ひゅうちゃんと、ハジメ

 細い車輪がぐるぐる回る。

 散らばる乾いた音。

 遅れて太い車輪が激しい回転でやってきた。

 飛び出す影、ひゅうちゃんは感情を抑え込んだ……――。






「ひゅうちゃん……っ」


 突然の声に目を覚ました。

 瞼を開けると天井、やや斜めに少年がいた。

 短めの髪に少し垂れ目。

 遠くを見つめる惚けた表情と、ひゅうちゃんの手に生暖かい感触が残る。


「……ハジメ君? え?」


 ゆっくり覚醒していく意識のなか、手首を掴んだまま離さないハジメとようやく目が合った。



「あっ!? おは、おはようひゅうちゃん」

「おはよう……なに、してるの?」


 気まずそうに、夏のせいか汗だくで、ゴソゴソと衣服を整えている。 



「今日、3人で宿題をするって約束しただろ? 時間になっても来ないから、呼びに、来ただけ。それだけ! 早く支度して俺の家な、じゃあっ!!」


 大きな足音を立てて部屋から出ていく。

 ゆっくり体を起こす。

 手に残る生温かい感触と、布団についている白濁とした粘り気のある液体。

 部屋に充満する塩素のようなニオイ。


「え?」


 情報を整理する暇もなく、とにかくティッシュで拭き取る。

 着替えをして、手洗い、歯磨き、洗顔を始めた。

 必要な宿題や筆記用具を鞄に詰める。

 玄関には猫背気味の祖父が座っていた。

 唇を噛んだあと、ひゅうちゃんは呼吸を整えて玄関へ。

 スニーカーにつま先を通し、かかと紐を指先で摘まんでしっかり履く。


「行ってきます……おじいちゃん」

「おう、行ってらっしゃい」


 ニコニコと祖父は見送る。

 扉を閉める時、祖父の隣に目をやると、デイサービス用の鞄が置かれていなかった。



 隣の似たような家、田舎町の夏。

 畑と劣化が始まっている無音の道路と木と山ばかり。

 セミの鳴き声が良く通る。

 ハジメの家に入れば、既にかなたとハジメがリビングで宿題を広げている。


「よし、やるか。分からないところは俺が教えるからな、ひゅうちゃん、かなたちゃん」

「おはようひゅうちゃん、寝坊なんて珍しいね」

「……うん、ちょっと、変な夢見てた」

「変な夢?」


 一瞬、ハジメに目線を動かしたが、合わない。


「……もう覚えてないの」


 ひゅうちゃんは、手首をギュッと握り締めて抑え込んだ……――。

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