44 エントロイア

「レイン」


 ホームセンターに行った時、僕はキャンプ用品のテントを見ていた。うちでリビングにしているドーム型のテントと比べると、キャンプ用のテントは玩具おもちゃに見える。


「レインも自分のテント、欲しい?」

「要らない。僕はモーテルの部屋で充分」

「こんな小さいの、心許ないな」

 お父さんは一人用のテントを見て言う。

「お母さん……家が欲しいと思うよ」


 インテグレイティアの、都心部から郊外があって農村部があって、人が住んでる外縁部の、だだっ広い農地が拡がってる、その更に外周にある居留民用の『指定キャンプ地』、ここが僕の家族が居るところ。


 指定キャンプ地にずっと住む人は居ない。大抵、仕事を見つけて働いて、インテグレイティアに溶け込んで、帰化する人が多い。


 僕の……炭洲すみす家は元々、おじいちゃんおばあちゃんの家がアーバンにあったので、お父さんはいつでもインテグレイティアに戻れると思っているんだって。お母さんが言ってた。

 お母さんは、農村部に家が欲しいみたい。


 きっと、いつか、多分、僕らはここから引っ越して、新しい家へ行く。そんな気がするんだ。





 トロイアホームセンター。

 ここへ来れば何でも揃う。何でもって……何でもじゃないけど。

 木材とか建具とか、僕は文房具とかかな。

 キャンプ地の近くにあるのは、英語を話せる店員さんが揃っていて、近所ではENトロイアと呼ばれてる。(イーエヌトロイアとかエントロイアとかね)

 外縁部には帰化して居を構えてる人が多い。土地が安いんだって。エントロイアに商品を搬入しているのは、物流鉄道で、エントロイアはほとんど直通の専用駅と貿易港からの安定した搬入経路を持っている。ここで働いている元居留民の人も多いから、英語の堪能な店員さんが揃っているんだ。


 まぁ、僕はお父さんもお母さんもインテグレイティアの人だから、インテグレイティアの小学校に通ってるんだけど。英語……喋れたら、かっこいいよね。


「はぁ」

「どうした? レイン」

「お父さん、英語喋れる?」

「日常会話くらいなら……って、ここ来る前は移動生活してた頃、英語の方がよく喋ってたんだけどな……覚えてない?」

「僕、小学校より前、何してたかあんまり思い出せない」

「お父さん、レインに英語で話しかけてたのに」

「えぇ……知らない、覚えてない」

 そういうのは、物心ついてからにしてよね。

「レイン。ジングルベル、歌ってごらん」

「え?」





 僕は、ジングルベルを英語の方で覚えていた。

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