お泊り
夕刻。
タッパーに詰めた一口大にカットした野菜と肉、炊いたばかりの白飯、調味料をエコバッグに入れる。
居間でのんびりテレビを観ているデイから帰ってきた祖父の前に夕ご飯を置く。
「今日はご飯早めだねぇ、どこかに行くんか?」
「うん……ハジメ君のところに、みんな留守みたいで、夕ご飯だけ作りに」
祖父は皺をくしゃくしゃにして笑顔を浮かべた。
「そうかそうか、うんうん、ひゅうちゃんは良い子だねぇ」
「…………」
呼吸を乱さないよう首に手を添える。
「この前助けてもらったんだ、いくら仲良しでもちゃんとお礼しないとなぁ。せっかくだし一晩泊まっておいな」
「……」
俯いてしまう。
ご機嫌な祖父に小さく頷いた後、シャワーを浴びた――。
ロブヘアの前髪に紺青のヘアピンをつけて、呼吸を整える。
扉を開けると、出迎えたのはハジメ。
「袋、持つよ。ありがとうひゅうちゃん。やっぱりそのヘアピン、似合ってる」
「…………ありがとう」
食材が入ったエコバッグをハジメに渡し、リビングに入ると、ソファに寝転ぶタケルがいた。
ハジメのシャツを借りているが、太い筋肉で今にもはち切れそう。
スマホをいじり、ひゅうちゃんを睨んだ。
渋々と体を起こす。
「よく俺を泊めようと思ったな」
「困った時はお互い様ってやつです。ま、喧嘩した仲ってことですし、あ、ひゅうちゃんに乱暴なことしたのは許してないっすから」
「いちいちうるせぇな、そんなの分かってんだよ」
舌打ちをして再び寝転んだ。
「…………大丈夫」
広い背中に呟いたあと、キッチンに向かった――。
調理に使った食器や器具を洗うひゅうちゃん。
リビングでは夏野菜カレーとサラダ、唐揚げにかぶりつく男子2人。
ハジメは目を輝かせて食べ、タケルは終始何も言わずに食べる。
おかわりを何度かした後、ハジメは空になった皿をキッチンへ運ぶ。
皿を受け取り、すぐに洗う。
「美味しかったぁ、ひゅうちゃんの手料理、ホントは独り占めしたかったんだけど」
本音を小さく零す。
「……優しいねハジメ君」
「色々あるから、家族とうまくいかないって凄い孤立感あるし、だから、ねっ」
「……うん」
皿洗いを終えたあと、リビングに集まる。
「で、タケル先輩はこれからどうするんですか?」
「どうもこうも、お前らに言うわけないだろ」
「えーでも、このまま家に帰らないんでしょ」
「しつこいんだよ、ほっとけ!」
これ以上は答えない、とソファに寝転んで背中を向けた。
「先輩ここで寝るんすか? 客用の部屋使ってください」
軽く手を上げて返事をするだけ。
「はいはい、布団だけ敷いときますから、ちゃんと部屋で寝てくださいよー。ひゅうちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」
静かに頷き、1階の押し入れから布団を取り出す。
奥にある客用の畳部屋は熱がこもっていて、開けただけで汗が滲む。
エアコンをつけて冷房に設定。
敷布団、シーツと枕、掛け布団と敷いた。
「ひゅうちゃんも泊まってく?」
「…………あ、えと」
ロブヘアを耳にかける仕草をして、俯く。
「……一応」
「じゃあ、えー俺の部屋、でもいい?」
「…………寝るだけなら」
「え、ね、ねる、だけ?」
「寝るだけ……なら」
曖昧な笑みを浮かべたハジメ。
2階のハジメの部屋に入ると冷房の風が肌を冷やす。
携帯ゲーム機、様々な殺虫剤がまず目に入る。
学習机と、ハンガーにかけた学生服。
シングルベッドにあぐらをかいて座った。
「あんまり、変わってないね」
「そんなちょっとじゃ変わんないって、ひゅうちゃんこっち来て」
手招かれ、ベッドに座ろうとすると、背中から手を回される。
あぐらをかいた上に座る形に。
「…………」
「ひゅうちゃん、正蔵さんのこと、言えない?」
喉に手を添え、眉を動かす。
「無理に言わなくていいけどさ、俺、正蔵さんの怖いところ知っちゃったから、勝手に心配しちゃってる」
「…………」
「なんか目離したらどこかに行っちゃいそう。こんなの自分勝手だけどさ、少しでもいいから役に立ちたいんだ」
じわり、と滲む冷たい汗。
か細い指先を包み込む大きな手を握り返す。
しっとりした頬に唇が触れる――。
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