんだ?」


「時間がない理由は後で言う急げ」


「ったくしょうがねぇな、オラァ!」


「助かる」



ナターシャと組んでた時のような必殺とかそう言う言葉は出さないものの、それと同等の一撃が繰り出され岩肌の地面が抉れて小規模ながらクレーターのような地形が出来あがる、抉れた地面はしっとりと水気が滲んで濡れている


「ミシェルあの岩をドラゴンが穴に入ってきたら落としてくれ」


「…………………コクリ…………………」


相変わらず言葉を交わせないが、しっかりと、作戦は通じたようで頷いた後にサムズアップで任せろと言う態度を取って見せる

そこに、ナターシャとライオットがカッパードラゴンを引き連れてドラゴンの咆哮と共に現れる


「ナターシャ!こっちだ!この窪みを踏ませろ」


「全くウチの隊長は無理難題を押し付けてくれるねー」


「流石に馬もヘバッてるぜ」


口では文句を言いつつも、しっかりと仕事をこなしてくれるのがナターシャと言う女だ、幼い頃から親戚として家族付き合いをしている為、ナターシャの性格はしっかり理解している


そしてナターシャに誘導された、灼銅龍カッパードラゴンがマーカスの抉った穴へと足を踏み込む、急な段差で体制を崩しスリップしたようにドラゴンか転ぶ、そしてその僅かな時間を狙いすましたようにミシェルが大岩を転がしドラゴンを目掛けて落とす


大岩はドラゴンに直撃する…が当然その程度で仕留められるのなら苦労はしない、ダメージなど無いに等しいように起き上がるとドラゴンは怒り心頭とばかりに、その場で地団駄を踏み咆哮を轟かせ、こちらに向かって動こうと一歩踏み込んだその時


カッパードラゴンの足元に亀裂が走っていきドラゴンの足が地面へと沈んでいき、亀裂がマーカスが抉った穴全域に広がると、穴が崩れ落ち水が噴き出す


「地底湖か」


「だがあの高熱じゃすぐに、水も無くなるだろ」


「そんな単純な話じゃないでしょ、ウィルの事だから何か狙いがあるんでしょ」


「全員、岩陰か何かに隠れて伏せろ!」


灼銅龍カッパードラゴンが地底湖に落ちた瞬間、超高温の鱗により地底湖の水が瞬間的に沸騰し一気に膨れ上がった水蒸気の体積により、さながら攻城兵器並の大爆発が沸き起こる、もしこの世界に科学と言う学問があれば『水蒸気爆発』として解明されていたのだろうが、当然そんなものは無くその猛烈な勢いの爆発にその場に居た者たちは、只々放心するばかりであった


そうして暫くの時が経ち、水蒸気により出来た靄が晴れて来た頃


「しっかしスゲー爆発だったな」


第一声を上げたのはライオットだった


「あぁ…」


「えぇ…」


「…………」


まだ他の3人は放心から立ち直れていない様子でポカンとした表情を浮かべている


「一か八かだったが何とかなったか」 

 

地底湖はすっかり蒸発して湖底が顕になり、その中央には息も絶え絶えと言った様子で翼は破け、赤々と輝くような鱗は剥がれ落ち至るところから血を流す灼銅龍カッパードラゴンの姿があった


「これでも死なないとは、流石と言うべきか」


野性的な勘か、生存本能によるものか、魔獣の頂点たるドラゴンではあるもののウィルが武器を構えて歩み寄ると後退りをして咆哮を繰り出し口からは火炎と共に血液を撒き散らす、爆発により体の内部に大ダメージが通っている証拠と言えるだろう


「……………………」


「ミシェル、一緒にやるか」


「………………コクン」


結末から言うと灼銅龍カッパードラゴンは鱗の剥がれ落ちた眉間をミシェルの豪槍により貫かれ絶命した

第八大隊の隊員達は難敵の討伐に歓喜し、喜びを噛み締めていた、しかしこの灼銅龍カッパードラゴンとの戦いにより予定していた進軍速度は大幅に遅れることとなり、勝利の余韻に浸る暇も無く更に進軍速度を速める必要が出来てしまったのだった



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