61 鱗
王様は、レインの隣の部屋に居た。王宮にある、客室が並ぶホテルのような区画。その中の一室は、ヒルコが泊まる時に利用している部屋だ。続き部屋で、南向きの中庭に面した、白い部屋。
「……王様」
「おはよう、ヒルコ」
ヒルコは目を覚ました。ベッドの上に居る。先程まで騎士班(仮)の会議に参加していたはずだった。
「あなたを運ぶのも慣れてきました」
「会議はどうなりましたか?」
ヒルコは騎士班(仮)の活動予定について、レインとシェファーが提案していたのを聴いていた。そこまでは覚えている。
「世界の外側を散策することに決まりました」
ヒルコは
「ヒルコ班長はお疲れのようです」
王様が口を挟んだ。頬杖が崩れて、眠ってしまったヒルコを軽く起こす。
「班長が居なくても、会議を続けられますね?」
王様はヒルコに肩を貸して、退室した。散策は、それから程なくして決まったことである。
その部屋を、王様はヒルコの部屋と呼んでいた。
「あなたの部屋だと思って、使っていいのですよ」
王様はヒルコを王宮に泊める時、そう言った。
ヒルコは贅を尽くした部屋を見て、自分には似つかわしくないと思ったが、口にはしなかった。ヒルコが初めて得た自分の部屋は、サラセンホテルの
「王様」
ヒルコに呼ばれて、王様はヒルコを見た。
「私は王様に、何でもして差し上げたいのです」
ヒルコは心に思うものを言葉にそっくり写すことが難しく、他にしっくりくる言い方も思い付かなかった。
「私の傍に居てくれるだけで」
王様は微笑んで、だが内実は、応えてくれはしない。
ヒルコはベッドの上で、のたうつように伸びをした。
「王様になら、私の
ヒルコは寝たまま、神妙な面持ちで告げた。
「鱗……龍の、鱗、ですか?」
「きっと、多分、もしかしたら……長生きできる……かもです」
王様は笑った。
「人魚の鱗か肉と間違えていませんか?」
「!」
直ぐにシュンとしてしまったヒルコは、王様に背を向けた。
「鱗一枚でも、剥がしたら痛いでしょう?」
「痛……くないです」
「嘘つきですね。あなたの鱗はきっと美しいのでしょう。でも」
ヒルコは振り返った。
「鱗一枚より、あなたを見ている方が、私はずっといいのです」
ヒルコは、人間の王様を見ている。
「見ているだけでは、何も手に入らない」
「そうでもないですよ」
ヒルコの澄んだ海の水色の目が、王様を見ている。この美しい生きものは、人間の王様だけを見つめていた。
永い
きっと、あらゆる到達点を幾つも超えられる。きっと、数えられぬ尊いものが通り過ぎていく。きっと、永遠について知り得ることが叶うかも。
又、同等の絶望も訪れる。又、始まりが遠く忘れ去られる。又、希望は足りないかもしれない。
神である龍が、人間と同じ時を生きるはずもなく、人である王が、龍を自由にできるはずもなかった。
「龍の鱗も肉も食べれば、人間の短い生涯も多少は……延びるかもしれない」
「人魚のそれと同じように?」
「そぉです」
「多少ならいいですけど、死ぬことができなくなるのは困りますねぇ」
「どうして?」
ヒルコは本当にわからないといった様子で王様に尋ねた。
「取り残されて、孤独になります」
「…………」
ヒルコは気付いた。捨てられた時、独りだった。あれと同じになるものを与えようとしていたのか……
「永遠は……良いものだと、思っていました」
「良いものには違いないと、私も思いますよ」
王様はヒルコの
「
「……知ってます」
顔も上げずにヒルコは答えた。
「
魚の鱗には……多量の蛋白質が含まれていて、その大半はコラーゲンとケラチンから組成されている。ほとんどがリン酸カルシウムで、骨とおんなじ。
「ただ美味しいだけ」
王様はヒルコの言葉を繰り返した。
「そ」
「充分でしょう?」
ヒルコは王様の膝に頭を乗せたまま、王様を見上げた。
「パリパリ
ヒルコは呟いた。
「つくれますか?」
うんうんと頷いて、ヒルコは直ぐに首を振った。
「私は国主に仕えるもので、贅沢な王様の料理人ではない」
「あなたがつくる料理は美味しい」
褒めたって駄目と言わんばかりに起き上がって、ヒルコは騎士たちのところへ戻ろうとした。
「あの子たちには、何でもつくってあげるくせに」
笑ってしまわないように言った。王様は、ヒルコがレインとシェファーに甘いのを知っている。
「仲間ですから」
当然と返した。ヒルコは今度こそ本当に、仲間のところへ戻って行ってしまった。
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