たまには和やかに……

 目を覚ました。

 喉が渇いた。

 ひゅうちゃんは服を着替え、部屋から出る。

 洗面台には猫背気味の祖父が歯を磨き終え、コップと歯ブラシを片付けている最中。


「おはようひゅうちゃん、今日はゆっくりだね学校休みか?」

「おはよう……もう夏休み、だよ」


 少し俯いて控えめな声で答えた。

 ニコニコと笑う祖父は膝に手をついて屈む。

 俯くひゅうちゃんを覗くように見つめる。

 優しい皺に、ひゅうちゃんは目を逸らす。


「ひゅうちゃん最近元気ないな、前はもっと明るかったろ? どうした?」


 滲み出る汗は冷たく、つたう。



「夏バテかも、ちょっと喉渇いたから自販機……行ってくる」


 会話を終わらせて外に飛び出した。

 セミの鳴き声と少し離れた大きな道路から聞こえる自動車の音。

 田舎道沿いの田んぼが美しい緑を描く。

 時々通る軽トラや運送トラック。

 ひゅうちゃんは小さく息を吐き、隅を歩く。

 ドリンク自動販売機がある道端、その前でハジメが硬直したまま突っ立っている。


「……ハジメ君?」

「しーっ」


 人差し指を口元に当て、黙るようジェスチャーするハジメ。

 下に顔を向け、汗だくになりながら何かをジッと捉えている。

 ハジメの横に立ち何が落ちているのか覗くと、セミが空を仰いで地面に転がっていた。

 脚を外側に広げ、ジッとしているセミに、ひゅうちゃんは首を傾げる。


「ハジメ君……セミもう死んでるんじゃないかな」

「騙されちゃダメだ、ひゅうちゃん」


 セミに? と眉を動かす。


「よく見て、脚を外に開いてるだろ? これは体力がなくてもう終わりに近い状態なんだよ。少しでも近づけば絶対防衛本能が働いてピーピー鳴いて飛ぶんだ」

「……詳しいね」

「嫌いだから。もう想像しただけで俺、一歩も動けない」

「対処は……」

「近寄らない、でも今すごーく喉渇いてて、遠くのコンビニより自販機で買いたい」

「……どかそうか?」

「だ、ダメ、ち、近寄ったら」


 ひゅうちゃんは迷わずセミをそっと掴み、木の傍に寄せた。


「はい……」

「あ、あ、あぁああ」

「ジュース……何飲む?」


 繊細な指先で小銭を入れる。

 脱力気味にしゃがみ込んだハジメ。


「そーだで、お願い、します」


 自販機の下降から重たい音が鳴る。

 よく冷えた缶をハジメに手渡す、前に首筋へ。


「つめったぁあ!? なにすんのひゅうちゃん!」


 飛び上がるほどの冷たさに襲われて、垂れ目が細くなる。

 焦り戸惑うハジメ。

 ひゅうちゃんは、唇を強く噛みしめたあと、


「……なんとなく、かな」


 心を抑え込んだ。


「もーなんだよー、そうだ、あれから大丈夫? 髪とか引っ張られたでしょ」


 大きな手が黒髪に優しく触れようと伸びる。

 少し後退り、


「平気だよ。もう痛くないから……心配しないでハジメ君。ありがとう」


 冷えたソーダが入った缶を抱え、駆け戻る。

 

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