回想 —佐々木拓真の場合—

「拓真、ほんと顔は良いよね」

 佐々木はその一言を、天才と同義だと捉え続けている節があった。父は全体的に四角いシルエットの小柄なゴリラみたいな見た目なので、佐々木の容姿は完全に母方の血筋のおかげである。

 昔から美形で通ってきた佐々木は、中学生まで無敵であった。いや今でもその無敵感は常に心に抱いているが、顔が良いことと、それをちやほやされながら育まれたのびやかな自尊心と陽気さと茶目っ気で、大体のことは多めに見られてきた。多少自信たっぷりすぎるきらいがある点も、愛嬌だ。と、佐々木自身は思う。


 だから、高校に入学後、なんか毎日つまらないなと、くさくさした思いが胸を燻り始めたのは、きっと自分が九州の地方都市に収まる器ではないからだと、佐々木はそう解釈した。勉強も運動もそれほどぱっとしないことは、とるに足らない弱点だ。世の天才たちは多かれ少なかれ弱点があったと、授業とか漫画で読む歴史人物とかで聞き及んでいたし、そもそも自分の強みや才能は、学校で測れるようなものではないのである。

 というわけで、高校を中退してしばらく、佐々木はとりあえず地元から最も近い都市、博多で生活してみた。先輩の伝手で土木作業をしてみたけれど、地味で性に合わないと感じて数ヶ月で辞めた。佐々木は思う。博多は都会だと考えていたが、ここにも自分を活かせる仕事はないらしい。


 というわけで、佐々木は一念発起して上京した。一年間のコンビニアルバイトを経て——というより、これもなんか違うなーと悶々したまま生活のためにアルバイトをして食いつないでいたところ、客からホストにスカウトされた。これが佐々木の転機となった。


「やー、マジで天職なんだよね、俺。この顔で店の前に立ってたらもうさ、女の子が店に吸い込まれていくのよ。ダイソンの掃除機くらいぎゅんぎゅんと」

「へえ、よかったな」

 少し前に知り合った高瀬とは、月に一、二回飲みにいく仲である。佐々木は、自分の武勇伝に水を差さず説教じみたことも言わない高瀬の態度が、素直に好ましかった。

「あ、そういえば佐々木、今度知り合い紹介したいんだけど」

 だからこうして、なんの脈絡もなく話題が変わることがあっても、そこは多めに見てやろうと言う気持ちである。佐々木は自分の話を遮らない人間には寛容であった。

「高瀬お前、俺以外に友達いたんだ」

「まあなー。最近結婚したらしくて、久々に会うんだけど」

 自分以外に友達がいるなんて。やきもちというよりは、高瀬が佐々木よりも友達が多いことに対する対抗心が芽生えた。高瀬の友人も、自分の友人リストに加えてやろうと考えた佐々木である。


 かくして知り合った堀田弘海は、

「女と会うのが病気なわけあるか。美味い飯だって同じものばかりだと飽きる。ほかの料理を食いたくなるだろ。それと似てる」

 などと平気で口に出し、二、三年のスパンで婚姻を繰り返しているどうしようもない男であった。それだけでなく、佐々木がふざけても茶化しても一つも笑わない。笑うとしたら佐々木の——あくまでも些細で取るに足らない——失敗への冷笑を浮かべるくらいだ。出会った当初は、高瀬はなぜ自分にこんな最低な男を紹介したがったのか、佐々木は理解に苦しんだ。しかし、である。


 高木が刑務所に入って二年目の秋。新宿駅東口で落ち合った二人は、行きつけの大衆居酒屋のチェーンに入った。暇を持て余した佐々木が、堀田に連絡を取ったのだ。

「お前、俺以外に知り合いいないのか」

「いい加減友達だって認めなよ、堀田」

「お前こそ友人だと思い込むのやめろよ。あとちょっと太ったんじゃないか」

 堀田は眉間に深い皺を寄せ、どうこからどう見ても「誠に不快である」と顔に書いてあるような表情を浮かべた。佐々木はふんと鼻を鳴らした。悪態をつきつつ、誘えば予定を合わせて会いに来るので、この男も結局は自分のことを友人と認めているのだろう。佐々木は勝手にそう解釈して勝手に満足した。


 とはいえ、佐々木だって特に理由もなく堀田を誘ったわけではない。それではまるで、自分が寂しいやつのようではないか。佐々木はビールが運ばれてきたタイミングで、気になっていたことを堀田に尋ねた。

「お前、最近離婚したんだって? バツ三?」

「まだ二回だよ」

「十分じゃん……。相手の子が可哀想だろ、お前に情はないのか」

「情があるから結婚しろと縋ってきたのを受け入れたんだよ。それはつまり、あっちが俺がこういう人間だと知った上で選んだんだろ。それを今更責められたってな」

「最悪すぎて何も言えねえ」


 佐々木は口では堀田を罵るが、心内では哀れな奴だと思っていた。ホスト仲間にアル中がいたが、堀田の女に対する節操のなさと堪えの効かなさはあれに近い気がする。そう考えると、この最低な男を広い心で受け止める役割、自分が担ってやらんこともない。さらに言えば、出所後で心細いであろう高瀬の、心の居場所となってやらんこともない。佐々木は勝手に使命に燃えた。

 一通り近況報告が済み、あとは二人で会話も少なに満足するまで飲み食いすると、さっさと解散する。高瀬がいた頃から変わらない。


「あれ、お前帰んないの?」

 東口前まで来たところで堀田が立ち止まり、佐々木は振り返った。

「ああ、ちょっと寄るとこあるから」

 堀田がくるっと踵を返したので、佐々木は慌てていつものように声をかける。

「そか。じゃまたな!」

 堀田は振り返らないまま、無言で、軽く、ほんの一瞬手を上げた。無言と言うことは、拒否はしていない。つまり、また会おうということだ。素直じゃないかわいい友達である。佐々木は誰にともなく、フッと仕方なげに笑って肩をすくめて見せた。


 が、堀田の目指す先にトレンチコートの美女を見つけて思い直す。自分よりも女に縁がある、信じがたい理不尽である。

「女で破滅したって助けてやんないからな!」

 あんなやつは可愛くない。ただの腐れ縁だ。

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