65 探索

 ヒルコの指示で、僕らは自転車を降りて『家』を訪ねることにした。





 その家は、ボロボロに傷んでいて、廃屋かと思った。





「済みません。どなたか居ますか?」

 返事はない。ドアをノックする。

「空き家じゃない?」

 シェファーがドアノブに手をかけた。施錠されていて、かない。

「車の乗り入れ跡がある」

 ヒルコが家の正面口に、タイヤ跡があるのを見つけて言った。

「誰か出てきても、何訊くの? 何か変わったこと、ありますか? とか?」

 僕は訊いてみたいけど……そんなの初対面の人に言われたら、すごく怪しいよね?





「あんたら、何してる」

 家の裏手から、年配の男性が現れた。野良仕事をしていたようなで立ち。手には……ナタ


 僕もシェファーも身構えた。ヒルコは男性に言った。

「サイクリングです」

 いや……確かに自転車で来たけども! ヒルコって……怖いもの知らずと言うか、何と言うか。


「そうかい。うち、ちょっと寄っていかんかね。俺ぁこれから、お茶の時間でさ」

 男性は気さくな感じだった。僕らを取っ捕まえて、肉団子にする気はなさそうだ。





 男性の案内で家の裏手に回ると、台所の勝手口から、家へ招かれた。


「入って入って。ここはもう、暖炉前しか使ってないの」

 土足でいいと言われて上がった家の中は、広い台所と、片隅に食卓と椅子は退かされて、替わりに置かれたソファーとローテーブルは、暖炉前に居心地の良さそうな一角を形作っている。

「陽が落ちると冷えるからねぇ。薪を用意しとかんといかんのよ」

 男性は、随分優雅なティーセットで紅茶を淹れてくれた。あんずジャムとスチーマーもあって、僕はふわふわフォームミルク載せティーを頂いた。熱々の液体は口の中に幕を張り、喉の、胸の隙間を落ちていく。

「ヒゲ付いてるよ、レイン」

 ペロリ。シェファーは砂糖を入れないで、杏ジャムを落として飲んでいる。杏はどんな味?

「で、あんたら……本当は、何しに来たの」

「肝試しの下見ですよ」

 ヒルコが答えた。…………自然過ぎる。ヒルコって、機転が利く。

「この辺に良さそうな場所や物、ご存知ではないですか?」

 男性は立ち上がると窓辺から外を伺って、又暖炉の前へ戻ると言った。

「あんたら、いいところへ来た」

 え。

「……ここだよ」

 えぇ……やめてよ。

「こことは?」

 シェファーが訊く。

「出るんだ。お化けが」

 …………帰ろう。僕らが探しに来たのはそういうのじゃ、ない。

「何のお化けが、出ますか?」

 ヒルコも訊く。何でもいーーよーー。帰ろーーよーー。

「知りたいかね」

「や〜〜だぁ!!」

 つい、口に出してしまった。一斉いっせいに注目を浴びて……笑われた。うぅ。シェファーが僕の足に手を置いた。はいはい。黙って聴きますよ。





 男性は、海の話を始めた。





 海と言っても、偽物の海だ。





 この辺、農村部にはいくらでもある、防風林や畦道あぜみちを歩いていると、どこからともなく波音が聞こえてくる。後ろの通り過ぎた道から、これから向かう道の先から。津波の始まりだ。水がじわじわとみてきて、あちらこちらから、低い方へ向かって流れて来る。


「逃げざるを得ない」


 水たまりの薄い水面が、あっと言う間に膝や腰の位置まで迫り来て、逃げ惑う。恐怖におののいて、あたふたとしている中、恐ろしい質量の波は海へと変貌し……


「突如として、消え失せる」


 男性は、まるで今の今まで津波を見ていたかのように、泳ぐ目付きで波音に聞き耳を立てた。


「それは……海の……お化け?」

「そうさなぁ。大洋に星々が落ちてメテオインパクト以来、溢れた海水は彷徨さまよい続けているのさ」

「消える水なら、津波でも怖くない」

 シェファーは言った。僕は怖いよ!

「はは。本番はこれから、次に現れる奴がお化けの本番だ」

「……充分だよ」

 小声を漏らした僕の太ももを、シェファーがペシと叩いた。

「そんな怖い見た目じゃないさ!」

 男性は言う。

「ちょっと大きくて、ちょっと毛深くて、ノシノシ歩いて来る」

 …………ちょっと、ちょっと。

「時々止まる」

 はぁ?

「それのどこが怖……」

「それは走りますか?」

 珍しくヒルコが、シェファーを遮って口を挟んだ。

「奴はな……」

 男性はトーンダウンして、密に続ける。

「どこが正面か、わからねぇんだよ。それが動き出す時が、怖ぇんだよ」

 確かに……うぅん……怖い、かも??


 ヒルコが王様に持たされていた端末が、鳴った。


 僕らは長居をし過ぎた。王様は心配して、ヒルコに電話をかけてきたのだ。





 怖い話は、中断されてしまったけど…………続きは明日…………明日は、数時間で今日になる

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