57 インタビュー・ウィズ・トライホーン

 今日は仕事でインタビューだ。





 僕とカメラマンと同行者、計三人でテクニカルフロート社の研究施設へ向かう。





「今日のインタビューは、どういった趣旨のものなんですか?」

 ディバイルが手帳片手に訊いてくる。ディバイルは……紙の手帳派なんだな。

「予定表、見たでしょ? ディバイル」

「三島さんの狙いを聞いておきたい……てことでしょう?」

 カメラマンが補足する。ディバイルも頷く。

「『狙い』ねぇ。それは……」





 テクニカルフロート社、研究施設。

 ここに、今日のインタビュー相手、『公的調査機関トライホーンブロック』のトライホーンデスクがもうけけられている。









 僕の名前は、三島由烏合夫みしまゆうごお


 フルネームが漢字なのは、両親も祖父母もインテグレイティア人だから。僕の髪は黒く、目は茶色。僕へ至るまでに外国人の血が入ったことは、なかったようだ。


 インテグレイティアが過去に流入避難民を受け入れてきた影響で、大和ヤマト民族であるインテグレイティア人は、国民の大多数ではなくなってしまった。


 氏名で大和民族であるかを見分けるのは、簡易的な方法に過ぎない。(流入避難民には、帰化して改名する人も居るからだ)





 ディバイルを見ていると……血筋について、色々と想起させられる。





 ディバイル・ナークス。

 彼の名前は、同名の他界した資産家から引き継いだそうなので、本当の名前は知らない。

 彼の髪は黒く、目は青い。多分どこかの代で流入避難民である外国人と混血して、大和民族とは異なる形質特性が現れたのだろう。





「三島さん……黒髪で目が青い人は、外国人でも普通に居ますよ」

 郊外を走るシャトルバスの中、同行者と雑談に興じている。

「インテグレイティア人の顔立ちと肌質の碧眼は、インテグレイティアにしか居ないと思うけど」

「インテグレイティア人が、海外移住した先で子どもを産んだら、国外にも居るはずですよ」

 ディバイルは、碧眼がスペシャルトピックスにはなり得ないと思っているようだ。

「僕は、『インテグレイティア人のカラーバリエーション』という話をしているんだ」

 ディバイルが僕を見てくる。ディバイルの目は青い。『青』と聞いて思い浮かべられるであろう、青らしい青色だ。光の三原色みたいな……色の三原色なら、シアンとマゼンダを混色したブルー……そんなありふれた青色。

「インテグレイティア人は、以前とは異なる規模で、分母の大きいバリエーションを手に入れたんだ」

 過去……流入避難民の受け入れは、段階的に何度も行われた。過去……日本人は移民の受け入れに対して、抵抗感を持っていたのに……流入避難民の受け入れに対しては、難色を示す向きは……さしてもなかった。

「『テセウスの船』みたいですね。三島さんは……受け入れざるを得ない情勢の中で登場してきた碧眼を、民族的な特徴の喪失欠けではなく、内包したバリエーションとして捉えている訳ですか」

「大和民族の定義は、『ほとんどが日本語を母語とし、日本列島……インテグレイティアに居住する民族』だ。どこに居て、何語を喋るか、が重要……まぁ、これだと民族とはどういう存在なのか、途端に不明瞭になってくるけど」


「面白そうな話を、していらっしゃいますね」


 僕とディバイルは、テクニカルフロート社へ着いてからも、ロビーで雑談を続けていた。


「トライホーンデスクのクレイシアです。よくお越しくださいました」

 広報担当だろうか。クレイシアと名乗った青年は、幾分年下のように伺える。

「学芸編集部の三島です。本日は宜しくお願い致します」





 三階…………に居ると思う。クレイシアの案内で研究所内を歩いている…………が、窓のない通路、階段や斜路スロープが、現在位置の把握を曖昧にさせてくる。


 テクニカルフロート社の敷地内、シャトルバスは正門を入って直ぐの正面口と、更に奥の別棟前で停車した。僕らが降りたのは、この奥まった研究所前。外から見ると、三階建てのシンプルな建物くらいに思えたが……内部は、まぁ、なかなか広いようだ。僕らを先導するクレイシアは、軽快な足取りで歩いて行くが、見失ったら迷いそうですらある。





 トライホーンブロックのデスクなんて……本当に存在しているのだろうか? (長々と歩かされて、狐にでも化かされている気になってくる)





