45 コール

 ヒースは時々、電話帳を開いては、新規登録されたページを見ていた。





 サマー・アーク


通話 SMS メール


連絡先情報

携帯 XXX-XXXX-XXXX





 眺めているうちに、携帯番号、覚えてしまった。









 中学校、昼休みの教室。


 着信音。お母さんか……又帰りにスーパー寄って買い物お願いとか、そ〜ゆ〜……今日は何〜〜?

「!!」

 僕は先生に指されたかのように立ち上がって、応答にスライドした。

「少々、お待ちください」

 それだけ告げて、口中の水分を飲み込んで、廊下に出る。人の居ない窓際へ寄り、改めて電話に出る。

「……王……様?」

「こんにちは。今、大丈夫ですか?」

 王様だ……

「大丈夫です。昼休みなので」





 僕は王様との通話を終えて、生徒手帳のメモ欄を見ている。頁に書き付けた二人の名前。自分で書いたものでも見ていないと、夢みたいに思えてくる。王様から電話。本当に現実だった? 脳は真実よりも強い思い込みで、簡単に記憶を書き換えるのだ。


 王様からの電話は……今日の帰りに学校の正門で、王様の使いが僕を迎えに来るから、王宮へ来ていただけませんか?という内容。

 使いとか、迎えとか、その上行き先は王宮だなんて……





 放課後、正門前。

 いつもなら素通りして帰るところを立ち止まると、小学生と思しき二人が近付いて来る。

「くれしきヒースさんですか?」

 小さ……

「はい、そうです」

 僕と同じチャコールグレーの制服。

「すみすくんと、てるいどくん?」





 僕たち三人は王宮へ向かった。歩きながら自己紹介をして…………あぁ、えぇと、二人は王様の『騎士』なんだって。

 …………騎士?? インテグレイティアに騎士なんて居ないよねぇ。いったい……どーゆぅことぉ????


 僕は、自分より小さい二人に左右から挟まれて、歩いていた。多分頭一つくらい違う。二人が言うには、騎士班(仮)…………騎士『班』て何だよ……騎士団じゃなくて??……しかも『括弧、仮』って…………いや、その、騎士班(仮)にはもう一人居て、その人はちゃんと大人の人なんだって。ますますわかんない。





「制服の所為かな? 兄弟みたいですね」

 僕は末っ子なんですよ、王様。上は居ますが、下は居ません。

「ところで……僕は何故、こちらへ呼ばれたのでしょうか?」

「ちょっと、遊びに行こうかと思いまして」

 遊びに……

「どこへ!?」

 王様と話しながら、オフロード車が停まっている駐車場へ来た。

「ドライブ〜〜」

 すみすくんが言った。

「どこへですか!?」

 王様が助手席側のドアを開けてくれた。乗らない訳には!……いかない。

「君の紅葉分布図を見ていて、思いました」

「僕の」

「もう、完成でしょうか?」

「駄目押しで、行ける範囲の描き込みを加えています」

「そうですか。では、今日は良いところへ連れて行きますよ」

「良い……ところ」

 僕はもう、そこがどこでも、よくなっていた。





 王様が運転する車は、郊外を抜け、農村部の、僕が到底行けない範囲まで来ていた。

 行けないって言うのは、バスはあるけど本数が少ないとか、駅前ロータリーにタクシープールがあるような場所じゃないとか、帰りの足がなくなるところ。


「インテグレイティアの、ほぼ外縁部ですね。アーバンとは様相が異なりますか?」

「そう……ですね。多分アーバンより少し気温が低い…………紅葉の進行が、幾分早いかもしれません」

 田舎の方が、光合成コストに見合わなくなった葉を落とされるの、少しだけ早いのかも。厳しいな。景色はとても綺麗なのに。

「今居るのは、この辺です」

 王様は横目で見ただけで、僕が膝に拡げたマップ上を指差す。

「僕の手描きなのに……よくわかりますね?」

「この間、じっくり見せていただきましたから」

 王様の指先はマップを滑って真ん中ら辺、僕が他より密度濃く書き込みした場所を指す。

「冬になると、王宮の池が凍ります」

「池…………氷の池、歩けますか?」

「危ないから駄目ですよ」

「滑れる?」

 すみすくんが訊く。

「いけません」

 王様はたしなめるように言う。この小さな二人は、それでも果敢に滑りに行きそうな雰囲気。

 




 車は農村部から又戻って、郊外の住宅地で停車した。少し古めの集合住宅地で、駐車場の近くにはテニスコートがある。


「少し冷えますかね」

 王様は車に積んでいたストックボックスから、クリーニング済みの黒いベンチコートと新品のニット帽を出してくれた。僕はそれらを身に着け、思った。

「不審者……に見えません? 僕」

 ニット帽を目深に被り、ベンチコートの前を閉める。僕の身長は百六十二センチメートル。小男の不審者って、こんな感じじゃない?

「ねぇ、すみすくん、どぉ?」

「僕は黒い服、好き。かっこいい」

「レインは、黒い服なら何でもかっこいいって言うんだから。僕に訊いてよ」

「ど?」

 てるいどくんは僕をジロリと見た。

「アヤシイ」

 ピシャリ。

「ですよねぇ」

 王様が僕の後ろから、両肩に手を置いた。

「不審者くん、二十数えるよ。隠れてください」

「え? えぇ?!」

「ここからおおよそ、一キロ四方ならどこに隠れてもいいですよ」

「わぁ……かくれんぼみたいですね」

 僕はまだ、わかっていなかった。

「私は大人の鬼です」

 ぅん?? 今、王様に囁かれたぞ。

「今日は私が分布図をつくる日です。協力していただけますか? ヒース」


 王様はゆっくりめにカウントダウンし始めた。何の分布図をつくるかは言ってくれなかった。





 本気だ。本気。大人の鬼。そう言った。僕は察した。王様は、何かの分布図をつくると言ってた。これはきっと、隠し調査だ。秘密の……じゃないな、あまり人に気取けどられることなく、カモフラージュしたくて、かくれんぼだなんて言った。

 当たりじゃない?





 僕は王様に、秘密の共有をし合うにかなったもの…………そう、思われて……る?

 それとも、呼び出し電話一つで簡単に使えるもの…………どっちだろう?

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