70 ヒルコ班長

 サラセンホテル。


 そのホテルは、インテグレイティアの都心部にあって、通りから見ると大きな緑の公園のよう。ホテルの地階には、レストラン皿千サラセンがあり、僕ら騎士班(仮)の班長、ヒルコが給仕として働いている。





 週末が待てなかった僕とシェファーは、平日の夕方、皿千サラセンへ来た。


「いらっしゃいませ。皿千へ、ようこそ」


 ドアマンに案内されて、格式高いレストランの雰囲気に若干呑まれていると、店内から僕らを見つけたヒルコがやって来た。


 勤務中のヒルコは、長い長い髪を馬のしっぽに結い上げて、制服姿で……週末に見る、ゆるい感じのおにいさんとは、まるで違った。

「お席へ、ご案内致します」

 ヒルコは、ドライエリア寄りの周囲から空いた席へ、案内してくれた。

「メニューをどうぞ。お決まりになりましたら、お呼びください」

 去り際に、『何でも頼んで、私はこれね』と耳打ちしていった。どうやらヒルコは、もう上がりらしい。





「ふふふ」

「なぁに? シェファー」

「ヒルコ、澄ましちゃって。あ〜んな風に仕事してるんだ。かっこいい」

「ふふっ。だよね! うちの班長、かっこいい」

 僕はシェファーと、ヒソヒソやっていた。僕らの班長は、物凄く、素敵なおにいさんだよねって、ヒルコにはないしょの話。





「はぁ」

 疲れたと言わんばかりに、ヒルコが着席した。冷たい水を煽り、髪をおろしているヒルコは、いつものヒルコだ。

「ここで食事するの、落ち着かない。移動しようよ。ね?」

 とシェファーに言われた。ヒルコは見ていたメニューを置いた。

「私の部屋へ行かない?」

 ヒルコは仕事上がりだ。僕とシェファーは、埃っぽくて薄暗い屋根裏を思い出したが、肯いた。





 ドリンクのみだった会計をヒルコが済ませて、皿千サラセンを出る。

 僕は視線を感じて振り返ると、店内に居た他のお客さんが、ヒルコを見ていた。制服のシャツとズボンだけ。丈の長いギャルソンエプロンを外したヒルコは、それでも目立っていたようだ。背が高くて、髪はキラキラ、金属を糸にしたような金髪。顔はイケメン。そりゃあ、見てしまう。わかるわかる。

「なぁに? レイン」

 にこって、覗かれた……オニキスとは、又違う感じ。

「なんでも……ない……です」

 ヒルコの美しく整った顔で、笑いかけられるのは……良くない!





 班長が、寝たまま足でズボンを脱ぎ捨てました。次は靴下です。

「寝ちゃいそうだから、本題出してくれる?」

 ここはヒルコの部屋で、そこはヒルコのベッドだから、僕は指摘なんかしません。

「だらしないです! 班長」

 シェファーは違ったみたい。

「班長は、君たちに気を許しましたぁ……〜〜ぁ」

 欠伸してる。ヒルコは本当に寝むたいのかも。

「労働って、学校より大変?」

 僕はまだ働いたことないから、いまいちよくわからない。

「私は学校……行ったことないから、よくわからない」

「えっ」

 それは初めて聞いた。

「どういうこと? 不登校?」

 シェファーが訊いた。

「学校がないところで育ったから」

 なんてことだ……ヒルコは僕と似た境遇だったのか?

「そんなところ……あるの?」

 シェファーは思いも寄らないみたい。ヒルコは微笑んで、あるよと言った。


 僕はシェファーを突付いて、今日は帰ろうと小声で言った。ヒルコは疲れている。ヒルコは仲間の僕らに、疲れているとは言わないんだ。他のもっと良い方法を、シェファーと考えよう。





 ヒルコは…………もしかしたら、世界の外側のようなところで、育った人なのかもしれない。そんなことを想像して、僕は年の離れたヒルコに、初めて近しいものを感じていた。

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