Stepping on my first love.
白野椿己
Stepping on my first love. (初恋に足踏み)
あの日見た、沢山のジオラマのような夢の欠片を見つけた。
手が届くと思っていた空の青さを、君にはもう見せられない。
「え、辞めちゃうんですか」
「親父が倒れたから田舎に戻るんだ」
曾祖父の代から続く酒屋を継がなかったのは、幼き日の指きりを守り抜きたかったからだ。小学1年生の夏休み、その子と出会った。療養の為に家族で親戚の家に来ていた彼女は僕と同い年で、その目は固く閉ざされていた。生まれつき目が見えない彼女と初めて顔を合わせた時は距離感が掴めず、彼女が伸ばした手にバチンと当たってしまった。僕が住む村の人達より白くてつやつやの肌が人形のようだと思ったことは今でもしっかり覚えている。
彼女は手で触って物の形を見るのだと言っていた。家に遊びに行った時には沢山のジオラマを見せてくれた、彼女の父親がジオラマの会社で働いているらしい。ばぁちゃんの家にある懐かしい物から本の中でしか見た事ない都会の物まで色々あって、彼女は目が見える僕より世界を見れているんだと感動したものだ。
自然に沢山触れてみたいという彼女を連れて田舎を冒険して歩き回った。花に触れ、木に触れ、川に触れ、動物に触れ、ジオラマでは分からなかった世界にとても嬉しそうに笑っていた。彼女が住んでいる都会ではハレモノのように扱われ色々触ると汚いと嫌がられていたという。当時の僕はハレモノが何か分からなかったけれど、彼女はこんなにも綺麗だから周りが嫉妬してるに違いないと確信していた。カナリアのような笑い声は、この自然ばかりの田舎でもいくら探したって聞くことは出来ない。
空を知りたい、と彼女は言った。
ジオラマで作ることが出来ないし、海や川のように触れることも出来ない。僕なりに一生懸命考えて話してみたけど難しくて、色さえも伝えられないのがもどかしかった。だから僕は指きりをした、大きくなったらパイロットになって君を空に連れていくと。彼女は小指を絡めた、それまでに目が治るよう手術だってなんだってすると。いずれ手術をし無事に目が治ったら僕がパイロットになるより先に空が見れるのは分かっていた。それでも僕は彼女に格好つけたかったのだ、君の為にパイロットになると。
ちょっとだけプロポーズみたいな指きりを交わしたのを最後に、彼女と会うことは無かった。それでも僕はその想い出を胸に航空学校を卒業し就職、パイロットになるという目標を達成させた。飛行機で空を飛び続けて25年、親父の酒屋を継ぐ為に退職して妻と田舎に戻る道を選んだ。
「約束は、果たせていただろうか」これがパイロット人生最後のフライトだ。僕自身が空へと連れて行き、空の青さを見せられるのもこれで最後。
例えもう会うことが無くても、もしかしたらこの飛行機に彼女が乗っているかもしれないと期待して。
Stepping on my first love. 白野椿己 @Tsubaki_kuran0
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