変えたくないもの

 海原家の玄関は固く閉ざされていた。

 不安に駆られてしまう。


「ひゅうちゃん?」


 裏手に回ってみると、自転車がない。

 どこかへ出かけていることは理解できたものの、不安は消えない。

 スマホを使ってメッセージを送る。

 すぐに返事は来ない。

 垂れ目は落ち着かず、あちこちに目を動かす。

 自宅の裏庭から自転車を出した。

 慌てて跨り、前傾姿勢で力強くペダルを踏む。

 田舎町の道路からあぜ道に入り、川沿いを走る。

 まとわりつく汗、時々額を拭いながら前進していく。

 神社の周辺を見回してみるが、いない。

 橋を渡り隣町へ。

 川の下を覗いたり、木々の間を睨んだり、とにかく探す。

 大きな道路の隅。

 どこかの屋上を見上げる。


「……」


 冷たい汗が止まらない。

 顎につたう汗を拭い、公園内の木陰へ。

 しゃがみ込んでスマホを取り出して見ると、返事が来ていた。

 3文字。


「へぇっ?」


 間抜けな声が出る。

 同時に安堵の息を吐く。

 短いやり取りのあと、木陰で涼みながら待つことにした。

 数分後には買い物を終えたひゅうちゃんが公園へ。


「ハジメ君……」


 ロブヘアの前髪に紺青のガラス細工が装飾されたヘアピンをつけたひゅうちゃん。


「あ、ひゅうちゃん! 家に行ったらいなくてさ、なんか、ちょっと探しちゃったや」


 短い髪を掻いて微笑む。


「…………」

「えーと勝手に心配した。ごめん」


 ひゅうちゃんは首を振る。


「…………何もしなくていい」

「ひゅうちゃん?」

「おじいちゃんは認知症だから、言ってること全部真に受けないで」


 淡々と呟く。


「ひゅうちゃん……とにかく帰ろ、帰ってから話そうよ」


 また小さくひゅうちゃんは首を振る。

 ハジメよりも先に、自転車に乗って田舎町に帰っていく。

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