46 ハイドハイドシーク

 僕は、大人が通れないところから入り込んで、隠れた。見つけても、入って来られない場所。





 少し古めの集合住宅。

 建物の中へ入ってみて、直ぐにわかった。ここは隠れられない。階段とエレベーターで最上階まで行けるけど、そこまでしか行けない。屋上へは出られない。当てずっぽうで、下から来られたら終わりだ。

 一階と二階の間にある踊り場から、一階の出っ張った入口の屋根の上に出られるけど、ここも気付かれたら逃げ場がない。

 植栽の植込みは、透けて見えるかもしれない。

 一キロ四方なんて言われても、意外と身を隠せる場所はそう多くはない。


 かくれんぼは、鬼が隠れた人を見つけても、タッチしないと終わらない。あれ? 『見〜つけた』って言えば、終わったっけ?

 僕は、かくれんぼのルールを忘れかけてた。





 物置小屋に身をひそめて、ヒースは耳をそばだてている。シェファーが見つかったみたい。どこに隠れていたのかな……レインが見つかったら、僕は自分から出て行こう。


 二畳ほどの物置小屋には、段ボールが積まれていたり、蛍光色の黄色いテニスボールが沢山入ったカゴやラケットもある。カーテンの付いた窓もあって、その向こうにはフェンス越しに集合住宅のベランダが一望できる。夕暮れ時で点灯している窓辺が多い。


 ここ……古い毛布がある。戸を締め切ったら、それほど寒くないし、なんだかここ、居心地いいな……





「ヒース」





 やっぱり。ここ、隠れるのにぴったりだ。僕は良い場所を選んだんだ。

 王様、僕を見つけられなくて、僕を呼んでる…………呼んでる?


 ウトウトしかけて、ハッとする。探してるんだ。ここから出ないと!





「王様!」

 僕は外へ出て、呼んだ。王様は直ぐに気付いて、こちらへ来てくれた。

「探しましたよ。どうやってそこへ入ったのですか?」


 僕が居るのは、テニスコート横の物置小屋で……テニスコートは高いフェンスに囲まれていて、出入口は施錠されているんだけど……別のフェンスで囲まれた物置小屋には、ポールとフェンスが(上から見て)T字に接してるところがあって、フェンスネットを押せばたわむから、その隙間を通り抜けて侵入して隠れたんだ。

 僕が入り込んだ時と同じように隙間を抜けて見せたら、王様はちょっと驚いてた。


「よく通り抜けできましたね」

 僕は王様に着せてもらったベンチコートで厚みが増してたから、ギリギリ。

「これ、着てなかったら、普通に通れますよ」

 王様は僕をフェンスの台座から下に降ろして……

「呼んでも出てこなかったのは、鬼を困らせたかったから? ヒース」

「いいえ。あっ……捕まってしまいました。終わりですね、王様」

「中に何か、ありましたか?」

 王様は僕を抱っこしたまま降ろしてくれない。

「只の物置きですよ。古い毛布があって、寝そうになっちゃいましたけど……ちょっと、降ろしてください」

「ヒースは、良い場所を見つけましたね」

 そう言うと解放してくれた。王様は、自分の携帯端末を出すと、僕が侵入したフェンスの隙間と物置小屋を写真に撮っていた。


 僕は王様がカメラのシャッター音を消していて、撮る時もインカメラにしていたのを見逃さなかった。





 帰り際、王様は日没前に紅葉の綺麗な道を走ってくれた。シェファーの家までドライブを続けて、次は僕の家。

「レインの家は僕の次ですか?」

 なにげなく訊いたんだ。僕より、寝ちゃってるレインを先に送った方がいい気がして。

「この子はいいのですよ」

 リアシートに横になってるものだから、シートベルトを二箇所もされて荷物みたい。

「うちの子ですから」

「え?!」

「あ……レインは私と同じ住所なので、君が先でいいのですよ」

 同じ……住所。僕は思わず、王様の服の膝を掴んだ。

「気になりますか?」

 笑ってる。気になる!

「レインが編入生で、ヒプノス島から来たのは、知っていますか?」

「知ってます」

「こちらでの保護者は、私なので」

 僕は、運転している王様を助手席から凝視してしまった。


 レインは……王族関係者!? いや、いやいや、待て待て。インテグレイティアの王様は選挙君主制…………いや、でも、親族?


「レインは普通の小学生ですよ」

 僕の方を向きもせず、笑って、王様は言った。

「僕が何考えたかわかっ」

「レインが王子様だとか?」

「王様は独身ですよね?」

「はい。レインの父親でも親戚でもないですよ」

 そこまでは考えてな…………でも、パッと見、王様とレインは親子に見えなくもない。とは思えるのです。


「私は…………ヒース、君を気に入ってしまいました。私の騎士に会わせたくて、今日呼びました。突然で驚いたでしょう?」


 気に……入っ……僕を? 王様が僕を? (続く言葉がなかったら、僕は王様の一言を延々リプレイし続けたと思う)

 『私の騎士』…………レインとシェファーのことか。王様はあの二人をそう呼ぶんだ…………





 会話はそこで途切れて、夕暮れもドライブも終わってしまった。

 夜。

 王様は僕の母に挨拶した。真っ暗になるまで遊んでいただけなのに、僕は怒られることもない。


「おやすみなさい、ヒース」


 母に夕食よと言われた。車にはレインが眠っていて、王様は帰るところ。


「電話…………僕からしても」

「いいですよ? 必ず出る約束はできませんが」

 言い終える前に王様は言ってくれた。

「私の方が先に電話するかもしれません。又今日の続きで」

「はい。おやすみなさい、王様」





 今日の続き。

 王様はそう言った。あのかくれんぼで、本当は何を見つけたの? 王様が言ってくれなかった分布図…………何の?


 僕が今日見つけたものは、『新しい謎』みたい。

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