58 黒衣の青年

 金曜の夜は……遅くまで起きていられるのがいいんだよね。


 僕は王宮で暮らすようになって、悪いことを一つ、覚えてしまった。


 夜ふかし。


 夜は九時には寝ていたのに、アーバンの小学校へ編入してからは、宿題も増えて……その、何と言うか、頭を使って考えて、自分で組み立てるような宿題もよく出るなって意味で……僕は宿題を仕上げるのに、結構時間を使ってしまう。それで寝る時間が、少し遅くなることがあるなって。

 夜ふかしのキッカケは、宿題だったんだ。


 公立の小学校に通っていた時より、机に向かっている時間、増えたと思う。

 先生がくれるプリントや教科書の問題を指定される宿題と違って、私立の先生は……読書感想文みたいな、組み立てが必要な宿題を、他の教科でも出してくる。

 僕は最初、そういった宿題への取っかかりがパッとはわからなくて、漠然とした。


「レインは、一人でも宿題ができて偉いね」

 ヒプノス島から来たオニキスが、王宮の僕の部屋へ泊まっている時、島に居た時みたいに宿題を見てくれたことがあったんだ。

「できてないよ、オニキス。止まってるんだ」

「そうなの?」

 社会の宿題で、ほとんど白紙のプリントを渡された。大きな川から始まる人間の歴史、川の近くで文明が始まるのは何故ですか? って問題。

「教科書を見ないで、考えて書き上げてって、先生が」

「川の近くなら、直ぐ水が飲めるじゃない。別に人間じゃなくても、馬でも川好きだよ、レイン。馬は水を沢山飲むから、水場は近い方がいいんだ」

「そんなこと?」

「コンビニが近いと便利でしょ?」

 書いて、とオニキスがプリントをトントンする。

「水がいつでも直ぐ飲めるから」

「そうそう。水が沢山あると、植物も沢山育てられるんだよ」

「あぁ、作物ね。食べ物もつくれるんだ」

 オニキスと喋りながらだと、なんだかスイスイ進む。オニキスが行く先を照らしてくれる感じ。ちょっとズルしてる気も、しなくもないけど。


 ヒプノス島に居た時は小学校がなくて、ハルと集会所に集まって自習していたから、それでオニキスも特別丁寧に、僕に付き合ってくれてたんだと思う。

 アーバンで同じようにされると、まるでオニキスの家のテーブルで勉強を見てもらっているような、そんな気持ちになる。

 オニキスと居た時は、きっちり九時には寝ていた。オニキスは平日働いているから。僕が毎朝集会所にちゃんと行けていたのも、オニキスとの時間がどれも自然に決まっていたから。





 僕はオニキスから、良い習慣と勉強の仕方を学んだのに、王宮で暮らすようになって…………一人で居ることが、どれだけ時間をいっぱい無駄遣いしてしまうか、ということを知った。いや、わかった。オニキスと居ると僕はちゃんとしたいし、ハルと居るとちょっと良いかっこしたいんだ。


 きっと今独りで居るのは、これは『修行』なんだ。そう思おう。…………。だって、その方がかっこいいじゃん。





「ふぁ…………ねむ」

 いくら金曜の夜でも、借りたばかりの本を読み過ぎた。もう寝よ。

 最初はビビってた王宮の迫力ある廊下も、馴れた。暗い影の真っ暗なとこにお化けが居る。怖い怖い。はいはい、居ない居ない。全〜〜然……

「居……る」

 え……はぁ? 何か居る! 無理……待って、いきなり怖くなってきた。何あの黒いの……


 黒いの…………


 僕は気付いて駆け寄った。

「オニキス〜〜」

 オニキスの黒い服に抱きつく。ヒプノス島に居た時、オニキスがよく着ていた黒い被りの丈の長い服とは違う、細身のブラックスーツ。アーバンへ来る時はこっちの方が多いの。

「ねぇ、オニキス。僕、会いたかったよ」

 あれ、何か…………髪切った? たてがみ短くなっちゃわない? 手を伸ばして触れた毛先は、肩にも届いてない。





 天井の高い廊下。所々に置かれた脚付きキャビネットには、常夜灯のようにランプが点灯されたまま。陽が暮れると灯るのだろう。夜を照らす間接照明……視界の利く、薄明かりの廊下は趣き深い。

 レストルームで顔を洗って、気持ちを切り替えた。応接室へ戻る途中、すっかり夜になってしまった外の様子を、窓辺で眺めた。


 突然、廊下の向こうから現れた少年に飛び付かれて…………吃驚びっくり


 私の服にギュっとして、知らない名前を呼ばれて纏わりつかれる。髪にも手を伸ばしてくる。

「君は誰? 私を誰かと間違えてない?」

 私は、まだ子ども、見知らぬ少年に声をかけた。





「…………オニキス……じゃないの??」

「私はディバイル。オニキスって、だぁれ?」





 僕は、オニキスだと思った。

 真っ直ぐな黒い髪、前分けに覗く顔、僕より濃い青色の目……服だってオニキスが着ている黒い服、スーツ……いつもと、ちょっと違うかも。オニキスが、アーバンでよく着ているスーツと、落ち着いて見たら形が違う。


「おにいさん……お化け?」

「ふふ、お化け? 君の知っている人によく似た?」


 あ、笑われた。髪の短いオニキスが笑ってるみたい。

「ねぇ、どうして? おにいさん、僕の知ってる人にそっくり」

「そうなの?」

 しゃがんで覗き込まれて、僕はおにいさんに抱きついた。





 何だ……この子、かわいいな。目を合わせて、顔をよく見てもらおうと思ったら抱きつかれた。

 そんなに私は誰かと似ているのだろうか?

「ね、名前を教えてくれる? 君を何て呼んだらいいのかな」

「…………レイン」

 小学生? 十才とか、それくらい? どうして、こんなところに子どもが居るんだろ……





「レインくん、私の名前はディバイルだよ。ここで何してるの?」

「ディバイルおにいさん……僕、もう寝ようかと思って」

「レインは、ここに住んでるの?」

「うん。ディバイルは王様のお客さん?」

「王様……じゃなくて、王宮の人に仕事で会いに……来ました」

「そう。又、お仕事で来る?」

「わから……ないです」

「……そう」





 しょんぼりされた。かわいい子。バイバイして、応接室へ戻った。又、王宮へ来られる機会、ないかなぁ……





 なんだか夢みたい。オニキスにそっくりなおにいさんに会っちゃった!

 あの人、本当に居た? 本当にお化けじゃない?

 ディバイルだって。名前教えてもらった。ディバイル、ディバイル、ディバイル。


 ねぇ、オニキス。アーバンには、オニキスによく似た人が居るよ!

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