52 入り浸る
ここをキャンプ地とする。
僕は、部屋に備え付けの机を逆向きに置き直して、上から毛布をかけた。炬燵みたいな見た目だけど、これはテントだ。
出入り口は窓側の方。中の床には、前室にあったラグを持ってきて敷く。灯りは、机に置かれていたLEDランプ。王様がくれた電気毛布も持ち込んで……完璧じゃん! 僕のテント。
金曜日、放課後。
「レイン。図書室寄るけど、いっしょに行く?」
シェファーは最近、図書室へ寄っている。ほとんど毎日行って、何してるか気になってたんだよね。
「行く!」
「で、何するの? シェファー」
「宿題と予習」
「えぇ……真面目な用事だった」
シェファーはノートを広げて、教科書を見ながら図形を描いて、何やら計算し始めた。
「これ」
シェファーが付箋を貼った教科書を差し出してくる。
「何?」
「月曜の朝は漢字テストだろ? これ範囲」
「……はぁ」
別に僕は予習復習、宿題をやらない訳じゃない。
「帰りたかったら、帰っていいよ? レイン」
「いいや……集中できそうだ……うん……いいかもしれない」
僕は先に範囲の漢字を見て、書き取りで頭に叩き込むことにした。
「ねぇ、シェファー」
「はぁい」
「何で最近こういうの、始めたの?」
一瞬、シェファーが手を止めた。僕を見て、僕の居ない方を見た。算数の宿題と予習を終えて、今度はシェファーが漢字の書き取りをしている。
「なんかさ」
「うん」
「あんまり……帰りたくなくて」
「そう」
「
「うん」
「もう一人、帰ってくるの」
「お父さん?」
「違う!」
吃驚した。シェファーが大きな声出すの、初めて聞いた。
「お父さん……じゃない人が帰ってくる」
「いやなの? シェファー」
「……いやだ」
シェファーは、僕から目を反らしたまま答えた。その人は誰なの? シェファー。僕は訊けない。
シェファーは、それ以上答えてくれなかった。又ノートに続きの書き取りをし始めた。
「ねぇ、シェファー」
返事じゃなくて、僕と目を合わせてくれる。
「週末このままさ、僕のところへ泊まりにおいでよ」
「レインのところ……」
「シェファーにいいもの、見せてあげる」
「行きたい……かも」
僕は、シェファーの返事にうれしくなる。
「これ終わったら帰ろう、シェファー。いっしょに帰って、シェファーのお母さんに許可もらって、僕のとこ行こう! ね?」
僕は、ヒューと泊まりで、ハイワイトへ行った時のことを思い出していた。友だちと遊んでて、泊りがけだから帰る先は同じなの。ずっと楽しいのが続く感じ。……僕は、僕の友だちと、あれがしたい。
「僕が泊まりに行っても、本当に大丈夫?」
シェファーの方が冷静だ。大丈夫でしょ。だって王様の方が、僕より先にシェファーを泊めてたこと、あったじゃない。
「シェファーの家着いたら、電話貸してくれる? 僕も許可取るから」
大丈夫だと思うけど、(一応)王様に訊いてみよう。
電話口で、シェファーのお母さんがお辞儀してる。王様と話してる。ほら、大丈夫そう。
「とりあえず、ケーキ買っていきなさい。挨拶はちゃんとできる? シェファー」
「で〜き〜ま〜す〜」
シェファーのお母さんは、今にも着いて来そう。シェファーは、僕と二人で大丈夫だからとお母さんを止めた。
シェファーの部屋。
シェファーは何が要るかなと、あれこれ鞄に詰めている。着替えとゲーム、コントローラー、財布、お母さんが持ってきた新品の歯磨きセット。こんなもん? って。
夕方。普通なら、家に帰る時間。でも今日は、違う。……ヒューもこんな気持ち、だったのかな……
僕の部屋。
「いいものって……これ? レイン」
「そうだよ。僕がつくったの」
「へぇ〜〜〜〜」
「入口は窓側だから」
シェファーが窓側から回り込む。
「僕、好きだよ。炬燵」
……炬燵。
「テントだよ!」
シェファー、笑ってる。
王様の部屋まで行ったけど、居なかった。さっき、シェファーのお母さんと電話してたのにね。
「王様には、明日挨拶するよ」
「うん。ここの夕飯、夜の七時に食堂だから。それまで游ぼう、シェファー」
「ゲームしよ、レイン」
シェファーがゲーム機とコントローラーを二個持ってきてる。RPGがしたいんだって。
「続きからじゃなくていいの?」
「レインとやりたいから、始めから。キャラ選んで」
これ……ハクスラだ。僕も好き。
テントの中で寝そべりながら、二人でゲーム。こんな夕暮れ時は初めてかも。窓の外は陽が落ちて、明かりを点けていない部屋と馴染んでる。本当に外でテントを張って、中に居るみたい。僕はLEDランプを点けた。
「ここは良い場所だけど、眠るには寒そうだ」
シェファーは伸びをして言った。
「電気毛布あるよ」
僕は足元の毛布を広げて、スイッチをオンにした。
「……いいかも」
シェファーはゲームを閉じた。オートセーブだよと僕に言って、毛布に潜り込んだ。
「シェファー? もうすぐ夕飯」
頭まで毛布の中。シェファーが手だけ出して、コントローラーを置いた。僕も潜る。
「レイン。僕、ここ好きだ」
「そう。又来なよ」
「……うん」
毛布の中はすぐに息苦しくなって、ずっとは潜って居られない。二人でテントを出て、食堂へ向かった。
王宮の食堂。
いつもは王様と二人きり。時々僕一人きり。今日はシェファーと二人。全然違う!
