第12話
月曜の昼休み、僕は弁当を取り出そうと、机の右側にかけていたバッグをあさる。ほぼ真横に倒れていた弁当を手にとって顔を上げると、そこには見慣れない来客がいた。相変わらずスカートの下にジャージを履いた中村が、そこに立っていた。
「ちょっといい?」
「飯食いたいんですけど」
「じゃあ持ってついてきて」
そう言って、さっさと教室を出ていこうとする。中村は手ぶらだった。早弁しているのだろうか。僕は慌ててその後を追いかける。クラスの関心は多少僕に向いたようだったが、特に色っぽい話ではないことはすぐに察せられたのか、すぐに普段の昼休みの空気に戻る。
体育館脇の広場のベンチで立ち止まる。人は全くいない訳では無いが、ベンチ間の距離はそれなりに開いていて、大声でも出さなければ他の人に聞かれるほどでもないだろう。僕はとりあえずベンチに腰掛けて、膝の上に弁当の包みを置き、食べようとしたタイミングで中村が口を開いた。
「なんで進藤と渡辺のことに口突っ込むわけ?」
弁当を口に入れたかった僕は一瞬迷ったが、箸を置く。
「進藤と友達だから、あいつがあまりに落ち込んでいたんで、なんとかならないかと思って」
率直に伝えると、中村の眉間にシワがよる。いつもこんな表情をしている印象があるが、昨日話しかける直前、コスプレしてカフェに居る中村は、こういう表情ではなかったはずだ。
「嘘じゃないよね」
「そのつもりだけど」
もしやまた進藤への愛とかどうこう言われるのかと思ったが、中村は僕をにらみながら、少しためらったあと、絞り出すような声を出した。
「ゆいが目的なんじゃないの?」
「目的って……そりゃ渡辺から聞きたいことはあるけど」
「ゆいのこと狙ってんじゃないかって聞いているの!」
「え、いや、それはないです」
僕はかなり驚いてですます調で答えた。そして、中村の顔が赤いことに気がつく。
「進藤と別れたのは、私がゆいに告白したから。だからもうこれ以上変に引っ掻き回さないで」
「……つまり、二人が付き合うことになったから、進藤が振られたわけ?」
中村は少し間を開けて答える。
「まだ答えはもらってないけど、ゆいはちゃんと考えてくれてる。だから進藤と別れたんだと思ってる。いま、変なこといってゆいを惑わせないで。あんたがゆい狙いじゃないならそれでいいから、もう他人のことに口突っ込むのやめな」
まくし立てるようにそういうと、中村は何度か深呼吸して息を整えたあと、僕をひと睨みしたあと立ち去っていった。仰るところはもっともだが、いくらか気になるところはある。取り残された僕がひとまず弁当を広げて食べようとすると、当然のように横にえみりが座ってくる。
「いいね、お弁当。私がたったいまコンビニで買ってきたフレッシュなサンドイッチと交換しない?」
「そんなにフレッシュな感じしないんですけど。値下げシール貼ってあるじゃないですか」
そう言いながらもとりあえず弁当を差し出すと、堂々と唐揚げをつまんでいく。断りもなくメインをとっていくのがえみりらしい。
大きく口を開けて唐揚げを放り込むと、ゆっくりと咀嚼し、飲み込んでから口を開く。
「うん、冷凍食品だね」
「知ってます。それはそうと、つまり、渡辺が気になってる人は中村だったってことですか」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
えみりはあくまでも断定を避ける。たしかに、中村は常日頃から一緒に渡辺と一緒に過ごしており、告白したということで非常に有力な候補ではあるが、他に告白した人がいる可能性なども拭いきれない。現時点で中村に返事はしていないわけで、まだ他に悩む理由があるかもしれない。単に、女子同士で付き合うことにまだ葛藤があり、時間がかかっているだけかもしれないが。
「渡辺、なんでそんなにモテるんですかね」
「私に聞かれてもな」
「えみりさんは恋愛に詳しいんでしょう?」
「ふむ」
えみりは大きく口を開けてサンドイッチを放り込み、何度か大げさな咀嚼をして飲み込む。持っていたペットボトルのジャスミンティーを飲み、厚めの唇を拭って一息ついてから話始める。
「たぶん、ギャップがあるんだろうな」
「ギャップ?」
