隙間の希望

 配達終わりの夜中、単車が田舎道を走る。


 ガラクタ置き場で薪を割り終えた平八。

 両手で持てるだけ薪を抱える。

 砂利道を進む。

 ふぅ、と息を整えた瞬間だった。

 つま先が大きな石ころに引っ掛かる。

 ぐらつく衰えた足腰。

 前へ傾いていく――。


 ヘッドライトが揺らいだ。

 レバーを握り、ペダルを踏む。

 強く重い音が一瞬。

 薪が散らばり、単車は横転。

 よろけながら起き上がる正蔵は目の前の出来事に焦りを覚えてしまった……――。





 正蔵は静かに瞼を開ける。

 無表情で布団から起き上がって、ふぅ、と息をつく。

 寝室を出ると、息子がスーツを着て出勤の準備。

 ネクタイを整えたあと出て行く。


「……」


 静かに見送ったあと、孫の寝室を覗いた。

 魘されている。

 表情を歪め、心地よさのない寝顔。


「…………」


 扉を閉め、正蔵は家を出た。

 薄明りの早朝、涼しさが残る時間帯、ガラクタ置き場を通り越した先にある階段。

 ゆっくり上る。

 1段を踏みしめて、慎重に。

 墓石が見えてきたところで正蔵は目を丸くさせた。

 笹井家の前で背筋を伸ばし、黒く染めた髪を後ろに結んだかなたの祖母。


「おはよう、正蔵さん」


 優しさと淡さが交じる声。


「あぁ……おはようさん、今日はいい天気だなぁ、デイサービスに行く前にちょっと散歩してんだぁ」


 正蔵は皺を寄せて笑顔を浮かべる。


「デイは昨日行ってたじゃないか」

「そうだったか? 最近じゃ曜日も分からんくなったなぁ」

「よくまぁ平八の前で言えたもんだね。また、逃げるのかい?」


 笑顔を止めない。


「なんの話かなぁ……腹減ってんだ、朝飯、食いにいかんと」

「あの薪、単車の部品、片付けてやったのにね」

「…………え」


 気の抜けた声が漏れる。


「もう諦めな、正蔵さん」


 淡さが消え、苦し気に優しく呟かれた――。

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