69 思考錯誤

 村から離れて、田んぼや畑からも離れて、荒れ野はどこまでも拡がっている。この国の外側は、そんなところ。僕が住んでいた、指定キャンプ地も、大体はそんな感じ。









 僕は、『少し昔』のことを思い出す


「…………なんにもな〜〜」

 牧草地に放された数頭の山羊を視ながら、周りを見渡す。


 何もない、荒れ野の彼方へ向かって、今日の太陽が沈んでいく。日没はいつもそう。一日の終わりは、太陽だって、何もないところへ帰るんだ。僕とおんなじ。


「なんにもは、あんまりでしょ。ただいま、レイン」

「あ、おかえりなさい」

 お父さんは、僕の隣に座った。

「うふふ」

「?」

 お父さんもお母さんも、どうしてこんな、なんにもないところに住んでいるんだろ。僕はおかしくて、笑ってしまった。

「お父さんには、お母さんが居て、僕が居て、山羊が居て、馬も居て、テントもあって、何でもあるよね」

「レインにも、同じものがレインのものだよ?」

「あはは。でもここには、他に誰も居ない。人が居ない」

「レイン……家畜はいいから、村へ行って遊んで来なさい」

 僕は、村へはほとんど行かない。登下校で通り過ぎるだけだ。

「何だ、村の子どもとは気が合わないか?」

 合う訳、ないねぇ。それなら僕は、誰も居ないところへ毎晩帰る太陽の方が、気が合うと思ってる。

「僕は、気難し屋になりたいんじゃないの。でも……人が居ないところに住んでいると、いつの間にか、米粒に混ざる小石みたいになっちゃうかもね」

 僕は体育座りのまま、お父さんに寄りかかった。

「小石を食べる人は居ないでしょ? 見つからないように、僕は気を付けてるの」

「レインが小石? こんな可愛い小石があってたまるものか!」

 お父さんは、僕を小脇にかかえて、立ち上がった。

「お父……さん?」

「きっともう夕飯だ。帰ろう、レイン」


 お父さんは……僕が独りで居ることを、心配していたんだ。普通のことだ。でもそれって、人間は、あんまり独りで居るのは良くないことだ……少なくともお父さんは、そう思っていたのかな……









 ヒルコは、お化けの正体を、痩せっぽちの野良猫のように言った。


 僕は、想像してしまった。


 野良猫は、最初はアーバンに居たかもしれない。街の中。猫のやわらかい肉球足の裏には、アスファルトもコンクリも向いていない。芝生や植え込み伝いに、緑地を目指して歩いたかも。

 野良猫は、郊外の住宅地で、子どもに追いかけ回されたかも。誰かの庭先で、食べものをもらえたかも。どんどん歩いて行ったら、きっと、もっと田舎へ行く。

 野良猫は、村へ着くんだ。村なら、街中より目立たない。外で寝るのも、食べものも、条件が変わる。


 そこまでだ。野良猫が、どうして巨大(仮定)なのか、僕には未だわからなかった。


 野良猫でイメージするのは、失敗だったかも。猫というイメージが強過ぎて、お化けについての想像だということを忘れてしまう。









「で?」


 小学校の教室。休み時間。越境してきたシェファーが、A組の僕の机に顎だけ乗せて、しゃがんでいる。

「座れば? シェファー。ギリギリまで戻らないから、大丈夫だよ」

 僕の席は、窓側のいちばん前。シェファーには、隣の席へ座ることを勧めた。

「ほんと? ……で、レインは野良猫で想像するのをやめて、どうしたの?」

 F組のシェファーは、僕が居なければ、A組の教室に入ってくるなんてことはしない。僕も、別のクラスから僕の友だちが来る……なんてことは、シェファーが初めてなんだ。友だちって、いいな。

「お化けの仮定を、『毛玉』にしたんだよ」

「毛玉……?」

「野良猫より先入観が減って、いいでしょ?」

「…………」

「シェファー?」

「毛玉が……狸を襲ったり、家庭菜園を荒らしたり、防風林の高い枝に毛を引っかけたり、してたって言うの?」

「『毛玉が』より、それらの痕跡元が毛玉で、『毛玉とは何なのか?』って考えていく時に、仮のイメージ元にするにはいいかなって。そっちに注目してよね」

 僕は、野良猫で想像していたことを書いたノートを、シェファーに見せた。無理が出て、止まっている頁。

「は〜〜ん、なるほど……想像の邪魔をしてこない、フラットなイメージが毛玉ってことか。それは、いい、かもね」

「でしょ!」


 僕も想像してみるよと、シェファーは言って、予鈴が鳴った。F組は遠いのだ。次は、僕が行こう。









「僕、他のクラスの教室に入るの、初めてだよ」

 シェファーに言った。

「僕も、レインと同じだよ」

 シェファーの席は、ちょうど真ん中ら辺で、休み時間になっても机に向かっていた、シェファーへ会いに教室へ入るのは、少し緊張した。





「レイン」

 僕も考えをまとめたの、書いてみたと、ノートを見せてくれた。

「『毛玉』が大きい理由、考えてみた」

 シェファーの考えは、興味深かった。


 毛玉は大きい。でも、もしかしたら、毛玉は自分が大きいことを、知らなくて…………村に現れた毛玉は、対象を襲ったのではなく、吃驚して反射的にしたこと、だったかもしれない……と言う訳だ。


「自分の大きさを知らない、なんてことある?」

「レイン、四年生男子の平均身長って何センチか、知ってる?」

「知らない!」

「大体、百四十センチ」

「僕、ちょうど百四十だよ」

 これ……何の話? 身長?

「僕が今レインに平均身長って知らせたから、レインは平均ちょうどだって、知った訳じゃん」

 !!

「へぇーーーー!! ふぅ〜〜〜〜ん!! 凄いよ、シェファー!!」

「僕が言ったの、理解した?」

「理解理解! 待って、じゃあさ、毛玉……もしかしたら、捕まえて話しかけたら」

「ね、レイン。毛玉に話、通じると思う?」

「どうだろ? 危なそうだけど、試してはみたいよね」

「ね!」





 昼休みは、二人で毛玉について、ずっと話していた。


 僕もシェファーも、『お化け』とは呼ばず、『毛玉』と呼んでいた。騎士班(仮)で扱う対象を、その名前で呼ぶより、置き換えた名前で呼ぶのは良いことかもしれない。そう思って、シェファーにも言ってみた。

「コードネームみたいでいいんじゃない?」

 だって。





 週末、ヒルコ班長に訊いてみよ。現地を探索するのとは別に、平日できるのは、思考で行う探索。合ってる? って。



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