67 存在意義

 王宮、執務室。


 ヒルコが初めて書類を作成して、持ってきたので受け取る。意外にも、字は綺麗。私はあらかじめ用意しておいた、ブックタイプの日誌帳をヒルコに渡す。


「こちらに、騎士班(仮)の活動記録を書いて、私に提出するように」

「ペラ紙でなく?」

「散逸したくないですからね」


 ヒルコは、書式をレインに、タイピングをシェファーに習っているようだ。いずれペーパーレスで文書作成して、書類提出を目標にしていたのだろう。残念だが、騎士班(仮)は私設の組織なので、通常の経過報告書は王宮に置いてはおけないのだ。


「ヒルコ」

「はい、王様」

「よく書けていますよ」

「…………」

 ヒルコは一瞥いちべつの返事をすると、日誌帳を手に退室した。


 誰とも異なる従者のヒルコは、従者らしさは微塵もなく、それ故にヒルコが、私にさえへつらう真似をしないのは、小気味良こきみよく面白かった。









 王様が本をくれた。

 白紙の日誌帳。(日記帳とは違うのか、調べてみたら違った)主に週末の二日間で始めた、騎士班(仮)の活動記録を書く為のものらしい。

 手書きするしかない日誌帳とは……アナログが過ぎる。端末を貸してもらえれば、画像なり動画なり添付した報告書を作成できるのに。

 騎士班(仮)という存在は…………王様のプライベートに属するもの、なのだろう。理解した。









 日曜日、午前九時前。


 騎士班(仮)、探索活動。班員、ヒルコ、レイン、シェファー、の三名。


 世界の外側を探索す。

 拠点、トロイアホームセンター。





「ヒルコ、どうして今日は開店待ちなの?」

「時間は、週末しかないのに」

 レインとシェファーに詰め寄られた。トロイアホームセンターに、三人で来ている。

「お化けに関する、聞き込みをしようと思って」

「あのおじさんの話ですか」

 シェファーの言う通り。レインは黙っている。ねぇ、レイン……

「リアルなお化けが出るなら、人は有事に備えると思わない?」

「……チェーンソー」

 レインはボソリと呟いた。

「備え過ぎかなぁ」

 なかなか手強てごわ得物えものを知っている。

「奪われて、自分が真っ二つにされるんじゃない?」

「ヒェ」

 シェファーがレインを脅かしてる。

「そういった話を……近隣住民を探して、話を振ってみようか」

 今日はトレーナーにジャージ、スニーカー。髪は後ろでまとめて、オーバーサイズのパーカーも借りてきた。レインとシェファーにも、外で遊んで汚れてもいい服装をオーダーしてある。はたから見れば、休日の子ども連れに見えるはず。









 シャベルとスコップの違いって、何なのかしら……





 先程から数分、大小様々なシャベルとスコップの並ぶ前を、行ったり来たり。妙齢の女性が、足をかけて土を掘る為のシャベルや、匙部に足かけのないスコップを見ては、悩んでいるようだ。





「おはようございます。ガーデニングですか?」

 開店間もない店内で、声かけしてみる。

「? おはよう……ございます」

 シェファーには、黙っていてと言ってある。レインは……チェーンソーを探しに行った。

「うちの子、スコップが欲しいみたいで」

 笑顔で続ける。女性は、私の腕の中に居る、シェファーを見る。……小学生がスコップを欲しがるのは、少し、幼稚過ぎたかな?

「あら、スコップ欲しいの! 何に使うのかな?」

 シェファーは困って、どうするんだという顔で、私を見上げる。

「うふふ」

 女性は、シェファーが人見知りだと思ったみたいだ。

「砂場の底を、見てみたい……んだよね〜〜?」

 私は、シェファーの代わりのように言う。シェファーは、思い切りハァ?って顔。女性は笑っている。

「お姉さんは! …………何に使う用……探してるんですか?」

 シェファーが女性に話を振った。いいぞ。

「私? …………私はねぇ」









 僕でも使えそうなチェーンソー。


 小型の、軽量で、『誰にも奪われない』チェーンソー…………いかつい得物が並ぶ棚を見て回る。そっと手を伸ばして、触れてみる。


 …………ハァ。かっこいい…………


 武器と言えば…………オニキスって、どうやって仕事してるんだろ…………


 オニキスの手って、普通なんだよね。特別どの指が、掌が固くなっているとか、ないの。オニキスは、訊いたら教えてくれるのかもだけど、僕は訊いたことない。未だ。


 僕は、切ることに特化した道具を、見て回った。


 例えば……お化けは、『お化け』と呼ばれているけど生物で、なら物理的に捕まえることができるはず。お化けが『お化け』と呼ばれるのは、お化けが凶暴かもしれないからだ。(今日はその裏取りなんだ、きっと)

 凶暴さへの準備には、武器が必要。チェーンソーはかっこいいけど、武器には取り回しが難しい。多分。


 僕は、頭の中で想像した。


 ここはホームセンターじゃなくて、武器屋なの。棚や壁には、長物の剣や槍、名前も知らない、恐ろしげな得物がズラリ……


 僕は、仮でもない本物の騎士で、武器を見に来たの。

 広大な敷地面積を誇るホムセン武器屋は、オニキスみたいな大人の男の人ばかりで…………キャンプにはバーベキュー!! キャンプ用品大特集!! ふふっ……フフフフフ。大きなテント前に、バーベキューのフルセットが並ぶ、展示とポップ。

 僕は、やっぱり、ただの小学生。


 戻ろう。そう思った時に、見つけた。あれ? これ、いいんじゃない?





・BBQにオススメ! 肉切りブッチャーナイフ!!

・薪割りに! バトニングナイフ!!

・小物をカット! フォールディングナイフ!!

