海原家の空間

 2人の誘いに、首を振ったのはひゅうちゃん。

 お下がりの赤い浴衣を着たかなたと、短パン、襟シャツとラフな格好のハジメ。


「……人が多いと酔っちゃうから」


 呼吸を整える。


「本当に行かないの? ひゅうちゃんも」


 大きな手が伸びる。

 ひゅうちゃんは腕を引っ込めた。


「……ごめんなさい」


 俯き、謝ることしかできない。


「もーひゅうちゃん、何か買ってくるから来年必ず3人で行こう、ねっ」


 ただ小さく、曖昧に頷いて応える。

 砂利とレールが擦れる音が響き、扉が閉まった。

 まともな呼吸ができるようになって、力が抜けていく。


「はじめ君達と行かんのかぁ?」


 居間から顔を出した祖父に、


「うん……」


 静かに答えた。

 居間に入れば、父親はビール瓶を手に寝転んでプロ野球のナイター試合を観ていた。


「……」

「…………」

「………………」


 ひとつも会話が生まれない空間。

 おつまみで作ったキュウリと肉みそ和えとビールが減っていく。 


「おかわり……持ってくる」

「うんうんありがとうね、ひゅうちゃんは本当に良い子だよ。な、晴吉はるよし


 返事をしない。


「やれやれ」

「……取ってくるね」


 皿を持ってキッチンへ向かう。

 冷蔵庫からキュウリの肉みそ和えが入ったタッパーを取り出す。

 ついでと冷えたビール瓶も出しておく。


「はぁー」


 大きな溜息を吐きながらキッチンに入ってきた父親。

 赤い顔に不機嫌と無愛想を織り交ぜ、空のビール瓶をカゴに戻す。

 冷たいビール瓶を掴んだ。


「……」


 皿に移し替える背中を数秒ほど眺める。


「小遣い、いるか? 祭り、友達と」


 不器用を背負いこんだ口調。


「……え?」


 思わず振り返った。

 娘と目が合うと、肩を跳ねさせて怯む。

 難しく唸り、軽く首を振る。

 早足で居間に戻ってしまう――。

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