第10話

 ショッピングモール内は多種多様な髪の毛の色で溢れていた。ピンクや青といった髪型も普通で、時折見かける、華美な服装に反して黒い髪の人は、単におしゃれなのかコスプレなのか判断できない。ただのスーツの人もいるが、同伴者の髪の毛が明らかにピンクであったりするおかげで参加者であることがわかる。

 今日はこのエリア全体を巻き込んだコスプレイベントをやっているらしい。渡辺はそれに参加することをSNSで表明していた。撮影などをしっかりやっているエリアは事前にチケットを購入しないといけないようだが、モール内を歩いているコスプレ集団は意図しなくても目に入る。

「……ここから探すんですか?」

「そうそう。魔法少女の二人組を探してくれ。これ、知ってる?」

 えみりはそういって、スマホに表示されたピンクと青の魔法少女のイラストを見せてくる。少し前まで真紀が見ていた、日曜朝にやっていたアニメのキャラクターだ。

 しばらく眺めてから顔を上げると、概ね似たような色をした組み合わせの女性が数人は目に入ってくる。いくつかは元ネタのわかるアニメやソシャゲのキャラがいたが、わからないものもかなり多い。

「無理じゃないですか?」

「縞々の服を着た眼鏡のおじさんを探すよりは楽じゃないか?」

「動いている人間を絵本と一緒にはできませんよ」

「まあ安心してくれ。だいたい想像がついているんだ、実は」

 そういって、えみりは歩き出す。目立つ人ではあるが、この人混みとコスプレイヤーの中ではおとなしいものだ。僕は慌ててあとを追いかける。

「手でもつなぐ?」

「つなぎませんよ。目的地を教えてください」

「まあまあ、私達も楽しもうじゃない」

 エスカレーターでどんどん階を上がっていく。どこまでいくつもりだろうか。上階になると少しずつ空いている様子で、僕はすこしホッとした。

 そして、とうとう最上階に来て、進藤と渡辺の果たされなかったデートを思い出した。今更思い出した自分の間抜けさにも驚くが、それと同時に、ついに、という驚きもある。

 最上階は水族館だった。渡辺は誰とここに来ているのだろうか。

「私は年パス持っているんだけど、拓真は?」

 えみりは当然のようにそう言うが、そもそも水族館に行くと聞かされていないし、そんなものは持っていない。

「持ってないですよ」

「本当に? 年に二回来ればもとが取れるんだぞ。絶対買った方がいい。一応年パス持ちと来ると三割引で入れるけど、今後のことを考えたら今買うほうがいいと思う。うん」

「えらい推しますね」

「水族館はいいよ。図書館と動物園と水族館をローテーションするだけで無限に過ごせるからね」

「そんなにお好きなら、また来たくなったらえみりさんに頼りますんで、今回はいいです」

 奇異なものを見るような目だが、鏡の中や周囲にいるコスプレイヤーなど、僕なんかより奇異なものはあふれているはずだ。通い詰めて見慣れた水槽の中だって、僕よりは見ていて楽しいものだろう。

 入場口はコスプレイヤーの行列ができていた。列に並んでいる段階で自撮りをしたり楽しんでいる様子だが、行列の中に渡辺はいないようだ。

 チケットカウンターにえみりと向かい、ドヤ顔するえみりを褒め称えることと引き換えに、三割引でチケットを購入する。

「レシートは一応取っといてね。部費で落とせるかもしれない」

「それなら年パスも部費にできます?」

「それは流石に許可できないから。私のも当然自費だしね」

 年パス所持者とその同伴者は入場時間の区切りがないらしい。行列を後目に中に入ると、屋外エリアと屋内エリアがあるようだ。

「順路的には屋内からなんだけど、今回は人探しが目的だからね。写真取るのは外のほうがいいでしょう」

 屋外は魚というよりはペンギンやオットセイなどのエリアのようだ。なるほど、白黒灰色がほとんどの海洋動物より鮮やかなコスプレ衣装と髪の毛が輝いている。ペンギンもイワトビペンギンとかマカロニペンギンなら金髪で対抗できたところだが、ケープペンギンだそうだ。

