66 春陰

 夕方、日が暮れた少し後まで、オニキスは王宮に居たみたい。





 僕は部屋に戻って、ベッドの布団の中へ頭から突っ込んだ。生温なまぬるい感じがして、さっきまで誰かが居たような……





 やめよう。こんなことしてて、そのまま眠っちゃったらどうするんだ。


 僕は今直ぐここから抜け出して、風呂と食事を済ませて、それから寝ないといけない。順番をおざなりにしてはいけない。いけない、いけない。ヒプノス島に居た時は、キチンとできてたじゃないか。





 風呂に入る前に、洗濯機へ今日着ていた服と昨日使ったバスタオルを放り込む。洗剤入れて、お急ぎコースでスイッチオン。

 風呂はシャワーだけ。洗濯機より、僕の方が早い。





 部屋に戻ってから食堂へ行ったら、王様が居た! 僕は、今日結構遅いのに、王様もまぁまぁ遅いんだ……


「おかえり、レイン」

「ただいま、王様。今頃夕食ですか?」

「そうだね」

 王様は席を立って、食堂に置かれたワゴンから僕の分を用意してくれた。

「あ、あの、僕自分で」

「レインは座っていなさい」

 冷製スープとライ麦パンの惣菜サンド。スープは南瓜カボチャだ。黄色に白いクリームが、うずを巻いている。

「いただきます」


 バリ。


 こぼさないようにと、ワックスペーパーで一つずつ丁寧に包まれているパンに、齧りつく。ささがきゴボウのかき揚げがサクサク、キノコたっぷりのチキンサンド。ほうれん草のピーナッツ和えの小鉢と丁寧に皮を剥かれた甘夏もある。王宮の厨房の人、僕用に……多分、王様の食事よりはグレードを落として、家庭料理に振ったメニューを出してくれるの。

 それでも、だ。王宮の食堂で食べるものは、どれも美味しくて、僕は僕の舌が贅沢に慣れきって、ダメになってしまいそうな気がして、ちょっと怖い。


「レイン」


 王様が……僕が食べている間に、お茶を淹れてくれた。これこそ、最たる贅沢。王様にお茶を淹れて貰えるなんて!

「……麦茶」

ほうじ茶ですよ」

 あぁ。なんか、あの、香ばしくて美味しいお茶…………ズズと、始めて温かい熱が口の中に拡がる。ふぅ。何で温かいってだけで、こんなにみるんだろ。

「ごちそうさま。よく、眠れそうです」

「そう。明日も大変だろうしね」

 王様もお茶を飲んでいる。僕は、王様の佇まいが好き。食堂に着席はしていても、ピっと背筋が伸びてる感じ。姿勢が綺麗な人って、自然と目が吸い寄せられちゃう。……オニキスも、そう、かな。僕は同じようになりたくて、真似してる。









 春休みに、僕はヒプノス島へ帰っていた。何度でも思い出す。





 海、行きたいなぁ……皆とも、行ってみたい。





 オニキスとは、しょっちゅう行ってたんだよね。平日のオニキスが、仕事帰りの日でも。春は陽が長くなるから、夕暮れがオニキスと見れるの。働いてる人と、明るい海が見れるのってすごいよね。僕、オニキスと日没をいっしょに見るの、好きなんだ。





 週末のオニキスが休みの時は、時間はあるけど、食料や日用品を買い出しに行かなきゃだし。

 オニキスとずっと遊べる時間って、意外と少ない。





「レインは私と遊んでて楽しいの?」

 買い物は、一週間分まとめて。オニキスが車を運転している。

「楽しいよ? 僕、そんなにわがまま言ってない、よね? オニキスは大人で、忙しくて、僕の相手するの、疲れちゃうから、遠慮してるんだけど」

「あはは。レインの相手して疲れる? 疲れないよ!」

「う〜〜そ〜〜。土曜のオニキス、昼過ぎまで寝てるじゃん」

「寝るの、好きなんだよ。知らないの?」

「知〜〜らな〜〜い」

 オニキスが片手を伸ばして、僕の髪をぐしゃぐしゃにした。

「も〜〜。陽が暮れちゃうんだからね〜〜」

 空は曇り。窓の外は、明るい灰色。

「海、寄りたいの?」

 別に良い天気じゃない。でも僕は、曇りの日が好き。

「行こうか」

 海岸へ出る道。

「僕、返事してないよ?」

「うん」





「レイン、裸足はやめなさい」

 僕のサンダル、出してくれた。


 車のトランクに、折り畳みコンテナが載せてある。オニキスは横着して、家に着いたら車を勝手口に寄せて、コンテナに入れた買い物を、全部そのまま空のコンテナと載せ替える。業者じゃないんだから。


「はい」

 僕のバケツと熊手。オニキスは、僕が何したいか、知ってるみたい。

灰色の琥珀アンバーグリスが見つかるといいね」

「…………」

「どうしたの?」

「別に、そればっかり探してる訳じゃないよ?」

「そうなんだ」

「そうだよ。見て」

 オニキスに二枚貝の片割れを渡す。

「そこら中に打ち上がってる白い貝」

鷺貝サギガイだよ。名前、あるんだから。今日は桜貝見つけて、オニキスにあげる」

「あれは、そう簡単には見つからないんじゃない?」

 知ってるよ。だから、見つけたいんじゃない!









 探索中、時々立ち上がって、伸びをした。丸まって探してるから、身体が巻き貝になっちゃいそう。





 途中から僕は、バケツをひっくり返して、椅子にして座ってた。お尻に、丸い跡がついたかもしれない。それくらい探したけど、桜貝は見つからなかった。


「成果…………ゼロ」

 僕は明らかに、落ち込んで見えたのかもしれない。

「私はとっくにもらってるけど?」

 僕が始めにあげた鷺貝を、オニキスは放りもせずに持っていた。

「もっといいの、あげたいの」

「ふぅん」

 オニキスがニヤニヤしてる。僕は見つけられなかったのに!

「又来ればいいじゃない」

 なんだか悔しいような、今は悲しいような……

「レイン」

 僕は返事もしないで、砂を落として、車に戻った。もう帰る。





 オニキスは帰ってから、鷺貝を洗って拭いて、本棚の上のシャーレにしまっていた。









 僕はそれから…………春休みの残り、空いた時間を使って砂浜へ行っても、桜貝は見つけられなくて…………





 オニキスと砂浜へ寄り道した日の、長い長い探索が、頭の片隅にずっと残っている。





 僕は、ヒプノス島へ帰ったら、桜貝を見つけて、オニキスにあげたい。





 僕は、騎士班(仮)の探索で成果をあげて、王様に報告したい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る