50 ゾンビ・レイン

 レインを連れて、ヒプノス島へ戻ったばかりの頃だ。





 新しいところへ連れて来られて、レインはぼんやりしている時が、多々見受けられた。

 私と居る時は、普通。まぁ、至って装われた、普通。


「レイン」

 私は右手で両目の涙をぬぐう仕草をして見せた。

「どうしたの? オニキス」

 泣いてるのはレインの方だ。私じゃない。


 TVでドラマか何かをやっていた。レインは見入って、つられて泣いていたのかもしれない。


「買い物、行こう、レイン」

「何か買う物忘れたの?」

 レインはTVを消して、私を選んでくれる。少しうれしいのと、当然なのと、TVには勝てることが知れる。





 レインに財布と被りの服を入れたトートバッグを持ってもらった。

「歩きでもいいのに!」

 レインと夜歩く。いいかもしれない。でも、なんだか走りたい。


「乗っている時は、絶対に離さないでね? レイン」

「秘密って、言ってたのに」

「海岸……ちょっとだけだから。ね?」

 レインがいっしょだと走りにも行けるし、帰りに買い物もできる。いっぺんにできて……便利だ。





「馬に直接乗れるのって、オニキスだからできることだよね?」

 レインが両手で私のたてがみを掴んでいる。日が暮れて暗い海は、誰も居ない。波打ち際をなぞって、疾走。

「僕、馬に乗れるんだって、勘違いしちゃいそう」

 何を言ってるんだ、レインは。


 レインを乗せているので、加減して砂浜を駆けている。それでも、気分転換になったかもしれない。私も。多分、レインも。





「何でドーナツ……あ、苺のフレンチクルーラー!」

「ここからここまで、二個ずつください」

 灯台近くに(離島だが)チェーン店のドーナツ屋がある。この人口でやっていけるのか不思議な気もするが、ドーナツはヒプノス島だとここでしか買えないので、順当かもしれない。

「買い過ぎ買い過ぎ。帰ったら夕飯あるでしょ?」

「朝食べてもいいし……友だちと食べれば?」

「オニキス〜〜、ハルにドーナツとか、ハルのお母さんに僕が𠮟られるよ」

「えぇ、何で??」

「ほら〜、あの〜、オーガニック?」

 オーガニック? ……て、何だっけ?

「ドーナツはオーガニックじゃないと??」

「そーーだよ。身体に良いものしか食べないんだって!」

 笑ってる。身体に良くない食べものは、とてもとても美味しいんだけど、どうすればいいんだろう?

「私は子どもに悪いものを与えて、夜遊びに突き合わせてる……」

「僕がどんどん悪い子になるよ? オニキス」

 きっと二人で悪くなっていったら、二人ともわからないさ。





「買い物、ちょっとじゃ済まなくなるよねぇ」

「こっち持って、レイン。そっちは私が持つから」

 なんかレインと行くと、あれもこれも欲し……必要な気がしてくるんだ。


 帰って、夕飯を食べながら、ホラー映画を見て、ドーナツを食べた。













 レインは…………こんな夜でも、夜中に目を覚まし、眠りに戻れないで、歩き回って立ち止まって、苦しんでいる。


「レイン」

 俯いていたレインは、電気も点けずに廊下に居た。


 あの日にレインは、両親から繋がっていたものが、学校の友だちも、切れて独り、放り出されてしまったのだ。最後にレインを世界から切り離してしまったのは、私かもしれない。


 私がレインを見つけたから。私がレインを連れ出したから。レインはこうなってしまったのかもしれない。


 レインは立ち上がって、外へ出ようとしていた。レインは外へ出たとしても、庭先くらいで、遠くへは行ったりしない。知っている。私は…………レインを抱き上げて部屋へ戻って、自分の寝床へ引きずり込んだ。


 あてどもなく、さ迷うレインを見たくなかった。


 レインは私の腕から抜け出そうと、暫し試みていたが、いつの間にか、力なく眠りに落ちていった。









 この、人間の中でも取り分け弱った子どもは、可哀相で可愛いらしく、手放すことを考えるには難しく、そして直ぐには気乗りできない、そんな様子であった。

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