第五話 ・・・ 儀式の石
「いらっしゃーい、ようこそオカルト研究会へ! 少し汚いけど、まあ男の子なんだからがまんできるよねー?」
部屋の中にはいくつもテントが張ってあり、その中から怪しい声が聞こえてくる……卑猥な話ではなく。オカルトに関することだろう。
占いでもしているのか?
鯱先輩が、手に持つクラッカーを投げ捨てた。
ゴミはゴミ箱に入れてくださいよ……そういうだらしなさが、部屋を汚くしているんじゃないですか?
よく見てみれば、散乱しているゴミだけでなく、お札も部屋中に貼られている……え、怖っ。
オカルトというか、呪いの部屋に思えてきた……呪いはオカルトなんだっけ?
ともかく、カップラーメンのゴミも散乱している部屋である。
とても女子がいる部屋だとは思えなかった。
「……個性的な部屋ですね」
「いいよ気を遣わなくて。汚いって言ってくれた方がこっちも楽だよ」
と、言ってはくれるけど、こっちの気持ちも考えてほしいものだ。
連れてこられてすぐに「汚い!」とは言えないだろう……。
気持ち的には。
しかし自然と、俺の口は動いていたらしい……声に出ていた。
鯱先輩だから……かもしれない。
「汚いですね」
言ってしまってからはっとして、口を手で押さえたが、鯱先輩は俺の無礼にきつい視線を向けることもなく、逆に、好感度が上がったようだった。
「ぷっ、あっははっ、いいね、そうやって本音を言ってくれるのが、私としてはすっごく嬉しいんだからね……、その調子だよ。だから君も打ち解けてくれていいんだよ、恋君」
鯱先輩は、俺が「恋敵」と呼ぶのを知り、恋君と命名した。
馴れ馴れしい、のは、先輩の良さでもある。
だが、恋敵にこの距離の詰め方は、あまり良くないだろう……。
「…………」
やっぱり、恋敵は俺の背中に隠れて、先輩の質問には答えなかった。
口を閉じ、開くつもりがないらしい……さすがの先輩も苛立つか? と思えば。
彼女は、「あははっ」と笑うだけだ。
恋敵の態度を個性と受け取ってくれたらしい。
面白い、と思ってくれたのであれば、ハラハラする心配もないか……?
面白ければいい、という鯱先輩の判断だ。
「私とは話せない……いや、私とだけ話さないつもりなのかな……いいけど。気にするけど、それが恋君の個性なら尊重するよ……私は君の個性を調理したいからね……ふふ、腕が鳴るねえ」
先輩が、舌を出して唇を濡らす。
獲物を見る目――。
「じゃあ二人とも、こっちきて」
と、部屋の中でも一番豪華で大きなテントに連れていかれる。
ほれほれ、と手招く鯱先輩の後を追った。
「ここが先輩の部屋ですか?」
「うん。もちろん、住んでるわけじゃないけどね。たまに作業だったり、調べものだったり……家に帰らないことも多いから。寝泊まりすることがあるの……、ん? もしかして、夜にここで過ごす私の姿でも想像したのかな? いいよ、存分にしてくれてもね。バツ君だったら、一緒に寝たっていいしぃ」
「退学になりたくないので遠慮しておきます」
断ると、先輩が「ちぇー」と残念がった。
「ま、退学にはならないと思うけどね」
正直なところ、魅力的な提案ではあった……俺だって男である。
しかし、一緒に寝れば、本当に、自分のなにもかもが、鯱先輩に食べられてしまうのではないか――奪われてしまうのではないか、と危険を感じたのだ。
それに、こんな場所で朝を迎えたくはない。
テントの中とは言え、テントの外はゴミとお札の山だ。
過ごしている人の前で言うべきではないけれど、悪環境だろ。
遊びにくるだけならいいけど、住むとなると……数時間はいられないな。
滞在しても一時間未満が限界だ。
「それじゃあ、オカルト研究会・会長、箱戸鯱の新しいプロジェクト――これは大昔の儀式のことなんだけど、それを今からやりたいと思いまーすっっ!!」
先輩が、転がっていたフライパンをお玉でカンカンと叩きながら。
テント越しでも分かる……周りのテントから「なんだなんだ!」と興味津々な声だ。
周りのテントの中からわらわらと会員が出てきていた。
まあ、鯱先輩のテントは閉まっているので、入ってはこれないだろうけど……。
すると、後ろにいた恋敵が、ぼそっと俺の耳元で囁いた。
「(いかにも怪しい雰囲気だよな……ここまで入ってきてから言うのもなんだけど、本当に大丈夫なのか、これ……。嫌な予感しかしないんだけどよお――)」
「(俺だってそうだよ、嫌な予感しかしないし――でも、ここで逃げることはできなさそうだ。テキトーに受けて、帰ろう。ここで逃げるよりはマシだ。中途半端は後々、不都合が生じるだろうからな……、鯱先輩のことだから、しつこく付きまとってきそうだし)」
だな、と恋敵も頷いた。
その後は口を閉ざし、俺の背中に隠れる。
鯱先輩とは、目も合わせようとしない……完全に無関係でいるつもりか。
いいけど。
……ってことは、先輩が言う儀式の標的は、自動的に俺になるってことじゃん――。
いや、二人まとめて?
まあ、そのあたりのことは、先輩に聞いてみないと分からないか。
儀式を前にして無関係を貫くのは勇気がいる――だって不都合もまとめて、聞かないで儀式に挑むことを意味するから。……よほど嫌なのか、恋敵にとっては。
「ぼそぼそと話してたみたいだけど、もういいの? 考えはまとまった? いてもいなくても私は私のペースでやるからねー。だから関係ないの。さて、じゃあやろうか。儀式儀式儀式――っと。必要なものはこれ、この石を持って……はい、正座しててね」
と、鯱先輩が俺たちの肩を、上から押して座らせる。
渡された石……それがなんだか、汚く光っている……。
黒く、輝いて――不気味な感じだった。
恋敵も渡された石を見つめており……そして、鯱先輩も腰を下ろした。
俺たちと向き合う体勢だ。
カバンから同じく黒い石を取り出し、ぎゅっと握り締める――それから。
力強く、自身の胸に叩きつけた。
……それが合図だったのか?
それが、儀式の手順だったのだろうか――。
その時、石が震えた気がした。手元の石を見る――恋敵も同じく、だ。
やがて。
発生した黒い光が俺たちを包み込んだ。
噴出した黒い光の線が、俺たちをぐるぐると縛るように巻き付いてきて――逃げられない。
まるで黒い包帯で、ミイラのように覆うことで……俺たちは――。
あとはもう、言わずとも分かるだろう?
……気づけば俺たちは船の上にいた。
気づけば人外の生物になっていた……そんな話である。
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