・多機能! マルチツールナイフ!!





 感嘆符ビックリオッタマゲーションマークがうるさくて、笑っちゃう。明るいショーケース、分厚いガラスの向こう側に、人類の叡智。素晴らしく美しい道具が整列して、静かに輝いている。


 ナイフ…………そうか、ナイフ!


 僕は、この力が欲しい。ヒルコに言わなきゃ。シェファーに知らせなきゃ。きっと、物言わぬ友を、見つけた気がするって。









「ヒルコ!」

 仔犬が飛び込んで来た。

「どうしたの? レイン」

「レイン行っちゃうから、砂場を底まで掘ることになったんだけどーー」

 シェファーに睨まれた。

「何の話? ねぇ、僕欲しいものが」

「「チェーンソーはダメ!!」」

 シェファーとハモってしまった。レイン、笑ってる。

「チェーンソーはもういいよ。ねぇ、ヒルコ。僕、欲しいもの見つけたから、来て」

 おねだりされる? どれどれ。





 ナイフやマチェットが並んだショーケース前へ、連れて来られた。

「ナイフか。いいね」

 聞き込みとは別に、得物を仕入れておくのも悪くない。

「二人とも、そこ立って。気を付け! 前ならえ」

 私の号令で反射的に、レインとシェファーは両腕を伸ばした。

「何〜?」

「下ろしてもいい? ヒルコ」

 小学生のリーチは心許ない。二人はマチェット、ナイフは……私かな。

「いいよ。二人はマチェットから好きなの選んで。ナイフは、私かな。店員さん呼んでくるから、ちょっと実物、持たせてもらおうか」

 二人は早速ショーケースに張り付いて、ヒソヒソし始めた。

「どうして、マチェットなの?」

 レインがフォールディングナイフを見て、言った。私はレインの横にしゃがんで、片腕を伸ばして見せた。

「大人の腕の長さは、これくらいあるんだ。君たちはリーチも力も、大人には及ばない。得物を持つなら、少しでも間合いの取れるものを持った方が、有利に動ける」

「わかった」

 私は、ナイフもマチェットも、三本ずつ買うつもりでいる。得物としては理詰めを言ったが、普通にどちらもあると便利ではあるから。

「ナイフも買ってあげるから、選んでいいよ」

「いいの?!」

 ついでに、ロープと網も買いたかったが、いかんせん、化け物のサイズ感もわからないので、保留。





 カートにマチェット三本、ナイフ三本、砥石各種、研ぎ器シャープナー、マグライト三本。目的は聞き込みだけど……まぁ、よかろう。ナイフの使い方、構え方については、王様に相談しよう。





「二人は聞き込み、できたの?」

 レインに訊かれた。

「まぁね」

 シェファーが答える。先程の女性の話だ。





 女性は近隣住民で、庭に入り込んだ獣の死骸を埋める為に、シャベルを物色していた。獣は狸で、これといった外傷もなく、倒れて冷たくなっていたそうだ。又、死骸の傍にはとても長い毛が落ちていたと言う。毛は人間の髪の毛ではなく、動物の体毛のようだと。長い……毛。


 ひとまとめに結わえた髪を弄りながら、考える。熊? いや、人里と山間部にはかなりの距離があるから、除外していいと思う。なんとなく浮かんできたのは、馬のたてがみか、尾の毛……しかし、臆病で繊細な馬が狸を襲うなんて、聞いたことない。


 女性に、その毛を見せてほしいと持ちかけたが、野焼きで焼いてしまい、残っていないそうだ。

 マッピング用の地図帳を取り出して確認すると、女性の家は、防風林の廃屋から数キロ先だった。





 午前十時半。屋内の自販機スペースにて、小休憩。ベンチの隣にレイン。シェファーはトイレ。


「ヒルコ」

「はい」

「僕たちって、世界の外側に何があるか調べてるんでしょ?」

「うん」

「アーバンに居ても調べられることは、除いて」

「そうだね」

 レインは、何か考えているようだ。

「行動が、漠然としていると思う?」

 レインより先に、レインの頭の中を想像して、訊いてみた。

「……うん。何をしようとしてるか、何に向かっているのか、何を得られるのか、わからないのが……不安」

 シェファーが戻って来た。

「それ、僕も聞きたいな」


「王様の騎士がすべきことって、何だと思う?」

 私が考えていることを、二人に投げかけてみた。


「え……何だろう」

「命令の遂行」

 スラッと答えたシェファーに注目する。

「そうだね」

「他に何かある?」

 シェファーには、真っ直ぐな気質があるのだと思う。

「王様は……私たちを、手足のように使いたいんだと思う」

「手足……」

 レインが軽くショックを受けているようだ。わかりやすい。素直な子だ。

「悪い意味ではないよ、レイン。王様は忙しい人だから、人一倍この国について知っていたくとも……足りないんだ、色々」

 二人は、私の言うことを聴いている。

「王様は、この国が良い国であるように、国民が幸福に生きていけるように……わかるよね? その為に在るんだ。では、私たちは、どう在るべきか」

 二人が真剣に聴いている。

「いや、この意識の持ちようや、すり合わせについては……又今度にしよう。もう少し、君たちが」

「何?」「何なの!」

 食い気味だ。

「せめて、君たちが中学生になったら、話し合おうか」

「「えぇ〜〜〜〜」」

 説教じみた話を、上からする構図に耐えられなくなった。私はそんなできた人間じゃないし、人間でもなかった。きっとこの気恥ずかしさが、二人にもわかるようになるのは……大分先のことなんだと思う。





「では、聞き込みを再開しよう」

「「はい!」」





 私たちが、何故在るか。

 いつか二人と、いや、三人で話したい。…………王様には内密で。

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