第6話
「はー、なかなか読ませるね」
放課後、まっすぐマスメディア研究会に向かうと、えみりはすでに部屋についていた。授業受けてんのかね、この人。スマホを渡して進藤とのやりとりを見せると、えみりは嬉しそうに言った。性格が破綻している。
「これで終わりなの?」
「これ以上聞けないですよ。その後もずっと机に突っ伏したままでしたよ」
「ふーん。で、どう思った?」
「どうって……」
「渡辺さんの『他に気になる人』、どういう人だと思う?」
えみりはまた僕を試すように見る。
「進藤の見た限りでは、やっぱり部活関係の人じゃないですかね。高校入ってから、一緒にいる時間が明らかに多そうですし」
互いに部活があるとは言え、平日は殆ど一緒に過ごすこともできていなかっただろう。夜に電話をしていたとしても、直接あって話す関係よりは遠くなる。そこにつけこまれたわけだ。
「進藤くんのどこが悪いと思う?」
「友人なんで、僕は」
「そうね。恋人だったらどうだろう? 休みも部活中心、昼休みは君みたいなのと過ごして隣りの教室にいる恋人のところに顔を見せもしないっていうのは」
「いや、それはお互い様じゃないですか?」
「なら、別れるのも自然の成り行きじゃないかな」
「それにしたって、他に好きな人ができたっていうのは違うでしょう」
「そこだ」
苛立ちから声が大きくなっていた僕に、えみりは右手の人差し指を立てる。突然のことで、僕は困惑してえみりの続きを待つ。
「好きな人ができたとは、ここには書いていないな」
確かに、正確には『他に気になる人』だ。だが、そこに違いなんてあるのか? そもそも進藤が思い出して書いているだけで、正確さはわからないじゃないか。
口に出したつもりはなかったが顔に出ていたらしく、えみりは僕を見て笑顔を浮かべた。
「拓真は、なんていうか、めちゃくちゃ素直だよな」
子供扱いされているようで腹が立ったが、同時にそれが顔に出ていることが自分でもわかった。
「……何が違うんですか、実際」
「好きかどうかわからないけど気になる人、というだけで、まだ浮気とかそういう次元ではないのかもしれないだろう? それなら不貞とも言えないし、むしろ可能性の段階で別れるのは相手に対して真摯な態度じゃないか」
「そりゃそうかもしれないけど、進藤から見たら大して違いませんよ」
「それもそうだ」
えみりもうなずく。ようやく意見があった
「いきなり別れるというのも早計で、もう少し互いの意見をすり合わせるほうがいいだろうとは思う。何ならキープしておいたほうが、渡辺さんにもメリットが大きかっただろう」
そう言って立ち上がる。立ち上がると、座高から想定されるより背が高く、四肢の長さに驚かされる。スマホを僕に差し出したのでそれを受け取ろうとすると、反対の手で掴まれて引っ張り上げられる。
「さあ、疑惑の吹奏楽部に向かおうか」
「……えみりさんも相当素直ですよね」
好奇心をまるで隠さない様子に、僕は意趣返しする。ただ、それもまるで通じていない。
「さあ、正直者同士、仲良く調査しようじゃないか」
鼻歌でも歌いかねない軽やかなステップで、えみりは部屋を出ていった。戸締まりはいいのだろうか。個人情報もあるはずだが。そんなことを思った瞬間、えみりがそれまでいたテーブルの上に鍵が置きっぱなしになっていることに気がついた。僕はそれを取り、マスメディア研究会室を施錠する。入部した扱いになっているのかもしれない。だんだんと沼に絡め取られているようで、早期解決の必要性を強く感じた。
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