「どうかした? レイン」
「シェファーが来てくれて、うれしいんだ」
だって、王様と僕の席はうんと離れているけど、シェファーは隣に座ってくれる。
ワゴンで食堂に夕飯を運んで来たのは、ヒルコだった。
「おに〜さん!」
「ヒルコ! どうして居るの??」
「王様が、今晩は帰れないから泊まりに来てって」
「泊まりに? じゃあ、僕の部屋に来てよ!」
シェファーもヒルコも泊まりで、王様は居ない…………游ぼう。これは……夜通し遊ぶしかない。
「おにいさんのご飯は?」
「私の分はないから、後でコンビニかスーパーにでも」
「ご飯、まだあるでしょ? おかず半分こするから、いっしょに食べようよ」
「え、あぁ…………はい、わかりました。ご飯よそってきます」
三人で食べたい。この静か過ぎる食堂は、三人でも広い。僕が独りの時は、想像してしまう。王様が独りで居た時を。
夕飯と風呂の後は…………自由! 自由って……素晴らしい。(シェファーと宿題終わらせといて良かったぁ)
とりあえず、シェファーとヒルコで脇を固めて、ホラー映画を見る! 普段は、(後から怖くなるから)見れないもんね。
「ねぇ、レイン。ケーキ食べたい」
唐突にシェファーが言い出した。
「……ケーキ」
ヒルコはシェファーを見た。
「おにいさんの分もあるよ」
二人とも僕を見てる。期待の目。シェファーがおみやげにって、途中で買い物したケーキ。映画見ながらケーキ……食べたいな。
「僕も食べたい。持ってくる。待ってて」
「レイン、私も行くよ」
「僕も行く〜」
「三人で行くことなくない?」
さっきまでホラー映画を見ていたのとおんなじ。両脇にシェファーとヒルコが居る。
「私は、紅茶を淹れるよ」
「僕、お皿とフォークを用意する」
「それは……ありがとう」
二人は厨房まで……僕と同じところまでついてくる。なんだか、おかしい。なんとなく、うれしい。
王宮の廊下は、長い。僕は、王宮の客室の一つをずっと借りていて、学校を卒業するまで住んでいる。いつもなら王様は、夜に食堂で夕飯を済ませると、王宮の中庭の向こうにある家へ帰ってしまう。そう、僕は王宮にずっと居るから、独りの時間が意外と長いんだ。
週末になると、騎士班(仮)のヒルコやシェファーが来るけど……それも土曜の午前中くらい。今夜、僕が浮かれているのは、それも理由。
シェファーは王宮へ来る途中、ケーキを手土産に買っていた。ベイクドチーズケーキ、ブルーベリータルト、レアチーズケーキ、モンブラン、ショートケーキ、オペラ。箱の中には、ケーキが六切れ。
「境界線があるの。わかる? レイン」
シェファーは言った。境界線? ケーキに国境なんて……ない。
「分け隔てなんて、あるもんか」
ヒルコは箱の中を覗き込んで、言った。
「チーズケーキ二つとタルトの国、後三つの国」
「正解だよ、おにいさん」
わからない。僕だけ、わからない。でも……
「僕、後ろ三つの国がいい」
「だと思った。あんまり甘くないのと甘いのだよ、境界線。僕、レインが何選ぶか、わかるかも」
「! ……ど、ど〜れだ?」
当たる訳ない。と思ったのに、シェファーは皿に、オペラを取った。
「当たりだと、思うの?」
「レイン、これのホールケーキ見てただろ?」
!! シェファーがケーキを買い物している間、僕はショーケースに並ぶケーキを見ていた。華やかなケーキの中で、真っ黒に光沢を放つ、飾り気ないのにかっこいい、そのケーキは目を引いたんだ。
「いちばん…………だったから」
僕が、選ばない訳ない。
「レインが好きなもの、わかるかも」
シェファーは得意そうに僕を見る。シェファーは、僕の友だち。だからわかるのか。そうか。そういうものか。
シェファーはベイクドチーズケーキ、ヒルコはブルーベリータルトを選んでいた。王様は、ショートケーキを選ぶんじゃないかな。
シェファーが買ったショートケーキは、カットピースじゃなくて単品用につくられたもので、円筒形の側面にも白いクリームを纏っている。頂きには飴がけの輝く苺が鎮座し、火の灯ったキャンドルみたい。王様は、きっと好きだと思う。
ホラー映画を見終わって、一人でトイレに行ける訳がなかった。でも、王宮の客室は、部屋ごとに独立したバスルームが付いていて、平気だった。僕一人なら、独りで風呂に入ってる間に怖くなりそうで、今まで見なかったんだけどね、怖いの。
いつ眠ったのか、覚えてない。明け方少しだけ起きたら、ベッドに居た。両隣にシェファーとヒルコが眠っている。歯を磨いた後も、テントに居たはずなのに……
僕は寝ても覚めても、夢の中に居るみたいだった。
王様の騎士が、皆、王宮に居ればいいのに…………そんなことを思って、僕は又眠ったんだ。
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