曇らすもの

 夏休みの宿題をかなたとハジメが取り組む。

 リビングで、定期的に。

 ここにひゅうちゃんはいない。


「ひゅうちゃんは、どうしたの?」

「気分が優れないんだって、寝てる」

「そうなんだ……ふぅん」


 シャープペンシルの芯が走る音がハッキリと聴こえる。


「この前家族が出かけていなかったとき、ご飯とか自分で炊いたの?」

「んー……えぇ?」


 間抜けな声と一緒に顔を上げた。


「うん」


 かなたは問題文から目を離さずに頷く。


「あーそうそう、みんな勝手にでかけるからさ、それに……タケル先輩もいたし」

「あの先輩を泊めたの?!」


 前のめりになって訊ねる。


「だって自転車パンクさせてたし、家に帰らないって話だからさぁ、なんかさすがに放っとけないじゃん。何より、家族とうまくいってないみたいだから、ね」

「そりゃ、そうだけど、大丈夫だったの?」

「うん、なんか起きたらいなくなってたんだよなぁ」

「ふーん、なぁんだ、てっきりひゅうちゃんかと思った」


 不安なまま呟く。

 ハジメは垂れ目に優しい笑みを浮かべ、

 

「まさか、ひゅうちゃんは今生きて呼吸をするだけで精一杯だから俺達が傍にいなきゃ」


 噛みしめる。

 ふぅ、と息を吐き出したかなた。


「どうして何も教えてくれないのかな」


 震える指先。


「多分だけど正蔵さんが原因だと思う」

「おじちゃんが?」

「きっとひゅうちゃんは、正蔵さんに脅されてる。タケル先輩に訊いても、お前らは関わるな、の一点張りだしさ」

「脅し? でもおじちゃんは認知症なんでしょ、曜日がいつとかデイがいつとか分からないのに、脅しなんてできないと思うけどな」


 ハジメは首を振った。


「時々怖い時あるじゃん、なんか、別の意味で正気じゃない感じ」

「うーん……おばあちゃんに訊いてみようかな。幼馴染だし、もしかしたら何か知ってるかも」

「マジで!? ありがとうかなたちゃん!」


 満面の笑みで喜ぶハジメに、かなたは呆れた微笑みを返す。







 2階、ハジメの部屋。

 冷房を微かに効かせている。

 掛け布団に包まるひゅうちゃん。


「…………」


 聞こえてくる幼馴染の会話に、憂いに満ちた瞳をさらに曇らせていく――。

 

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