胸の内
親友だから全部、全部全部、仲良しだってことはないだろう?
鍬が石段を削る。
階段をゆっくり上り、正蔵は誰かに話しかけるよう頭の中で語る。
親友のことはなんでも、知っている。
町のみんながお前を頼りにする。
曇りない真っ直ぐな性格と仲間想い、それから、渋い大人の容姿。
全部、お前が持って行くんだよ。
初恋の相手もお前が。
友人達からの人望もお前が掻っ攫う。
オレの息子も嫁も。
家族の為に夜遅くまで働いてるオレと違う、頭の良さも、器量も、体も。
なのにいつも一番近くにいたのはお前だ。
晩酌の付き合いも、悩みも、信頼も。
でもな、孫のひゅうちゃんまで取らないでくれ。
眩しい笑顔をお前に見せているんだと想像するだけで、器量が狭くなってしまう。
お前が失態をやらかしたところは、きっと誰も見たことがない。
見せたくないんだろ、酒で失敗するところ、意外と不器用なところ、いつも隠したがっていた。
自分は完璧な人間、と演じるだけで精一杯なんだろう? 平八。
お前を助けてやりたかったんだよ、本当は。
あの時救助を優先すれば一命を取り留め、お前は許してくれるだろう。
『ドジを踏んだのは俺だから、お前は悪くない』
でもな、お前がいくら許してくれたって、周りはオレを許してくれない。
町で一番慕われているお前を責めたりする奴はいない。
オレが全部背負うハメになるから。
だから焦ってしまったんだ、全部壊れるんじゃないか、オレなりに築き上げた関係が全て無しになるって考えたら怖くて仕方がなかった。
幸い夜で目撃者もいなかった、いや、いた。
ひゅうちゃんが、偶然見てしまった。
オレを見る曇った瞳、震えて呼吸もまともにできない可哀想な孫の表情。
最近じゃ鬱陶しく嗅ぎ回るあの少年に怪我をさせられた。
それでも、全てを失うことの方が怖くて……言えない。
だから、ボケたフリでもしてデイサービスに行かないと、気が狂いそうだ。
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