嫌と欲

 


 はぁはぁ、と息切れを起こす。

 軒先に隠れ、女の子は喉を押さえた。

 軽トラが静かに唸る。

 荷台にブルーシート、その上に○○を乗せ、汗を拭いながら運転席へ。

 軽トラは真夜中に走り出す。


 女の子はへたり込んだ。

 単車のフロントは曲がり、単眼ライトが横を向き、カゴも捻れてフェンダーが歪む。

 細い車輪がぐるぐる、女の子の頭で回った。

 音は強くなく、静かな夜だった。

 焦りに支配されたあの顔と目が合う。

 女の子は髪をくしゃくしゃに掻き乱す。

 

 明るさを消すように瞳が霞む……――。



 悪夢から目を覚ました。

 どんどん近づいてくる、鮮明な悪夢に汗と涙が止まらない。

 微かな痙攣が起きている。


「ひゅうちゃん、また悪い夢見たの?」


 優しい声。あぐらをかいて、眠っていたひゅうちゃんを覗くハジメがいた。

 出血は止まったものの、絆創膏を貼りかえて完治を待つ笑顔。


「……あれ、約束、してた?」

「してない。かなたちゃんも家の用事で忙しいみたいだし、もう10時じゃん、寝すぎ。それか夢、見すぎ?」


 冗談を言い返す余裕すらなく、ひゅうちゃんは上体を起こす。


「俺じゃ、ひゅうちゃんの助けにならない?」

「……何もないよ」


 精一杯とぼけた返事をする。

 寂し気に目を細めたハジメ。


「気持ち悪かった? 起こすの躊躇うぐらい綺麗な寝顔してて、なんか、止まらなくて……さすがに気付いてるでしょ?」


 首を小さく振って否定する。

 大きな手が、ゆっくり伸びてきた。

 

「ごめん……そろそろ支度するから。ハジメ君、本当に……大丈夫だから、ありがとう」


 会話を止めて、洗面台に逃げる。

 最初に顔を洗う。

 歯磨きをする。

 呼吸を整える。

 鏡に映る顔はひどく疲れていた。

 殴られた痕の内出血。

 目元は赤く、涙で腫れている。

 吐き出せない言葉が多すぎて今にも溢れそうになのに、せき止めている喉。

 俯くしかない、ひゅうちゃんは前を見ることができず、だらしくなく扉を開けた。


「あ……」


 帰らずに待っていたハジメの足が映り込み、怯む。

 大きな手が震える手首を掴んだ。

 抵抗する前に引っ張られる。

 敷布団に押し込まれ、ひゅうちゃんよりも高い背丈に覆われた。


「や、めて……ハジメ君……」


 胸に両手を当て押し込んでも、びくともしない。

 熱い舌が、首筋に触れる。

 鼻や口から漏れる荒い息に、拒否を込めて首を振る。


「全部、話してよ、ひゅうちゃんのことを」

「…………」


 答えられないひゅうちゃんの暗い表情に、鼻先を寄せた。

 水玉のように柔らかい唇を啄む。

 ゆっくり密に触れる。

 抵抗を諦めたひゅうちゃんの指先は肩に絡んだ。

 悪夢か現実か分からないまま瞼を閉ざす……――。

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