「こちらです」

 ようやくクレイシアは立ち止まって、そのドアを開けた。

「どうぞ、おかけください」

 窓がある応接室のような部屋。外からの自然光にホッとする。クレイシアは内線電話をかけている。


「なんかちょっと……疲れました」

 ディバイルが耳打ちしてくる。僕もだよ。





「さて、それでは始めましょうか」


 クレイシアは、煎茶と練切ねりきりを勧めてくれた。木枯らしの枯葉にしもが降りたようなデザインのディフォルメされた落ち葉の練切は、冬の見立てのようで洒落ている。窓から射し込む陽の光は、夕暮れ前の最後の輝きを放っていて、じんわりと暖かな熱を与えてくれる。…………インタビュー、なるべく早めに切り上げたい。帰る頃には真っ暗になっているだろう。早く、帰りたい。


「先に写真を撮らせていただいて、インタビューは動画で、後から文字起こしした原稿をチェックしたのち『学芸』に掲載……ということでよろしいでしょうか?」

「伺っております。よろしいですよ」


 クレイシアは、テクニカルフロート社の研究施設写真とトライホーンブロックのロゴ画像、研究所内の写真も提供してくれた。用意周到と言うか……カメラマンに撮らせてよいのは、ここに居るクレイシアだけ。そう言われているような気がする。

 よくできた広報だ。トライホーンデスクは、トライホーンブロックの見せていいものしか並べない気でいるんだ。





「本日は、公的調査機関トライホーンブロックの広報、トライホーンデスクのクレイシアさんにインタビューをしたいと思います。始めにですが……トライホーンブロックって、いったい何ですか?」

 インタビューには簡単な進行台本がある。聞き手と話し手形式だ。今回はディバイルに聞き手である質問者をやってもらう。


「こんにちは、トライホーンデスクのクレイシアです。公的調査機関……と言われても、よくはわかりませんよね」

 クレイシアはカメラを向けられて、少しやわらかい雰囲気に変わった。

「始めに明かしますと、トライホーンブロックには、王宮と博物館が関わっております」

 国がバックについているって、信用度がスタートから飛び抜けてるよなぁ。

「王宮と博物館とテクニカルフロート社、この三者の協力体制でインテグレイティアそのものについてを調べて、知り得たことを皆様と共有していこう……広義の理念は、そのように掲げております」

 んん? 早速よくわからないじゃないか。

「インテグレイティアについて調べるって、具体的には何を調べているのでしょう?」

 そうそう。調べると言っても無料タダじゃないんだ。調査費用が使途不明金になってしまってはよろしくない。

「拡張国土と国民の傾向について……が主だった調査対象ですね。小惑星衝突メテオインパクト以来、我が国は一度、在り方そのものが変わらざるを得ませんでした。再生と復興の後に、新生インテグレイティアとして新しい身体で生きてはいますが…………かつての日本と何がどれだけ変わってしまっているのか、私たちはどれだけのことを認識できているのでしょう」

 ト書き『軽く言葉を失って、話し手を見つめる』…………ディバイルは、聞き手役への演出をこなしている。いや、本当にドンピシャだったのかな?

「例えば、あなたの容姿。あなたは混血ですね?」

「……はい」

「混血の人は昔から居ました。ですが、現在ではインテグレイティア人の半数以上を上回る人が、混血です。この動向は、食料、衣料、建築、他あらゆるものづくりにも変動を与えました」

 ディバイルが右手で……人差し指で喉元を触っている。見ないで、指の腹で、何かを確かめているかのような仕草。

「そんなに変わりましたか?」

「変わりましたよ。あなたの身長は何センチですか?」

「百七十……六センチです」

「インテグレイティア人の成人平均身長は、男性が百七十五センチ、女性が百六十四センチです。この推移一つでも、高く変われば建具のドアサイズも衣料品のパターンも、少しずつ変動していきます」

 僕は百八十八センチ。最近の若い人は、平均よりもう少し高い印象だけどな。

 来る途中、僕はジャージのディバイルに、吊るしのスーツを買って着替えさせた。(インタビュアーがジャージなんて、かっこわるいものね)今日のディバイルは黒いシルクシャツを着ていたので、僕が買ったスーツも黒で、ディバイルは真っ黒だ。人によっては威圧感の出る装いなのに……ディバイルは本当に、黒がよく似合う。

「トライホーンブロックは主に、トライホーンラボラトリーとトライホーンファクトリーという部門からできています。ファクトリーでは現在、医療分野で生体材料バイオマテリアルを保険適用範囲で提供できるよう調整中です」

「バイオマテリアル……とは、有機物からつくられた義手や義足……などですか?」

 生の手足なんて、つくれるのか……人間も、いよいよ来るとこまで来たものだ……

「国内で得られる有用な治療の一つになるように。病気や事故などで欠損した部位を、スペアに取り替えるように、治すことができる。目指す目標へは、到達点を幾つも超え、着実に近付いていると言えるでしょう」

 でも……

「そんな都合良く、オーダーメイドみたく、つくれるものなんですか?」

 そうそう。SFじゃあるまいし。ロボットアームを装着して、電気刺激を通じて動かすとか、それくらいじゃなかったの?

