68 それぞれの地図

「陛下」

 王宮執務室へ届けられた書簡から、私宛てのものを渡される。

「ありがとうございます」

 受け取って、黄色の封筒を取り出して開封する。


 トライホーンラボラトリー。


 封筒裏面の記載はそれだけ。中身は五枚の地図。インテグレイティアの、国のアウトラインと思われている、外縁部の東西南北を拡大した地図四枚と外縁部全体が見渡せる地図一枚。


 緑で書かれたコメントに目を通す。チェックを入れて、時にはコメントを返す。次に黄色。赤で書かれたコメントは八割疑問形で、その全てに返答していく。最後に赤でマーキングされたポイント群の中に、レインたちが週末探索に行っているところを見つける。









「ヒルコ」

 僕はヒルコを呼び止めて、帰る前に寄りたい場所があると言った。


 今日の騎士班(仮)ができたことは、ホームセンター内での聞き込みと、話に出た場所のマッピング、現地の確認、後は物資の調達。


「日没までだよ、レイン」

「はい。充分です」

「怖がりの癖に〜〜」

 シェファーが言った。そうだ、僕は怖がりだ。

「でもね……目的があると、『怖い』より『知りたい』が、上に来るんだ」

「ふぅん」

 シェファーは、興味ありげな笑顔で覗き込んでくる。

「そんなに時間がないようだ」

 ヒルコに言われた。

「行こう」





 狸を埋めた女性の家と、男性が居た廃屋を、地図にポイントマークして線で繫ぐ。現地確認は、線上付近での聞き込み。女性が言っていたような話を、いくつか聞くことができた。


 僕が寄りたいのは、線上より外側にある防風林。中でも、そのまま荒れ地まで抜けているもの。そこへ寄ってみたいと、僕はヒルコに言ったんだ。


「あぁ、なるほど」

 ヒルコは、僕が地図で指し示したら、即座にわかったみたい。

「うん、ここからなら、外側から入って来られる……のかな?」

 ヒルコはまるで、自分でもそうするかのように言う。

「何……が?」

 シェファーは言った。『何が?』それが『何』か、知りたいんだ。





 農地に点在する防風林は、どれも人里に管理されている。人間が住んで暮らしている範囲内に、人間の知らないものなんて、本来ならあるはずない。ヒルコが許可を出してくれたのも、多分そういうことが考慮されているからなはず。


「見つけられるのは、狸の方じゃないかな」

 シェファーが鋭い指摘。狸の方とは、襲われる側。線上の聞き込みをした人たちも、被害には直接遭っていなくとも、同じ側だ。

「そっか」

「そうでもないかも」

 ヒルコは上を見て言った。下草刈りされた根本と異なり、枝振りの隙間から夕暮れの空が切れ切れに見える。

「待ってて」

 ヒルコはホムセンで買ったものを僕に預けると、木登りを始めた。

「えぇ?! ヒルコ」

「身軽ぅ」

 取っ掛かりのない垂直な幹をスイスイ登って、ヒルコの倍はある高さの枝まで登る。

「危ないから、それ以上登んないで!」

 落ちたらどうするの、と言いそうになって、やめた。マイナスなことは口に出さない方がいい……誰かに言われたことがある。

「大丈夫だよ」

 頭上から声がしたと思ったら、ヒルコが飛び降りた。

「「ヒルコ!!」」

 ヒルコは……いとも簡単に着地して、なんてことなさそうだった。信じられない。結構な高さ、あったよ?

「木登りは得意なんだ」

「降りるのも?!」

 ヒルコは大人なのに……子どものように身軽で、大人の身体でそうだった。

「君たちは真似をしないように。危ないから」

「どの口がっ」

 シェファーがヒルコをバシバシ叩いて言う。もっと言ってやって。

「成果はあったよ。見て」

 ヒルコは、手に持った毛束のようなものを見せてくれた。

「何……これ」

 僕とシェファーは、ヒルコがそれをどこから取ってきたのか、本当にわからなかった。

「葉が枯れている枝に、引っかかっていた」

 問答は、帰りのタクシーへ持ち越された。





「或る種の鳥類は、他の獣から毛を失敬して巣材にする、って聞いたことあるよ」

「カラスもたまに、変なものに興味を示して、持ち帰るよね」

「二人は鳥の仕業だと思うの?」


 ヒルコの成果は、白っぽい色の、長い毛束だった。


「ヒルコの髪くらいある」

「長ーーい」

 ヒルコの髪は、立ったヒルコの足首ほどの長さ。とても長い。

「これが狸を襲った何ものかの毛なら、そいつは……」

「…………」

「私か、私以上の体格をしているかもしれない」

 僕はシェファーと目を見合わせた。タクシーは、王宮へ着いた。車寄せで降りて、僕らは暫し無言のまま、ヒルコの部屋へ向かった。





「一息つこう」

 ヒルコは、白を基調に揃えられた美しい部屋に、長机とパイプ椅子を持ち込んでいる。

「……ふぅ」

 パイプ椅子で寛ぐヒルコは、異質だ。室内には、優美なデザインの椅子もソファーもあるのに。

「今日は、これが何か? 会議で、締めとしよう」

 僕とシェファーも毛束を見遣り、思考を巡らす。

「これって……生きもの? 繊維? 人工物?」

 シェファーが言った。

「そうか! 僕は……動物の毛だと思い込んでいた」

 ヒルコが毛の両端を見ている。

「こちらは毛先のよう……こちらは千切れた側かな。全体は、もっと長さが、あるのかもしれない」

「もっと?!」

 僕は急に、薄気味悪くなった。

「レイン。濡れた猫を、見たことある?」

「え、何? 突然。あるけど」

「毛足の長い、本体は痩せっぽちの猫が通った……かもしれないよ」

「あはは、痩せっぽちの猫?! 何それ、全然恐くない」

「ヒルコより大っきい猫って、全然怖いよ」

 シェファーが指摘する。僕は、瞬時に襲われた意味不明の怖さは、吹き飛んでいた。

「デカ猫の毛は、私が王様に提出しておくよ」





 会議は、終了。

 ヒルコは、班長に相応しかった。

 僕は……物事に向き合うのは、時間や手間が沢山必要で……それらは、とても地味で面倒くさいことを、投げ出さずに続けること……なのかも。そんな気が、していた。

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