遙か

かぎろ

 マヤが私を呼んだ。そのため、私はマヤのもとへ移動し、かがんで、頭を撫でてやった。マヤは満足げに息を吐き、笑顔を見せた。私はかがむ時にくの字に折っていた体を元に戻すと、背筋を伸ばして腕をだらりと下げる。9ミrA星人は地球人とは異なり、肩~指先が胴体よりも長いため、腕を下げた場合脛のあたりに指先が位置する。マヤが私の手をとった。マヤは地球人の幼体で、私の3.1メートルの身長には及ぶべくもないが、私がこうした姿勢でいれば、指先まではマヤでも手を届かせることが可能だ。


「宇宙人さん、今日はね、きれいなお花を見つけたの! あっちだよ、きてきて!」


 きれいなお花というのは、シ8Utエのことだろう。わかりきってはいたものの、マヤにそう指摘をすれば機嫌を損ねられてしまうのは以前に学習している。私はマヤに六指を引っ張られ、古ぼけた都市の庭園を歩いた。歩調を合わせて。


「あのね、お池のね、ほとりにね……」

「マヤ。前を見て歩きなさい」

「大丈夫だもん。っと、わわわっ!?」


 苔の生えた広い石畳は部分的に破損しており、砕けた拍子に段差が形成されている場合がある。マヤはその段差に踵をぶつけ、転びかけたため、私が腕を伸ばして抱きとめた。


「びっくりしたー。ありがとー、宇宙人さん」

「問題はない」

「もー! こーいうときは、どういたしまして!でしょ!」

「どういたしまして」


 なぜ私が叱られているかのような状況なのかが不明だ。

 地球人をコレクターから保護するために私たちは活動しているが、最近保護したマヤは、こうしていつでも私を振り回す。


 マヤが、素直に言うことを聞いた私に対し、「んふふー」と笑顔を見せた。そして、また私の手をとって、向こうに見える花壇へと歩行を進めた。

 出会った初期のような戸惑いは既に私にはない。

 初期は、マヤに笑顔を示されるたび、手のひらで触れられるたび、私の体内に得体の知れない感覚が巡り、安堵と焦燥と歓喜と苦痛が綯い交ぜになったその感覚に、脳の処理がエラーを起こしていた。今は、そのエラーはない。この感情を理解し、受容したためだ。問題の答えは明らかである。それは下記のように説明できる。

 まず、私の動力源であるレiオル7ナ粒子を◇とする。次に、マヤの根幹であるフィ678ntを☆とする。そのうえで、メarKエアMo8の絶対式に8kオ96lエニピ1ウを再演希釈する。


   メar-Ω-セrIミ-Δ-◇-オ96lエ-☆ ~ リh5エ


 これにより叡界淵でいうところの『劫犀』のように、◇と☆はmシ9アする関係にあることが制覧できる。つまりこのリh5エこそが解林総永結だといえる。そこで尋低htrリ港レン5差を活用すると、


   リh5エ ~ ロ谿サjk8eムセrIミ-ミヘniア ~ ロツ9エリ


 となるが、この時に、近ル版689hyを来悌することで、下記が導出できる。


   ロツ9エリ ~ ◇-イzマ-☆ ~ ◎


 ちなみに、イzマは、地球でいうところの『47センチ』である。47センチの物理的距離こそが、私とマヤを関連付ける要因のひとつのようだった。一見複雑な式ではあるが、最終的な解答がここに帰結するのであれば、簡素ともいえるだろう。47センチがどのような場面で辿要可されるのかは、不確定だが。

 しかしながら、この答えが出た時点で私の運命は決定づけられてしまったため、私はこうして現在、未登録惑星にマヤと逃げ延びているのだった。


「宇宙人さん! ほら、これ! きれいでしょー?」


 マヤが提示したのは、予測通り、シ8Utエだった。驚くことはできないため、軽くうなずく。


「あのね、宇宙人さん。マヤ、宇宙人さんが名前を教えてくれないから、宇宙人さんにあだ名をつけようと思うの」

「私の名称は9シ9ニウuだが」

「わかんないってば! だからね、このお花とおんなじ名前で呼んであげるね」

「シ8Utエ?」

「たんぽぽさん!」


 マヤは快活に高らかに、そう言った。


「知ってる? たんぽぽ。たんぽぽはこの地球で、マヤがいちばん好きなお花! だから、宇宙人さんはいまから、たんぽぽさんね!」


 マヤはここが宇宙の辺境、未登録惑星であることを知らない。地球が既に死星となっていることも。


「たんぽぽさん。これからもいっしょにいてね」


 マヤが口角を上げた。それから、顔をくしゃっとさせて、笑った。


「たんぽぽさん! あははっ、変ななまえー!」

「マヤが名付けたのだろう」

「あはははは!」


 腕を広げたマヤがくるりくるりとその場で回転する。再度、段差につまずくことは予測ができていたため、私はマヤに腕を伸ばした。抱え上げ、肩に乗せる。マヤは「わ!?」と驚いている。


 私の肩の上で、マヤが青空を見つめる。

 急に喋らなくなったので、驚かせすぎたのだろうかと思い、私はマヤを見た。

 ふと計測してみると、現在、私の眼とマヤの眼の距離は、47センチだった。


「お母さんに」


 マヤが呟いた。

 少しだけ震えていた。


「会いたいな……」


 それから、マヤは黙った。

 未登録惑星にて、滅びた文明の、乾いた風が吹く。

 マヤがこちらを向く。私の眼を見る。

 47センチの距離。


 あの式の中で導出された答えのうちのひとつが47センチだったのは、今、この時を示唆していた可能性がある。


「会えるさ」


 私は、決して式では証明できない嘘を言った。


「かならず、会える」


 マヤを元気づけたかった。勇気づけたかった。笑顔のマヤが好ましい。だから根拠がなくても手繰り寄せたかった。虚構でも誤謬でも何でもよかった。いまこの瞬間、マヤに笑ってもらうためにすべてが必要だった。真実が無力だとしても、この動力源に渦巻く感情に無限が存在することもまた真実だと信じたかった。マヤから享受した、この感情の返礼がしたかった。


 マヤは、寂しく、ほほえんだ。


「ありがとう。たんぽぽさん」






 私は、極めて苦しく、悲しい。しかしながら、マヤへの感情は変わらない。感情の答えは明らかである。それは上記によって説明できる。

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遙か かぎろ @kagiro_

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