「細胞シートを元に、人工で臓器を生成できることを知っていますか?」

「えぇ、まぁ。でも……臓器なら異種移植で、豚からの方が簡単じゃないですか?」

「臓器なら、そうかもしれませんね。では、移植が必要な部位が、例えば……脚だったら……どうですか?」

 人間の脚がいい。

「豚じゃ……駄目だ」

「そうです。人間の脚でないと。できることなら、背恰好の近い、自分と似たような、そんな脚が欲しい」

 あれ、なんか……これは……怖い話をしていないか?

「トライホーンでは、クローンについて、実用化の為の研究もされているとか」

「トライホーンラボラトリーで行っております」

「クローン人間も、実用化を目指していたりします? 国立の機関がバックについているのは、法改正の為の調査と調整も進めている……ということですか?」

 おいおいおいおい、クレイシアの、にこやかな微笑みがなんだか恐ろしいぞ。

「そう簡単に、そう旨くは、いきませんよ」

 僕は今直ぐ帰りたくなった。

「クローン人間をつくって、そうしたら……人間の脚も、その、簡単じゃないですか?」

 ディバイル、ディバイル、そんな直截ちょくせつに訊かなくてもいい。いや……訊くべき……か。

「例えば……クローン人間をつくって、脚という部位を移植に使うとします。脚をとられたクローン人間はどうなりますか? 倫理的に、このようなことが許される法改正はありえないでしょう」

「あり……えない」

 ディバイルが、床を凝視し始めた。

「大丈夫ですか? 中断しましょうか?」

「済みません。続けます」

 ディバイル、又喉元を触ってる……

「クローンと言っても……人間の全身ではなく、必要な部位のみをクローニングでつくる。そのような研究を続けています」

「あぁ、それなら……いいですね。きっと法にも、抵触しない」





 それからは……もっとスケールの小さめな、不穏ではない話題へ移って、インタビューは続けられた。


 クレイシアは、ディバイルとは違って、感情を別の感情レイヤーで透過させないでいられるようだった。少なくとも、クローンと移植の話をしている時でさえ、笑顔や口調が崩れることはなかった。





「ディバイル、お疲れ様。大丈夫?」

「ナチュラルに人の手を握りますね、三島さん。私は全然、大丈夫です」

 ディバイルの手、冷たい。

「この後、王宮へ寄って……」

「王様にもインタビューしますか?」

 ……笑ってる。大丈夫みたい。

「インタビューは終わり。王宮には広報から一言いただきに行くだけ」

「さっき…………なんだか、怖いなって、少し思いました」

 そっぽを向いたまま、気まずそうに言われた。

「クレイシアじゃなくて、当然のように話してる自分の方が」


 ディバイルはそれきり、シャトルバスでも続きは話さなかった。話に続きは、なかったのかもしれない。


 ディバイルが何を怖く感じていたのか、僕にはよくわからない。きっと、誰でも感じる倫理的問題を、生々しく想像してしまったとか、そういうことなのだろうと、僕は思っていた。





 王宮。


 真っ暗だ。いや、明るい。王宮をぐるりと囲む鉄柵、等間隔でライティングされていて、夜空にしか暗闇はない。都心らしい佇まい。


 王宮には、事前に約束を取り付けてある。カメラマンは帰した。僕とディバイルで、応接室に通される。


「少々お待ちいただけますか?」


 広報担当にもトライホーンブロックとしてコメントをいただいて、インタビューを引き締める仕上がりにしたいだけ。

「トイレ行ってきます」

 ディバイルが離席した。

「…………はぁ」

 帰りたい。トライホーンもクレイシアも、居心地悪くて薄気味悪かった。『学芸』なんて投げ捨てて、風呂に入って、ビールを呑みながら肉でご飯を食べて、そして眠りたい。『学芸』は明日、拾うから。


 嘘だ。冗談でも本を投げ捨てるなんて、したことない。


 このインタビューを、記事として完成させる。文章に起こす際、もっとわかり易くクリーンアップする。誌面に掲載されれば、聞き手が話し手から導き出した言葉が、今度は読み手に届くんだ。誰かには届いて、或いは刺さって、心が……揺るがされることもあるだろう。動かしてみせる。





 僕はそういう仕事を、しているんだ。

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