「そう。小柄で、どちらかというと守ってあげたいタイプなんだけど、案外しっかりしているだろう? 進藤くんも、ファーストコンタクトは野球部への文句を言っていることに立ち会ったことだったはずだ。中々ああいう場で、思ってはいても大声で文句をいうのは難しいよね。昨日も、コスプレしているのが見つかって、怒っている中村さんを遮って、言うべきことを私達に言う。なかなかしっかりした子だよ、渡辺さんは。そこに魅力を感じる人はいるだろうね。拓真はそうは思わない?」
「考えたことないっすね」
渡辺を知ったのはあくまでも進藤の元カノとしてであって、そういう対象のカテゴリに入れたことはなかった。
「拓真はどういう人が好みかな? 進藤くん?」
「僕はゲイじゃないので。少ししつこいですよそのネタ」
「それは失礼。ただ、そうなると、渡辺さんが中村さんへの返事を迷っているのは、脈があるということになるのかな?」
そうなのだろうか。単に友情が壊れるのを恐れて伝え方を迷っているのかもしれない。いや、しっかりした、言うべきことを言える渡辺、という像とずれる? しかし中村との友情を思いやる、というのは、自然なことだろう。
なんだか進展したようなしていないような、さっぱりわからない。わかるのは、手元の弁当の中身がさきほどから未知の原因で減り続けているということぐらいのものだ。明確になった事実は、中村が渡辺に告白し、渡辺が進藤を「気になる人がいる」ということで断り、渡辺はまだ中村に返事をしていないということ、渡辺がコスプレという趣味があり、中村も魔法少女ペアとしてそれに付き合っていること。では推定されるのは? 渡辺がしっかりした言うべきことを言う人間であること、渡辺が進藤を嫌いになったわけではないこと。渡辺が部活に力を入れていることから、一緒に過ごしている時間の長さでは、中村以外に渡辺の「気になる人」はいそうにないこと。不確定な要素があまりにも多いが、現段階ではっきりさせられそうなことはなんだろうか。次に確認すべき点は? だれに? なにを?
「えみりさんは答えがわかっているんですか?」
いつの間にか、僕の膝の上にあったはずの弁当を手に持って食べていたえみりは、口の中身を飲み込んでから答える。
「答え、っていうのはわからないけど、いくつか候補は持っているよ。全部は教えられないけど、なにかひとつ質問してみてもいい。お弁当のお礼になんでも答えてあげるよ」
それだけいって、えみりは残っていたもう一つのサンドイッチを食べ始める。流石に食べ過ぎなのではと思うが、活動性も背も高いえみりはそれぐらい食べないと午後までもたないのかもしれない。もたないほうが世の中のためかもしれないが。
答えそのものは貰えそうにない。となると、どうしてえみりがその答えや候補に到れたのかを知ることが近道になりそうだ。
「えみりさんは好きな人いるんですか?」
どう揺さぶったものか迷って我ながら妙な質問をしたが、その答えはもっと奇想天外だった。
「恋愛とか性的って意味なら、いないよ。いたこともないしね」
「は? 恋愛詳しいんじゃないですか?」
「詳しいよ。この高校の中での恋愛の動きは概ね把握しているし、少女漫画、ドラマ、リアリティショーもかなり詳しい自信があるね」
なんだかまたよくわからなくなってきた。えみりは続ける。
「格闘技に詳しい人がみんな自分で格闘技をするわけじゃないし、ミステリ作家が殺人するわけじゃないのと同じだよ」
「でも恋愛とはハードルの高さが違いません?」
「なにをハードルと感じるかは人それぞれで、私には他人を性的に見たりするのはかなりハードルが高いね。抵抗があるし、興味もない。まだ人肉の味のほうがいくらか興味がある」
えみりは物騒なことを言いながら豚肉で作られたハムの挟まれたサンドイッチを食べ終えて、再びペットボトルのジャスミンティーを飲む。
「私はアセクシャルなんだ。日本語だと無性愛者っていえばいいかな。私はそれで困っていないし、人が恋愛するのを見るのもフィクションで触れるのも嫌ではないけど、私がその対象になるのはご勘弁願いたいんだよね」
えみりはそう言っていつもの笑顔を浮かべて、同時にチャイムが鳴った。
「おっと、午後の授業に遅れるな。放課後、また部室で話そうか。次の手立てを考えようじゃないか。あ、あとカメラ、持ってきてるなら放課後返してくれ」
えみりを見送りながら、僕は完全に昼食を奪われたことに気がついた。なんてひとだ。
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