第四話(前編) 父親捜し
少女が、俺たち二人(二羽)を服の内側に隠し、抱えて移動している……。
疲労で動けない俺たちからすれば、楽な移動である。
さて、彼女のことは、周りからすれば、どう見えているのだろうか……、俺たちが服の内側にいるせいで、ちょうど、胸が膨らんで見えてしまっているのではないか? ……異様な巨乳である。まあ、彼女の年齢を考えればそんなわけがないと誰もが気づくだろうけど。
なら、なにが入っているのか、疑問でなくとも、興味を持つのが人間だろう……、なかったとしても視線が向くはずだ。
そこで、万が一にも俺たちペンギンだと気づけば……。
少女が抱えているとは言え、見逃してくれるだろうか……。
この船はやはり、豪華客船だった。
乗船している人たちはみな、大金持ちや有名人である――ペンギンという、清潔とは思えない動物が、敷地内に入っていれば、間違いなく駆除するだろう……それができる権力と、駆除を可能にする設備も整っているはずだ。
色々と想定しているだろうし、俺たちの侵入は、想定内と言えるだろう。
だから、見つからないように移動してくれ、と願うが――届いているか?
伝わっていても、難しいだろう……少女に一任するには酷な内容だ。
少女の服越しに、薄く見える視界で、周囲を観察する。
薄めの生地で助かったな……厚みがあったら外の様子なんて分からないだろうし。
「大丈夫かよ、バツ……、この子を親の元へ送り届けるって言ってもさ……難しいだろ。問題だって山積みだ」
「俺だって、できることなら危険なことはしたくないけどさ……――じゃあ聞くけど、恋敵は、不安で仕方がないって顔をしている、小さな女の子を見捨てることができるのか?」
それは……、と言い淀む恋敵。
答えを返せなかった恋敵だが、しかし、考えていることは手に取るように分かる。
恋敵だって、見捨てることなんかできなかったはずなのだ。
たとえ大事な用事があったとしても。
後回しにすることはあっても、見捨てることはしないはずだ――。
「……分かったよ」
恋敵は、これ以上、この件に関して愚痴を言うつもりはないようだ。
「それで――、お父さんとはどこではぐれたんだ?」
「えっとね――」と、少女が顎に指を添えて、考える仕草をする。
小学生なのに、大人っぽい子である。
父親が大金持ちで、色々と、大人の世界に連れていかれることが多いのかもな。
だからこそ、大人を見て、大人っぽい仕草をしてしまうのかもしれない。
職業病みたいなものだろうか?
それにしても――驚きだ。
彼女、俺たちの言葉が分かるのだ。
ペンギンの鳴き声ではなく、言葉もその意味も、そして想いも、全て伝わっている。
さっき追いかけてきていた男は、俺たちの声など聞こえていないようだった……、必死になって追いかけていたから、という理由もあるだろうけど、たぶん、鳴き声が聞こえていても、言葉とその意味までは分からなかったのではないだろうか。
ペンギンが人の言葉を喋っていれば、必死さなんてなくなりそうなものだ。
だが、結果、男は驚くこともなく、奪われた下着を回収して部屋へ戻っていった。
俺たちの言葉は、男には届いていなかったのだ。
ペンギンらしい鳴き声だけが耳に届いていたわけで……、違和感を抱くことがなかったのだ。
それが普通なのだ。
であれば、俺たちの言葉が分かるこの少女は、普通ではないってことになるんだけど……。
子供にだけ聞こえるのか。
それとも、この子にだけ聞こえるのか――それだけでも確認したいところだ。
近くに都合良く子供がいればいいけど……まあ、いないか。
探せばいるが、それは目的ではない――後回しだな。
ともかく、無茶はせず、少女の父親を探そう。
子供だけに聞こえるだなんて、ファンタジーである。
ペンギンになっている時点で、充分にファンタジーだけど。
「おとうさんは部屋にいるはずなんだけど……でも、おとうさんの部屋が、分からないの」
えへへ、と笑う少女。
少女ではなく、彼女にもちゃんと名前があるのだ――自己紹介はされている。
すると、恋敵が先に質問をした。
「
「ヒント? ……うーん、なんだろ」
「船の中で、お父さんの部屋は後ろの方にあったとか……そういうのでいい。思い出してくれると助かる」
そうだなー、と理々が呟く。
ヒントが出そうな気配はなさそうだ……。
――
汚雲、という名字は有名だ。みんなが知っているような名前である――だからこそ、彼女の父親を探すのは簡単だ、と思っていたのだが、しかし難航中である……、船の上で言うべき言葉ではないかもしれないけど。縁起が悪いな……。
船の中をぐるぐるぐるぐる周ったけれど、しかし見つからない……。
本当にいるのか? いるのだろうけど、そう思ってしまうほど、いない。
見つからない。
どっと疲れた……、歩いているのは理々なのだけど……。俺たちは抱えられ、揺らされているだけだ。ただ、体力的な疲弊はなくとも、精神的な疲弊はある。目的地に辿り着けないもどかしさが、常に心を緊張状態にしているのだ……疲れるわけである。
服の内側でぐったりとしている俺たちを心配し、理々が気を遣ってくれた。
水が必要だと思ったらしく、水場まで連れていってくれた……まあシャワー室だけど。
充分だ。
水を浴びるのはいいけど、その後、理々の服の内側に入ることを考えたら――タオルはないのか?
タオルを用意する前に、理々がシャワーの水を俺たちにかける……ふぅ。
ペンギンだからなのか、疲れた体に冷水がかかったからなのか分からないが、気持ち良かった……生き返ったような気がする。
それに、まるで体の奥底から力がみなぎってくる感覚がして……、もしかしたらプラシーボ効果かもしれないけど、それならそれでもいい。
元気になったかもしれない、ってだけでも充分だ。
「大丈夫? バツくん――」
「理々、その呼び方はちょっと……鳥肌が立つから変えてくれるか?」
「え、だめなの……?」
「……いや、やっぱりいいよ、そのままで」
理々の表情を見て。
きっとあれこれ言ったところで引く気はないのだろうなあ、と分かった。
言うだけ無駄なら言わない方がいいか……これ以上、疲れたくないし。
仕方ない。バツくん、という呼び名を許可しよう。
あの
し過ぎて、損ではないとは思うが……相手は小学生だ。わがままを言うのも、少しは遠慮をした方がいい――ペンギンでも年上だ。
子供らしくない理々でも、子供なのだから――。
俺たちが大人らしくしなければ、教育に良くない。
「気になることがあってさ――理々。お前はイベント会場に入れるのか? さっき見たポスターによると、ダンスパーティーがあるみたいだけど……お前のお父さんがいるかもしれないぞ」
理々は少し考えた後、「そうだね」と言った。
俺はダンスパーティー、と言ったが、どうやらダンスだけをするわけではなく、色々と他にもイベントがあるらしい。
数ある中の一つがダンスだから、少しだけ理々の理解が追いつかなかったのだ。まあ、ダンスも含まれているから、間違いではないのだけど……だから理々もすぐに分かったのだ。
「うん、入れるよ。じゃあいこっか――ほら、服の中に入って」
理々が俺たちを服の内側に誘って――抱えてから走り出した。
なんだか、父親を探しにいくというより、俺たちと遊んでいるようだった。
……実は迷子だったのは嘘だった、なんてことがありそうだ。
もしかして、家出? だったりして。
なら、仮に家出だったとしたら――それでも俺たちのやるべきことは変わらない。
気が済むまで遊べばいい――。
気が済めば、きっと理々も、家に戻りたいと思うはずだろうしな。
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