偽物の居場所
落ち着かないハジメはブーブー風船をストローで膨らませて、間抜けな音を鳴らしながら抜けていく様を眺める。
「もーうるさーい」
「明日は東京に出かけるんだから、はやく寝なさい」
「東京?」
「兄貴は連れて行ってあげなーい」
ハジメはどうでもよく、あぁ、と呟く。
「どうしたの?」
「奏多ちゃんとデートに行ってフラれたんじゃない」
「絶対しょうもない悪戯をしたんだ、うちの親父そっくりだよ」
家族に言われ放題。
ハジメは手を下ろし、立ち上がる。
「ちょっと散歩してくる」
「こんな時間に?」
家族の呼びかけに応えない。
ポケットに入った紺青のガラス細工が装飾されたヘアピンを少しだけ出して見つめる。
優しく壊さないようポケットに戻して田舎道を駆け出す。
ガラクタ置き場に入った。
相変わらずのゴミだらけ。
スマホの明かりで辺りを照らす。
奥に進むと墓地に繋がる階段がある。
側には自転車が置かれていた。
「自転車……」
気持ち悪さに足が速くなる。
一瞬小石で滑りそうになるが、体勢を直して上がっていく。
最初に映り込んだのは、横たわっているひゅうちゃん。
そして、鍬を振り翳したひゅうちゃんの祖父、正蔵。
血だらけで抵抗もせず、正蔵を睨んでいるタケルもいた。
声を出すよりも体が反応してしまい、前のめりに駆け寄る。
正蔵を羽交い絞めにする。
すぐ様タケルは鍬を奪い取り、林の中へ放り投げた。
「……」
「何やってんすか、正蔵さん!」
いつものニコニコとした表情は無。
タケルは頭や鼻からと血を垂れ流し、正蔵を睨みつけている。
「大丈夫、ひゅうちゃんは気を失っているだけだよ。オレが遅れてたらひゅうちゃんはこの子に殺されるところだった。なんの罪もない子を手にかけるなんてなぁ、酷い話だ」
鼻を摘まんで血を飛ばす。
「平然と被害者ぶってんじゃねぇ! チッ……ジジイ、いつか絶対地獄に落としてやるからな」
ふらふらと立ち去っていく。
「…………ひゅうちゃん、大丈夫かい?」
「ひゅうちゃん!」
ひゅうちゃんを抱き起こして、反応を待つが少し表情を歪めるだけ。
首に薄っすらと青く内出血の痕がついていた。
「……大丈夫そうだね。はじめ君、今晩泊まってやってよ」
「え、あ、でも」
「ひゅうちゃんに辛い思いさせたくないんだ。はじめ君、ひゅうちゃんのこと少しでも好きになれたかい? 奏多ちゃんよりさ」
皺ひとつ動かず、淡々と訊ねる正蔵。
「い、いきなりなんすか、今それどころじゃないですよ」
「病院なら明日でも連れてってやる。あの小遣いじゃ足りねぇか? いくら払ったらひゅうちゃんを好いてくれんだ?」
豹変した態度に言葉を失う。
「奏多ちゃんの方が明るいし、優しいし、頑張り屋で健気で、可愛いもんな。ひゅうちゃんは……可哀想に、空っぽだもんな」
何ひとつ状況が呑み込めず、とにかくひゅうちゃんを抱え、逃げるように家へ戻っていく。
取り残された正蔵は『笹井平八』の墓石に微笑んだ。
「お前の孫には悪いけどなぁ、ひゅうちゃんには居場所がいるんだ。単純で愚直なはじめ君が一番手っ取り早い。あんなにも良い孫、死なれちゃ、なぁ? 平八」
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