 コスプレよりもコツメカワウソを見ている方が目にも心にも優しいような気がしたが、目的を見失わないよう注意深くコスプレの客を眺めていると、カフェエリアのテラス席に、2人の魔法少女を見つけた。えみりを見ると、すでに気がついていたらしく、満足気にうなずく。

 どう声をかけたものかと思ったが、えみりはためらいなく近づいていく。

「すいません、コスプレ、すごい可愛いですね」

「え、あ、え!?」

 ピンクの魔法少女は、動揺して持っていたプラスチックカップをおとしかける。渡辺の声だった。青い魔法少女が立ち上がってえみりの前に立ちふさがるが、僕より背の高い中村であっても、えみりに比べればまだ小柄であった。

「ストーカーですか。警察呼びますよ」

 中村は僕の方にも、僕の持つカメラにも気がついたようだった。えみりは「まあまあ」とかいいながら、空いていた椅子を持っていて同じテーブルにつく。僕の分もと思ったが、空いている椅子はもうなく、えみりの右後ろにSPかのように立つことになった。

「ごめんね、驚かせて。ちょっとした取材で」

「学校の部活とコスプレイベントの取材、関係ありますか? 私たちは記事に絶対に出ませんからね」

「そりゃ残念。まあ仕方がないか。お二人は部活だけじゃなくてこういうのも気が合うの?」

「あなたたちに関係ないでしょう?」

 中村が演じている青い魔法少女のほうはたしか友情に厚く男勝りなタイプだったはずで、キャラ作りと思ってもいいのだが、その目つきはとても幼稚園児向けの魔法少女アニメのそれではない。敵を見る目だってもう少し慈愛がありそうだ。

「ごめんごめん、どうしてもこの拓真が聞きたいことがあるって言うから」

 えみりは笑って僕に話を振る。二人の視線が一斉に突き刺さり、露出は少ないが同級生のコスプレ姿を眺め続けるわけにもいかないように思えて、どこを向いていいのかもわからない。

「渡辺さんは、こういうのが続けたくて進藤と別れたの?」

 回らない頭はそんな言葉をひねり出していた。即座に中村が反応する。

「あんたに関係ないだろ」

「中村さんには関係あるのか?」

「いいよ、みきちゃん」

 渡辺はそう言って、カフェオレのような、おそらくはソイラテを飲む。

「齊藤くん、カイくんの友達でしょ? なんか頼まれたの?」

「カイ?」

「進藤くんの名前だよ。知らなかったのか?」

 えみりが呆れたように言う。進藤にも下の名前があったのか。そりゃあるわな。だいぶおくれて、渡辺と進藤の距離の近さを感じてなんだかぞわぞわしてくる。

「進藤は別に何も頼んだりはしていないよ。ただ、どうしてあいつが振られるのか、気になっただけで。なにか誤解とかあったなら、なんとかならないかなと思って」

「私のほうがカイくんと付き合いは長いんだから、齊藤くんよりはよく知っているよ。誤解なんてない。齊藤くんが誤解しているよ」

「俺が?」

「カイくんが悪いわけじゃないよ。私が悪いの。だから、ごめん」

 ソイラテを飲みきり、渡辺は立ち上がる。

「今日のこのイベントは結構前から楽しみにしていたのだから、あんまり邪魔されたくないんだ。齊藤くんたちに、ね。カイくんは、私のこういう趣味知らなかったと思うけど、別にこれが原因で別れたとかじゃないし」

「なら、もうすこし進藤にちゃんと話してあげられないのか? 進藤が嫌いになったわけじゃないなら、あっちだってもうすこし」

「ねえ、せっかくだから写真、撮ってよ。いいカメラなんでしょ?」

 渡辺はそういって、プラスチックカップをゴミ箱に持っていったかと思うと、ペンギンの展示の方に向かっていく。中村もそれに倣う。

「せっかく撮影許可が降りたんだから、頑張っていい写真撮ってくれよ」

 えみりは戸惑う僕の肩を叩き、中村と一緒に渡辺を追いかけていく。首から下げたカメラの重みが更に増し、僕は戸惑いとプレッシャーのなかカメラを起動して、真っ暗な画面に慌てふためき、レンズの蓋を取る必要性に気づくのにさえ数分間気がつくこともできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る