第3話・2+1(前編)
そんな私が肩透かしを食らうほどあっさり、二人の関係は同僚から恋人へと移ろいだ。
つまりは私がどういう行動をするかなんて大した問題ではなく、ただ、二人の間に新しい風が吹けばよかった。それが私だったというだけだ。
×
二人の気まずさを払拭するためにまず私が行ったのは、アザちゃんの意思確認だった。
なぜならウメ先輩はアザちゃん大好きオーラが全身や行動から滲み出ていたけれど、アザちゃんの好きがそういう好きかは判然としなかったから。
「もし本当にキスされてたらどう思ったんです?」
「……別に……嫌じゃ、なかったですけど?」
日本語が変になりながらも答えてくれたアザちゃんの表情は、誰がどっからどうみても脈アリ。
私は表面上では「そうですか」とクールに答えながらも、心の中では血管が浮かぶほど力強くガッツポーズを決めていた。
と、なれば話は早い。
二週間後に控えているウメ先輩の誕生日にプレゼントを渡して、そのときにありのままの気持ちを伝えちゃえ! と、なんの根拠もデータもなく背中を押した私へ――
「じゃ、じゃあじゃあ、一緒に選んでくれる? プレゼント」
――と、上目遣いのアザちゃん。正直可愛すぎて、それはちょっと荷が重いですと断ることはできなかった。
ウメ先輩への罪悪感を覚えつつ二人で桜木町に買い物へ行き、アザちゃんは革のキーケース、そしておしゃれなハットをプレゼントに購入。私は無難に入浴剤セットを購入し、ひとまず買い物を終える。
「私結構高所恐怖症でさ~あれ乗ったことないんだよねぇ」
商業施設を出たあと、アザちゃんはみなとみらいを象徴するように華美で巨大なコスモクロックを見上げつつ言った。
「しーちゃんは乗ったことある?」
しーちゃん、とは、私のあだ名だ。人生で初めて誰かからつけてもらったあだ名。
「小さい頃に一回だけ。でももうほとんど覚えてません。せっかくだし乗ってみます?」
「実はちょっと興味はあって……」
そうだとは思った。本当に苦手な人で、絶対に乗りたくないのなら、話題にすら挙げないだろう。
「ビビりまくっても引かない?」
「引きませんよ。私もたぶん、そんなに余裕ないと思います」
×
「無理過ぎたね!」
地上に到着してからの第一声を、無理やり作った笑顔で放ったアザちゃん。足はまだ震えており、私の腕にしがみついてきた。
「しーちゃんと乗っといて良かった! こんな感じのノリでウメちゃんと乗ったら幻滅されちゃうところだったよ」
「いえ……ウメ先輩、絶対喜ぶと思うので絶対乗ってください」
「え!?」
私は私でそこまで高いところが得意ではなかったが、アザちゃんの……天然人たらし性能のやばさを思い知ってそれどころではなかった。
普段の元気いっぱいな彼女から一転、慎ましくじっとしつつ、風でゴンドラが揺れれば私の腕をんぎゅっと抱きしめてきて……爽やかに香る甘めの香水と柔らかさと温かさにクラクラして……。
「ウメちゃんって私がビビる姿みて喜ぶの……? ドSなの……?」
「そうじゃないんですけど……とにかく、絶対」
アザちゃんには悪いけれど、ウメ先輩の想いを知りつつあの幸福を私が独占してしまってはバチが当たる。
「え~……ん~……わかった。しーちゃんが……そう言うなら……!」
結局。
後日二人に呼び出された私がニマニマを抑えられないアザちゃんから聞いた話によると、ビビりまくるアザちゃんに『ずっと離れないから大丈夫だよ』や『どんな怖いことがあっても、絶対私が守るから』等、ウメ先輩が格好良く言い切ってそのまま良い雰囲気になってお付き合いすることになったらしい。
私はあえて自分から根掘り葉掘り聞かず、クールに「そうですか、おめでとうございます」とだけ返した。もちろん、心の中では特大のガッツポーツを決めて。
×
やがて、アザちゃんの誕生日がウメ先輩の誕生日から二ヶ月後にやってくる。
その頃には二人が纏っていた浮ついた空気も少しは落ち着きはじめ、周囲が「なんだ、ようやくいつも通りに戻ったか」と安心するくらいには馴染んでいた。
それでもたまにアイコンタクトを交わしてはニヤついていたりしていて、そんな瞬間を遠目で発見すると私も一緒になってニヤけてしまった。
それから、二人は相変わらず私を遊びに誘ってくれた。唯一二人の関係を知っている私としては、「もっと二人きりで遊んで……!」と気が引ける思いではあったけれど、大好きな二人から声をかけてもらえるのはやっぱり嬉しく、ひょこひょことついて回った。
パンケーキが美味しいカラオケ、郊外にある寂れた映画、真夜中のラーメン屋、早朝の海……。
運転席に座るウメちゃんと、助手席に座るアザちゃんの後ろ姿。そしてルームミラーに映る私の眼福とも羨望とも取れない瞳は、今でも忘れられない。
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