14.まずいのか?

「パパって……最近話題の頂き女子の餌食ではなく?」

「いやだ、ミキちゃんいるのに、アタシにそんなことできるわけないですよ。パパは……養父っていうのかな? アタシが十歳くらいの時から、ママがパパの愛人やってるんですけど。沙里奈……あ、妹のことです。沙里奈はパパの子でアタシとは結構歳が離れてて。もー若くって自由ホンポーって感じで、可愛いけどちょっと元気ありすぎなんです。最近その斎藤って男とトラブっちゃったみたいで————」

「ちょ……っと、理解が追いつかない」

 全く予想していない角度からの情報の猛撃を浴びた堀田は、眼鏡の位置を直しながら由梨奈を手で制した。

「まず……君のパパはどこの誰なんだ」

「藤峰連合って知ってます? 東堂組の兄弟みたいなヤクザらしいんですけど。そこの組長なんです」

 こういう話題には敏感なのか、高瀬がぎょっと堀田と由梨奈へ顔を向けた。

「…………君島さんはそれを?」

「向こうが聞いてこないんですもの。ほんとのお父さんじゃないし、パパとはもう十五年くらい会ってないんで。それに、ミキちゃんもパパも同じ杉島会だし仲間ですよね? よくわからないけど、ヤクザってみんな兄弟なんでしょ?」

「ちなみに、君の実のお父さんは……」

「んふふふ」

 肩をすくめて華やかに笑う由梨奈。堀田は深追いしない。藪は突かずに素通りするに越したことはないからである。


「堀田、なんかまずいのか?」

 高瀬がテレビに夢中な若衆を気にしながら堀田の隣に座った。堀田は由梨奈に目配せをすると、彼女はどうぞと言いたげに手のひらを見せた。堀田は小さく頷いて、高瀬にひととおりの話を伝えた。高瀬は時折唸ったり顎鬚を撫でたりして神妙な面持ちでこれを聞くと、

「それはまずい……まずいのか?」

「言うと思った」

 堀田も堀田で、呆れることすら諦めたように淡々とコーヒーを口に運ぶ。そのやりとりを楽しそうににやつきながら見ていた女に、堀田は「話を君の妹に戻そう」とさらに問いを重ねた。

「その、君の妹の沙梨奈さんと斎藤の間に色々あったって、もっと詳しく教えてくれないか」

「うーん……警察に言わない?」

「言わない言わない」

 由梨奈は腕と胸をテーブルに乗せてぐっと身を乗り出した。堀田と高瀬は思わず視線を下げて柔らかそうにたゆむそれを凝視する。


「実はさ、さあちゃん沙里奈って斎藤と組んでエンコーの斡旋してたみたいなの」

 が、男二人はすぐに視線を上げた。由梨奈は「ムッチャンとキョンキョンには内緒よ」とソファの方を気にしながら声を落とした。

「一年くらい前かな、さあちゃんが十代のお友達誘って始めたみたいで。客さんを仲介してくれる男の人を探してる時、ちょうど斎藤って男がパパの組が後ろについてる闇金に借金してるってその時の彼氏から聞いたらしいんです。それで、お金に困ってるなら一緒に稼ぎましょって誘ったんですって」

「へえ……あの美人局女、やるなあ」

「番号交換しなくてよかったな、お前。たかられるぞ」

「ちょっと、さあちゃん悪く言わないでくださいよ」

「悪い悪い。けど、君の妹はそんなに危ない橋を渡っておいて、よく懲りずに彼氏と美人局なんてできたな。斎藤は殺されたのに」

 さすがに擁護しづらいのか、由梨奈は「悪く言わないでって」と堀田を諫めつつもばつが悪そうに口籠った。

「なんか……韓国系マフィア?の構成員が引っかかっちゃって、流石にパパもすっごく怒ったみたいで。それでさあちゃん、パパを言いくるめて全部斎藤から指示されて何も知らないまま従ってたことにしたみたい」

「とんでもねえ女だ……」

「それ、パ……藤峰連合の組長は信じたのか?」

「そりゃ二十歳ちょっとの娘がエンコービジネス立ち上げたなんて思わないし……女が人を騙してお金稼げるほど賢いって思ってないんですよ、あの人たち。だから騙されるし信じちゃうんです。ね」

「…………」

 二人は反論できずに押し黙った。けなされているのは斎藤と藤峰連合の組長なのに、由梨奈の言葉は何故か耳に痛い。由梨奈は話すうちに興が乗ってきたのか、あくまでも声は潜めつつも表情を生き生きさせて話を続けた。

「さあちゃんがいうには、斎藤は韓国マフィアに身体を引き渡されることになったみたいなんですけど……責任をなすりつけられたからって、斎藤があの子に殺すだの道連れだの脅したり、最終的にはあの子が入り浸ってた彼氏のアパートに乗り込んできたみたいで。……けど堀田さんの話を聞いた感じ、結局斎藤は藤峰に殺されちゃったんですね」


 一気に話し終えると、由梨奈はコーヒーのおかわりを作りにキッチンに引っ込んだ。堀田はそれを目で追い、由莉奈がいまだキッチンに居座る佐々木と談笑し始めたところで椅子の背もたれに身を預けた。

「だいたい分かったな」

「何が?」

「……高瀬、お前少しは自分で考えるそぶりくらい見せろよ」

「考えたってわかんねえならお前に聞いた方が早いだろ。コスパって言うんだろこういうの」

 うまいこと言った。とでも言いたげに高瀬は眉を上げて見せた。堀田は深く嘆息してズボンのバックポケットからパーラメントの箱と携帯灰皿を取り出す。煙草を一本押し出して唇に挟むと火をつけて頬をすぼめた。

「……つまりだ。美人局女——沙里奈に唆されて援助交際の斡旋で一儲けしていた斎藤が、海外マフィアの構成員を引っ掛けてしまった。そのせいで藤峰連合がと海外勢力と揉めかけたと。大事になる前に対処しようと藤峰が援助交際ビジネスの元締めを探りだしたところに、それを察した沙里奈が藤峰の組長に全ての責任は斎藤にあると説明した。藤峰の会長はそれを鵜呑みにして斎藤に落とし前をつけさせようとしたが……」

「斎藤ちゃんがキレてさあちゃんに復讐しようとして、それにキレた藤峰の組長が斎藤ちゃんを殺した」

「お前、反社のことになると急に飲み込み早いな」

「へへへ、そうか?」

「褒めてないんだが」

 心外そうに目を丸くする高瀬を無視して、堀田はちょうど戻ってきた由梨奈からコーヒーのおかわりを受け取った。

「ちゃんとした灰皿もありますよ」

「もらうよ、ありがとう。佐々木は?」

 由梨奈は小首を傾げて廊下の方を見た。

「アイス食べながらどっかいっちゃいましたけど……」


「あー!」

 すると廊下の奥から佐々木が叫んだ。リビングにいた全員が廊下に注目する。

「どうした、佐々木!」

 高木が呼ぶと、肩をきゅっと狭くした佐々木が、溶けかけたアイスを舐めながら極まり悪そうに笑って出てきた。

「ははは……アイス、た、垂らしちゃっただけ」

 ごめんごめんと頭を下げる佐々木。堀田と高瀬は脱力して彼を睨んだ。佐々木は残ったアイスを文字通りペロリと口の中に収め、ちらりと廊下の外を見たが、堀田と高瀬と目が合うと誤魔化すようにへらへら笑った。堀田と高瀬は顔を見合わせて眉を顰めるが、佐々木は二人から離れ、

「ばーにら、ばにらばーにら」歌いながらソファに沈んだ。

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