2人の世界
午前5時30分……――。
ひゅうちゃんは目を覚ました。
隣には片腕をひゅうちゃんの腰に乗せて眠っているハジメ。
そっと抜け出して体を起こす。
エコバッグから絆創膏や軟膏、包帯を取り出し客用の扉を叩く。
返事がなく、そっと開けてみる。
シャツを脱ぎ散らかし、タケルはパンツ一丁でスマホをいじっていた。
鍬の刃でできた切り傷。
割れた腹筋が目視で分かるほど鍛えられた肉体にも傷ができている。
「あぁ? なんだ朝から」
視線に気付いたタケルに睨まれてしまう。
「……ガーゼとか貼り換えないと、ばい菌が」
細い手元を見たタケルは大きく息を吐き出して、項垂れるように首を傾けた。
恨めしく唸った後、どうぞ、と手を広げる。
傷口を拭けば血が付着する程度、軽い切り傷には絆創膏を貼り、大きい傷には塗り薬を塗ってガーゼを当てて優しく包帯を巻く。
睨みを利かせた目線がずっとひゅうちゃんを捉えている。
憂いに満ちた瞳と黙秘を貫く唇、ロブヘアの毛先が微かに汗ばんだ肌に張り付く。
シャツの隙間から覗けるキャミソールの肩紐。
「はい……終わりました」
睨んだまま、何度か頷いたタケル。
「変な色気出してんじゃねぇよ」
突然の発言に戸惑う。
「あのジジイの孫じゃなけりゃ、どこかの倉庫に連れ込んでやってたかもな」
「…………」
「強引に何したってお前は罰だって受け入れんだ。なにも面白くねぇ」
「………………」
乱れる呼吸を整えようと首に指先を添えた。
冷えた空気のなか汗が滲み出る。
鼻で笑ったタケル。
「お前も被害者なんだよ、忘れんな」
立ち上がったタケルはシャツとズボンに着替え、そのまま橘家から出て行ってしまった。
数分かけて整えた呼吸で客用の部屋を片付けた。
洗面台で顔を洗い、歯を磨く。
キッチンで、研いだ米と水を炊飯器に入れて、スイッチを押す。
ハジメの部屋に戻ると、まだ眠っていた。
眉を少し歪めて隣を手探る。
そっと静かに、音を立てないようベッドに入る。
ようやく触れることができたか細い指先。
安心した表情でひゅうちゃんを抱き寄せる。
「……」
不安を抱いたまま、胸に顔を埋めた……――。
正午――。
空腹と共に目を覚ました。
「んぁ、あれ……何時?」
スマホに手を伸ばすと寝ぼけが飛ぶ。
「あぁーもう昼じゃん」
短い髪を掻き、胸で眠るひゅうちゃんを見下ろす。
ぐっすりと眠っている。
起こさないようそっと抜け出す。
キッチンには保温状態の炊飯器、客室は空っぽに整頓。
外は夏が降り注ぐ。
自転車がなくなっている。
「もう帰っちゃった感じかぁ、あの先輩」
ゆらゆらと陽炎が揺れる遠くを眺めたあと、洗面台へ。
水で軽く顔を洗い、歯を磨く。
部屋に戻ると、ひゅうちゃんがベッドに腰掛けていた。
「あ、おはよーひゅうちゃん……ご飯炊いてくれてたんだね、ありがと」
「おはよう……もう昼だけど、冷蔵庫におかず入ってるから……食べて」
「えっ! もう帰るの?」
戸惑うお互いの目。
「……帰る」
「いや! もうちょっとだけ、ちょっとだけ! いちゃつこう!!」
ベッドに寝転び、ひゅうちゃんを引き寄せた。
後ろから抱きしめ、首筋と耳にキスを繰り返す。
ひゅうちゃんは拒否を込めて小さく首を振るが、背後から唇を塞がれてしまう。
シャツの裾から手を入れ、キャミソール越しに控えめな胸を指先で揉む。
身を捩らせるひゅうちゃんの腰より下を足で絡ませた。
「ん、ちゅぅ……ふ……」
吸い付くキス、舌先を割り込ませる深いキス、と交互に続ける。
お尻に擦りつける硬くなったモノ。
膝で少しだけ片足を開脚させ、大きな手がショーツに伸びた。
固定されて閉ざすことができない。
隙間から指が入り込む。
「あっ、指……が」
もぞもぞと指が動く。
「だめ、だめ、だ……め」
また唇を塞がれる……――。
――……セミの声が鳴り響く田舎町に、1台、道路を踏みしめるタイヤの音がはっきり聞こえてきた。
ハジメは目を丸くさせる。
賑やかな家族の声。
「やば、予定より早いぃ」
「は……ぁ」
『ただいまぁー!』
玄関から届く明るい声。
ハジメは部屋の扉を施錠する。
「まぁ、滅多に入ってこないんだけど、一応鍵しめとく」
もう一度ベッドに這い戻り、ひゅうちゃんを抱きしめた。
「え、も、もう、やめた方が」
「声、抑えて……」
『あれ、米炊いてある』
『かなたちゃんがしてくれたんじゃないの』
『洗濯も、なんだ布団まで干してある。はじめは寝てるのか?』
2階に上がる足音。
ガチャガチャっ、とドアノブを回す音
腰の動きを止めた。
「……ふぅ」
「ん」
後ろ髪を撫で、舌を絡める。
『おーい、寝てんのか?』
返事をしない。
しつこくキスを繰り返す。
『ほんと夏休みだからってだらけやがって、夕ご飯抜きだからなぁー』
呆れ怒る父親の声が遠ざかっていく。
「あぶな、鍵しめといてよかったぁ」
「は、はぁ……ひぅ」
安堵したハジメと、快感に悶え、腰を小さく跳ねるひゅうちゃん。
蕩け切った赤らんだ表情に憂いな瞳、肌に張り付く毛先。
「あーえっちな顔、してる」
「……してな、い」
顔を横に逸らし、細い腕を隠す。
「好き、ひゅうちゃんの全部、好き」
耳元で囁く。
「やめ、て」
「好き」
優しく抱きしめ、ハジメは愛しい額にキスをする――。
「そんで、どうしよっかなぁ、窓から抜ける?」
「……うん」
「サンダル、持ってくよ」
「…………うん」
「ひゅうちゃん、俺のこと嫌い?」
潤んだ瞳は堪え、首を振って否定した。
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