最終話・追想(後編)
「なんか懐かしいな」
「何が?」
「その瞳と——」
彼女は人差し指で私の頬を掠るように撫でて。
「——この涙」
そう言うと指先についた雫を見せびらかしてくる。
「私達が初めて話した時のこと、覚えてる?」
先輩達がバイトを辞めた後、私は意図的に連絡の頻度を落とした。関わることで醜くなっていく自分を許容できなかった。
それから再び訪れた孤独は淡々と日々を過ごす他なく、やりたいことがなくなり、親や教師に言われるがまま——バイトは程々に——勉強に打ち込んだ。
大学生となり一人暮らしを始めたのは強い意志があっての選択だが、天文サークルに入ったのは気まぐれの要素が大きい。
あの頃の私は星ばかり探していた。二人の面影ばかりを、漠然と求めていた。
「あれはびっくりしたなぁ。とびきり可愛い子がものすごく寂しそうに星眺めてると思ったら、いきなり泣き始めたんだもん」
サークルに入って初めて天体観測を行なった夜、私は仁美に声をかけられた。『泣くほど綺麗?』と。
「
仁美の右手が、私の左手を握った。強く、強く。
「私、負けないよ」
「……?」
「思い出を眺めてる暇なんてないくらい、私との今で埋め尽くしてあげるから」
なんて強いのだろう。なんて広いのだろう。なんて優しいのだろう。私の迷いに塗れた心を見透かした上で、こんなにもまっすぐな言葉を伝えてくれる彼女が、たまらなく愛おしい。
「ん。……ありがとう」
今でも時折、思い出す。即席の寝袋に包まれて、流星群を追いかけたあの時間を。
「ねぇ仁美、タイムスリップができるならいつに戻りたい?」
私は、これまでに何度も振り払ってきた問いをぶつける。
「戻らない。って答えはあり?」
すると彼女は『そんな質問は暇つぶしにもならない』とでも言うように即答した。
「あり。でも、どうして?」
「だって今がこんなに幸せなんだもん。過去に戻ってる時間がもったいないよ」
「っ……」
その答えに、まるで、私の全てを肯定してもらった気がして。
せっかく平常になりかけていた涙腺が、じんわりと熱を帯びる。
「そっか」
「美皓は?」
「私も同じだよ。一言一句、ぴったり一緒」
「なにそれ嬉しぃ〜」
甘えるように覆い被さってくる仁美を、今度は私が抱きしめた。
「今度さ、二人だけで星……見に行きたい」
「賛成! なんなら今から準備して行っちゃおうよ!」
「今日は曇ってるよ?」
「いいのいいの。曇ってたって、見えなくたって星はあるんだから。二人で頭空っぽにして夜空眺める時間があってもいいんじゃない?」
自信満々に言い放つ仁美。ここまで格好いいとずるいとすら感じる。でも……。
「……そうだね。確かにそうだ。見えなくたっていいじゃんね」
「おっ、珍しく素直~」
ぐりぐりと、されるがままに頭を撫でられながら思った。
ありがとう。
もしも独りぼっちだったら……私はきっと、今でもあの想いを引きずって、この招待状だってビリビリに引き裂いていたかもしれない。
けれど、仁美がいてくれるから、現実を受け止められた。
私は確かに、二人に恋をしていた。
そして、失恋した。一度に二人分の失恋をした。
砕け散ったその欠片をようやく、遠くから眺められるようになって、その美しさや尊さを知ったんだ。
この記憶があるからこそ——失うつらさを知ったからこそ——私は今、目の前にいてくれている人を、大切にし続けたいと強く思う。
「ねぇ。見えないだけで、きっと流れ星もどこかにあるよね?」
こんな私の馬鹿げた疑問にも、仁美は真摯な声音で答える。
「当然。見えないだけで、確かにあるよ。宇宙にも、誰かさんの胸の中にも」
「……お見通しだね」
「まぁね。そんな美皓も大好きなので」
二人と過ごした最後の夜、満天の流星群を見上げながら、私は何一つ願うことができなかった。
時は経ち、今日は曇りだ。それでも、あの時と同じように、ゆっくりと瞳を閉じ、仁美の手を強く握り返して。
アザちゃん、ウメ先輩。遅れてごめんね。どうか、どうか、幸せになってね。
仁美。これからもずっと、私の傍にいてね。
今度こそ——目には見えなくたって——確かに煌めき続けている流星群へと、願いを込めた。
初恋も散れば流星群 燈外町 猶 @Toutoma
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