47 画家の席
ヒューバート・レクストフは庭園喫茶室を通り抜けて、サラセンホテルの中庭に居た。
人の手で造園されてはいるけど、
そう、ここは森なのだ。
インテグレイティアには、近代と現代の間に、空白……とまではいかないけど、雑然とした期間がある。
その期間、年数、時間は、膨大で果てしなく、通信インフラや社会基盤整備が一から造り直されていた期間でもあるので、現代史の始まりは不確かなままなのだ。
サラセンホテルの始まりは、都心部の復興が始まった頃まで遡る。国からの外注で委託された、外資による宿泊施設。言葉にすればちゃんとして見える? 要は、壊滅した惨状の地で何もかもを整え直す工事に駆り出された人々の寝食を預かる場所だった。
日本も水没の憂き目に遭うところを免れはしたものの、
都心部にしてはなかなか結構な坪数を有する中庭は、サラセンホテルがその名で商用施設になる時切り取られた、周辺の名残りでもある。
主に北西部からの流入民の手を借りて、アーバンはできている。
歴史が途切れる前の、前時代的な、ノスタルジックとも言える都市の景観は、アーバン以前の都市部であった東京の記憶をもとに、再構築されていったのかもしれない。
きっと大昔の日本人に、今のアーバンで、街並みや人々を撮った写真を見せたとしても、何の驚きも得られないと思う。それくらいアーバンは、よくできている…………はずだよね?
サラセンホテル、本館。
僕が、このホテルに目をつけない訳なかった。
ここのエンブレムは、『眠れるユニコーン』なんだ! デザインは後付けで、本館が完成してから通っていた画家が描いたもの。本館には、目を閉じているだけのユニコーン立像があるけど、庭園喫茶室に飾られている
僕は、或る席を指定して予約した。ドライエリアの、何の変哲もない席。そこは、ユニコーンが訪れる特別な場所。
画家は、何枚も何枚も何枚も、何枚も習作を描いているんだ。そのユニコーンは皆眠っている。時には画家の足元で。
ユニコーンは、年老いた画家の前に現れる。脚を折り曲げ、くつろいだように伏す。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
僕の前には給仕が現れた。
「ホットココアを一つ」
「かしこまりました。膝掛けはお入り用でしょうか?」
「大丈夫です」
レストラン
あんな人……あんなユニコーンが、僕の前に現れたら……僕がもし、画家のように絵を描けたら……ここへ通っちゃうし、絵を描いちゃうかも……
ヒューバートは、いつも鞄に入れて持ち歩いている秘密のノートを取り出して、美しい給仕のシルエットだけ、スケッチした。こっそりと、丁寧に。それ以上の描写は、模写するだけの技量がなくて、できない。
ここへ来て、良かった。
画家の気持ちが少しだけ、僕にもわかったような気持ちになれた。
給仕がココアのカップを置いていく。画家は何を注文していたのかな? あれこれ想像。僕は飲み終えたら、直ぐに帰るつもり。
「お客様」
先程とは別の給仕に声をかけられた。
「相席をお願いしてもよろしいでしょうか?」
金色のユニコーンが、ふわふわのユニコーンを抱えている。
「は……い」
僕は、瞬きを忘れていたと思う。
「ありがとうございます」
何の説明もなく、美しい給仕がぬいぐるみのユニコーンを空いている席に座らせていった。
「こちらは、ユニコーンからの感謝の気持ちです」
白い封筒を僕に置いていった。
封筒には、ユニコーンから相席ありがとうのメッセージカード。クーポンも入ってる。
僕は丸っこいユニコーンをなでた。
「今は営業担当ですか。又、来ます」
会計を済ませて、皿千から出る。
「さようなら、ユニコーン」
本物は、中庭で眠っているのでしょう。僕は画家ではないから、姿を現すはずはないのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます